最終夜 真実を告げる扉


ティーナは今自分が手に持っている三つ分の鍵を順番に差し込んで錠を解き、最後の

一つが無いことに気づいた。



「鍵が…足りない…。」



この先に、もしかしたらカロンがいるかもしれないのに扉を開ける為の鍵はもう

持っていない。


近くに落ちてはいないだろうかとティーナが振り返ったとき。



―――…チリン



自分のすぐ傍で微かな鈴の音がして、意識をそちらに向けながら動けば鈴も一緒に

なって音を奏でる。


カンテラを掲げて見渡してもティーナの見える範囲には誰もいない。


足元を照らしてみても、少し埃を被った床がぼんやりと光を返すだけ。


誰かがいるわけじゃない。落ちているわけでもない。


そうなったら思い当たる可能性は――


ティーナは自分の服をぽんぽんと叩いて連動して鳴る鈴の音の出所を探る。


そうして片方のポケットに感じた固い質感を持つ何かに辿り着き、そうっと中に手を

入れて取り出してみた。


チリンと小さな金の鈴が可愛い音を鳴らして、その細い紐に繋がれた先の三つと同じ

小さな鍵。


これが最後の一つになる。


確信して残りの錠をカチリと解けば扉は重い音を立てて開かれた。



「…カロン?どこにいるの?返事をして。」



恐る恐る中へと足を踏み込んでティーナは更に奥を目指して歩く。


少し短めの廊下を過ぎて、突き当りにまた見えた今度は普通の扉をゆっくりと開けば

大きな窓から差し込む月明りが眩しかった。


カンテラの灯りが無くても平気なくらいに部屋を満たす光に、ティーナは近くの台に

カンテラを置いてその場から部屋の中をぐるりと見渡す。


カロンの姿はどこにもない。


だけどティーナはこの部屋を知っている。


初めて来たはずなのに、とても懐かしい感じが胸を占める。


何かに導かれるようにしてふらりと真っ先に足が向いたのは、部屋の隅にあった

天蓋付きの一つのベッド。


閉じられたカーテンをそっと開いて見えた先――



「……どう…して…?」



真っ先に、ティーナの口をついて出た言葉はそれだった。


埃を被ったベッドに横たわり今も眠り続けていたのは白骨化した一人の人間だった

もの。


ティーナにはそれが誰なのか、すぐにわかった。


そしてどうしてこの場所を知っていて懐かしく感じたのかも理解した。




―――『彼女』は私で、私は『彼女』なのだと。


父は乗馬が得意で、王子様のように本当に格好良かった。


母は料理が上手で、魔法を使うようになんでも美味しく作ってくれた。


だから私はそんな両親がとても自慢だった。


それなのに…皆、悪魔のような流行り病で倒れてしまった。


治療する術が無いと国の偉い人たちが同じ病にかかった人たちをこの大きな館に

みんな詰め込んで――見捨てた。




思い出せなかった記憶たちが津波のように押し寄せて、ティーナは徐々に混濁して

いく意識の闇に囚われた。


糸の切れた人形のように身体は一瞬だけ宙にふわりと停止してから崩れていく。


彼女を助けてくれる人は誰もいない。


彼女を知っている人も、誰もいない。


永遠に時の止まってしまったこの館から出られる方法は――無い。




***




ティーナは鳥の囀る声を聞いて目を覚ました。


いつの間にか朝になっていたようだ。


寝ていたベッドから起き上がって小さく天へと伸びをすれば、すぐ隣からは知った

声がやってくる。



「やっと起きたのか。ワタシは些か待ちくたびれてしまったぞ。」


「あはは。おはよう、カロン。」


「…して。今回はどうだったのだ。」


「どう、って…?」



カロンの問い掛けにティーナは思い当たることが無くてきょとんとする。


両親が長期の仕事へ出掛けて行ったのはつい先週のことで、彼らの代わりにと一人

寂しくしていたティーナの元へカロンがやって来たのはその二日後。


夜はどうしても寝つきが悪いんだと話してからは、毎晩に二人で本を読んでいる。


昨日は確か、コウノトリが可愛い赤ん坊を運んで来る話だっただろうか。


きっと彼はその感想を求めているのかもしれない。



「えっとね。コウノトリさんのおかげで、みんなが幸せでいられる世界で…とっても

いいなって思うよ。」


「……んむ。ソウか。そうであるか…。」


「カロン?」


「否。なんでもない。貴女はもっと、現実を見る努力をするべきだ。」


「なあにそれ。だったら、カロンはもっと、夢を見る努力をした方がいいよ!」


「何とっ!完璧で高潔なる紳士なこのワタシが」


「あっ!鳥さんにご飯をあげる時間!」



ベッドから素早く降りてパタパタと駆けていくティーナに気づくことなく、カロンは

一人でしばらく演説を続けていた。



―――否。気づいていない、のではなく。



闇に沈んで誰にも確認できない彼の表情は、見えていたらきっと複雑に絡まって同居

した喜びと悲しさで歪んでいるのだろう。



「…もう一度、仕切り直しデス。本はまだ沢山、あるのデスから。」



カロンは自慢のシルクハットを深く被り直し、走り去っていったティーナの後を

追うように静かに歩き出した。

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