番外編 『カロン』という…


その悪魔は始め、何も持っていなかった。


虚無感を埋めたくて人々を無差別に襲い、不幸にしていった。


不幸をたくさん集めることで自分は存在しているのだと実感した。


だけどそれが一番の誤りであったことに気づいた時、それはもう既に手遅れで周りに

誰もいなくなってしまった。


本当はただ自分の存在を認めてくれる仲間を作りたかっただけなのに、不幸の中に

染まってしまった人々は戻らない。


そんな時だった。彼女に会ったのは。


自分の死に全く気付くことなく、両親は仕事で長い間戻らないのだと信じきって

一人寂しく待つ少女。



『――…お友達がほしいな。』



ポツリと呟かれた言葉に導かれて、悪魔は少女の望むカタチで具現化した。


埋まらない虚無は闇に沈んで表現しにくく、それを補うようにピシッとしたスーツを

着込んで真実はシルクハットで隠した。


悪魔は少女にたくさんの嘘を吐く。



『両親に頼まれて面倒を見に来た』


『自分は立派な紳士である』


『陽の光が大の苦手で日中は外に出られない』



そうして何も持たなかった悪魔は少女と一緒に過ごすうちに、知らなかったいろんな

気持ちを持つようになった。


その気持ちが、悪魔に後ろめたさを与えた。



―――このまま、嘘を吐き続けていいのだろうか。



少女が眠ってから悪魔は悩みに悩んで一つの答えを出す。


彼女をこの閉鎖された空間から出そう。それから真実を話そう。


悪魔は少女を誘い込んで『現実』を見せた。


しかしその直後、悪魔は姿を保てなくなった。


そう。



『カロン』は少女の作り出した『悪魔』の幻影。



少女が現実を受け止めれば、悪魔は今までのカタチを保っていられない。


それはつまり、悪魔は振り出しに戻るということなのだ。


また何も持っていない空っぽな状態。


それはとても悲しいと思った。それはとても寂しいと思った。



しかし、相反する気持ちがそこには存在した。



自分の存在は確かに虚無へと戻るかもしれないが、少女は解放されるのだ。


それはとても嬉しいと思った。それはとても喜ばしいと思った。


だから悪魔はこのまま消えてしまってもいいと思っていた。



なのに。



少女は『現実』を拒んだ。『夢』を描き続けた。


不幸の中に居続けるのに、幸せを求めて語り続けるのだ。


悪魔にも理解できない――少女の心の闇。


繰り返し繰り返し紡がれる、終わりを知らない永遠の物語。


いつか自分に少女の心を理解できたとき、初めて終章へと導かれるのだろう。



それまでは騙り続けよう。貴女だけの紳士を。

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語る少女は騙る紳士と本を読む 花陽炎 @seekbell

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