第1話 帝国軍人、南海ニ沈ム


―———痛い。


 左腕に焼けるような痛みを感じ、混濁した意識が強制的に覚醒する。

目を開けると、自分は海中をゆっくり沈んでいき、ボロボロの船底をぼんやり眺めていた。


 先ほど、本艦は敵潜水艇の魚雷攻撃を受けた挙句、伏兵の航空機より機銃攻撃を浴びせられていた。甲板で、砲撃隊に敵方角を報告していた自分は、爆風に吹き飛ばされて海に落ちたらしい。


周囲には、一緒に吹き飛ばされたと思われる砲撃手が水中に漂っていた。四肢バラバラだ。もう生きてはいまいだろう。


 自分は身体を強く打ったのか、身体がうまく動かせないでいる。

 ついでに息も苦しい。


―———しっかりしろ、私は帝国軍人 司馬 健作しば けんさく中尉だ。


 歯を食いしばって、左手を海面へ伸ばす。肘から先が無く、赤い煙のように血が流れ出ていた。足を動かそうにも、まったく動かない。この左腕のように吹き飛んでなくなっているのかもしれない。


―———よもや、ここまでか。


 ここで死ぬ。そう現実を知ると、普通なら抗ったり、泣いたりするのだろうが、自分はどうも冷静だった。いや、もう戦争に疲れていたのかもしれない。


 自分は、学徒動員により徴兵され、士官になった。

勝つ見込みがない戦争とわかっていたが、帝国軍人として振る舞う事で自分を鼓舞して、戦ってきた。


 それも、今日で終わりを迎える。


 思い馳せていると、先ほど、四肢バラバラだった砲撃手にフカ(鮫)の群れが集まり、貪り食い始めた。何故か、子供の頃、鶏小屋に餌をばらまいた時に群がる鳥を思い出した。走馬灯という奴だろうか。


 ゆっくりと目を瞑るが、鶏の絵面しかでてこない。走馬灯が鶏など、滑稽すぎる。軍部は、死が美しいなど吹聴して回っていたが、現実はこんなものだ。


―———ああ、来世があるならば、太平の世に生まれたい。

    戦争がなく、衣食住に恵まれ、飯をたらふく食いたい。



―———さらば、わが人生よ。






帝国軍人 司馬 健作しば けんさく中尉は、南海に沈んだ。

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