第2話 帝国軍人、柴犬ニナル
私は、壁一面が透明なガラスでできている窓から、外を眺めていた。
眺めるといっても、見下ろすが正しいかもしれない。
かつての私は、南海にて祖国の為に玉砕した英霊がひとり。
窓ガラスに映る黒いもふもふの獣。
黒ベースのカラーリングに茶だの白だのの毛が混ざり、眉間には白い団子のような模様がふたつついていて、円らな瞳で自分を見つめている。
―———柴犬に転生するとは、思っていなかった。
そう、この黒いもふもふが今の私だ。
今は令和という時代で、私が生きてきた時代から大分時間が経過しているらしい。
私はこの人生、いや
まずは、人間の視点を持って、この世がどういう状態なのか確認せねばならない。
戦争をしてはいないようだが、太平の世とは程遠い世界かもしれない。
私は、窓辺から離れてソファの上に飛び上がった。
考え事をするには、ソファの上に限る。
私はそのまま、ソファの上で丸まり目を閉じた。
ひとまず、何から調べるか項目をまとめようか―――――……
―——————ガチャッ
敵襲か!
獣の本能なのか、耳がピンっと立ち上がり、私は飛び起きた。家の入口から聞こえる金属音に、私は威嚇射撃代わりに吠え付いた。
「あー、疲れたー。ただいまー」
女の気だるそうな声が、同じ方向から響く。同時になにやらガサガサした音も。この匂い、この声、あちらにいらっしゃるのは間違いないあのお方だ!
私はソファを飛び降りると、玄関に駆けていった。
「お戻りになられましたか!
この方は、
私は、今日の日報を口頭報告しようとして、気づいた。
私は、今後に備え、思考を巡らせるはずだった。しかし、眠っていたのである!なんと恐ろしい。犬の身体というのは、こうも一瞬で眠りに落ちるのか。
「いい子にしてたかな?」
しかし、申し訳ありません、
「こんなにしっぽ降って、寂しかったの?」
―———しっぽが勝手にぶんぶんしてしまう!そして、嬉しさで手足がバタバタしてしまう!
帝国軍人たるもの、いや、元帝国軍人たるもの、冷静を保ってだな。
まずは、上官に非礼を詫び、
「ほら、歯磨きガムかってきたよ~」
「なるべく超高速で配給いただきたいです!!
歯磨きガムは、感激の極み!!!!
―———じゃない!!!違う、こういうことをしたいんじゃなーい!!!
犬の本能に元軍人しての作法がぶち壊されていく。このままでは、ただの犬に成り下がってしまう。
そんな思考を巡らせていると、自分のくるんと上に向かって丸まった尻尾が目についた。柴犬の象徴たるこの尻尾が忌々しく思えてくる。こうなったら、こう愛らしくくるっとしているのを正してやる。
私は、自分で自分の尻尾を追いかけ、その場で回転しだしたが、思った以上に私の胴体は長いらしい。
―———くっ、ぜんぜん届かない...しかし、目が回らぬうちは、勝負がついておらん!ちょっと楽しいし!!
玄関でぐるぐると自分の尻尾を追う黒柴をみて、
帝国軍人、柴犬になる 柴野なこ @nakopin
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