攻略本とチョコレート

ピクルズジンジャー

返せなかった本の話

 古本屋の夢を偶に見る。


 夢のストーリーは大体同じだ。

 稀覯本や品切れ・絶版の類になった本などと欲しくてほしくてたまらないけれど手に入れるのが容易でない本を、薄暗がりの中に並ぶ本棚に刺さっているのを見つけ、喜び勇んで取り出す。

 そして、ずっとずっと読みたかった本をぱらぱら捲りながら喜びと興奮に浸ったところで徐々に目が覚める。そんな内容だ。――幸福の余韻でバクバクする心臓が徐々に鎮まるのを感じながら、あああれは夢だったとかと気づいてがっかりする。


 なのに今日は珍しい。

 あ、また例の古本屋の夢を見てる――と、頭の中の冷静な部分はしっかり気づいているのに、今日に限ってなかなか目が覚めない。手の中には「私が長い間探し求めていた本」が消えずに存在し続けている。

 「私が長い間探し求めていた本」は、いやにどっしりとしてつるつるの紙をしている。そして色付きの挿絵が添えられているためにいやにカラフルだ。文字を読もうとするも、古本屋の夢を見るときの常で目に入る活字は意味を為さない。


 こんな本を現実の私は欲しがっていただろうか? 半覚醒状態の私はあいまいな記憶をさらってみる。しかし心覚えはない。もっと記憶をさぐろうとすると古本屋の光景がぐにゃんとゆがみ、ごつごつと武骨な巨木の並んだ森へと変化する。

 随分みなれた森だ。それもそのはず、これは小学生のころによく遊んだ近所のお宮の森だ。友達とよくここを訪れていたものだ――。


 意識が本からそれると古本屋の気配は遠ざかり、鎮守の森の気配が濃くなる。慌てて私は手の中の本に意識を戻した。ずっしり重く、紙がつるつるでカラフルな本。

 本を意識すれば夢の中の風景も、薄暗くて甘い古紙の匂いに満ちた古本屋のものに戻った。


 ――なんだっけ、この本?


 手の中の本を見つめると、そこに印刷されたカラフルなイラストが動き出した。それはちょうど、お宮の森の中で遊んでる子供のころの私と友達が描かれいる。

 

 所詮夢の中のこと、私とあのこが森を探検している様子を封じ込めた本を手の中に、私はしきりに首を傾げる。


 そんな所で目が覚めた。二月七日の朝のことだった。


 ◇◆◇


 古本屋の夢を見たことも忘れた二月十四日の朝、友達は今年も私にチョコをくれた。

 私のお気に入り製菓メーカーの紙袋とは別に、百貨店のロゴがプリントされたいささか風情の無い紙袋も添えてくれている。その手ごたえがずっしり重い。


「何これ?」

「で、できればそっちから先に見て」


 友達はなんだか挙動不審だった。まるで悪だくみがバレた子供みたいに。

 私は首を傾げつつ、A4サイズくらいの紙袋の中から中身を取りだした。そしてあたりかまわず、ああっ! と大きな声をあげた。


 紙袋の中身、それはヨレヨレにくたびれた本。

 パラパラとめくって所定のページでぱっかり開くほど、読みこまれた本。

 紙がつるつるで、ずっしり重い手ごたえの本。


 タイトルは『エレメントマスターズ ガイドブック』、——要はゲームの攻略本だ。それも私たちが小学生のころにブームを巻き起こしたRPGの。

 うちの前でそれをパラパラめくり、私は大きな声をだす。


「なっつかしー! これ、あんたが持ってたんだ」

「まあね。うっかり返しそびれてたというかなんというか……」

「これ、失くしたって言ったら兄貴のやつにすっごい怒られたんだよ、ヤツが小遣いで買った本だったから」

「――……あははは……」


 私の言葉をきいて、友達は気まずそうな笑い声をうつろに響かせたのち、思い余ったようにぺこんと頭をさげた!


「ごめん、今まで借りパクして本当にごめん!」

「――いやまあ、すんだ話だし、私も借りパクされていたことを今日の今日まで忘れてたから別にいいんだけど――」


 私はもう一度ぱらぱらめくり、ぱっかりと勝手に開くページをもう一度よく見る。


 世界各地を旅して、エレメントと呼ばれる精霊をコレクションするという趣旨のゲームだった『エレメントマスターズ』。その世界観のイメージを捉えるイラストがそのページには添えられていた。

 森の中で、仲間のエレメントを連れ旅をする主人公や仲間たちのイラスト。人気イラストレーターが手掛けるその絵は、今見てもわくわくするくらい楽し気だ。


「――そういえばあんた、うち遊びにきたらゲームしてばっかりだったもんね」

「うち今時ゲーム禁止だったから。あんたの家でゲームさせてもらったり、攻略本読むのが本当に楽しみだったんだよ」


 そのページばっかり見ないでよ、と恥ずかしそうに友達は言い、ページをめくる様に促した。気持ちは分かる。本が勝手にぱっかり開くページは、そのページが気に入っていたってことだ。

 紙袋に本をしまいながら、私は首を傾げる。


「にしてもさぁ……攻略本だよ? 読んでて楽しい?」

「楽しいよっ!」


 友達は食い気味に答えた。そして、世にもうっとりした顔つきになり滔々と語りだす。


「こういう本を糧に色々想像するんだ……、冒険はどんなんだ、この大陸にはどんなエレメントてどんな風景が広がっているのかとか、仲間たちとどういう会話をするんだとか。――楽しいよぉ」

「――そ、そっか」


 そういえば友達は昔から想像力過多だった。たまにゲームで遊ばない日は、お宮の森で冒険ごっこをするのが常だった。わたしは本当は、あんたの家で本が読みたいよ~なんて考えてたんだけど(ゲームが禁じられている友達の家は、そこかしこに本があったのだ。古今東西の子供向け名作だってびっしり本棚に並んでいた。私はそれがうらやましくてたまらなかった)。

 二人並んで学校目指して歩きながら、攻略本を手掛かりに空想を巡らせるのがどんなに楽しいかをたっぷり聞かせた。私はそれに聞き入る。攻略本を読む楽しみは理解できないけれど、それを語る友達と一緒にいるのは悪くない。


 ――そんなことを思った瞬間、頭によぎったのが一週間前にみた古本屋の夢だ。


 ずっしり重くて紙がつるつるで、カラフルなイラストの本。そして鎮守の森を探検する私と友達。


「うわぁっ⁉」

「わ、何なに、どうしたの?」


 まるであの夢は予知夢じゃないか。そんな驚きにかられて大声をあげる私の隣で友達は目を丸くする。私は興奮して一部始終を伝える。

 でも所詮夢の話だから友達は「ふーん」と聞き流す……。



 ――そんな会話に気をとられ、チョコレートを渡しそびれた二月十四日の朝だった。

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