平和塔の殺人

mikio@暗黒青春ミステリー書く人

ピースキーピングオペレーション

 平和塔から見下ろす街は今日も退屈だった。

 没個性的な家々。さして高くもないタワーマンション。学校。スーパー。コンビニ。パチンコ店。この国のどこにでもありそうな街。わたしが生まれ育った街。深山みやまが生まれ育ち、旅立っていった街――。


「懐かしいね」


 わたしと同じに塔の屋上から故郷の街を眺めて、彼女は言った。


「深山にとってはそうだろうけど」


白川しらかわ……あたしが東都に行っている間も、よくここに来たの?」


 ああ、そういうこと。十年一日代わり映えしない街のことではなく、ね。


「よくは来ないよ」


 高校の頃、わたしと深山は時々、学校をサボってこの塔を訪れた。


 どちらからそうしようと言い出したのかは覚えていないけど、はじめから卑猥な目的で訪れたわけではないだろう。あれは三、いや四回目か。深山が「ここって夜はデートスポットらしいよ。エロ的な意味で」と言い出しのに「今は昼でわたしたちは女でしかもただのクラスメートだけど?」と応じたら、ふいっと触るだけのキスをされたことがあった。とても迷惑な話だ。


 ……結果、平和塔は昼夜を問わずデートスポットになった。エロ的な意味で。とてもとても迷惑な話だと思う。


 でもまぁ二年足らずで平和塔はデートスポットではなくなった。近所の住民からの苦情で、夜に施錠されることになったのが理由のその一。あたしと深山が高校を卒業し、あたしは地元の公立大学に、深山は東都の私大に進学したことが理由のその二だった。


 以来、平和塔はほとんど訪れる者のいない寂しい場所になった。


「大学はどう?」


「受験で背伸びしたつけを払ってるって感じ。なんだかんだで自分ってできるヤツじゃん、っていう自負心が毎日コツコツ削り取られていくのってまぁまぁキツいね」


「よくわからないのはわたしが相変わらず温室にいるからなのかね」


「生きやすい場所で生きるのが一番だとあたしは思うけど?」


 だったら連れて行ってもらいたかったよ。とは言わずにおく。今となっては詮無きことだ。それにもし仮にわたしや深山が熱くなったところで、わたしの親が東都への進学を認めることはなかっただろうし。


「ま、この街が生きやすいとも思わないけど」


 大学四年間のモラトリアムが終われば、家業の酒屋を継ぐことが決まっている。斜陽窮まった家業だが、それでもわたしが結婚して子どもを大学に行かせるくらいまでは何とかなるだろうというのが父の算盤だ。正直算盤で殴り殺してやりたいくらいだが、育ててもらった恩はある。


「よく見ると昔とは結構違うところも多いね。スタバなんて、この街にはなかったでしょ?」


「そうだったかな。忘れたよ」


「でも、下の貯水池は変わらないね」


 平和塔は小高い丘の上にある展望台だ。で、その丘の入り口近くには、雷魚も住まないような汚い貯水池がある。前に子どもが溺れたとかで、池へと続く道には立ち入り禁止の札とともにチェーンが掛かっていた。


「音楽を聴かないか。昔のように」


「良いよ」


 高校を卒業するまで数え切れないほどこの塔を訪れたわたしたちだが、毎度毎度互いのGスポットをまさぐっていたわけではない。むしろこうやって、屋上にしゃがみ込んで、イヤホンを半分ずつシェアして、昔のロックミュージックに耳を澄ましているだけの日の方が多かったような気もする。


 だからなのだろう――わたしがバカバカしい殺人計画を実行することにしたのは。


「今、何か変な音がしなかったか?」


 サニーデイ・サービスの24時を半ば以上聞き終えたところで、わたしは深山に水を向けた。


「え? わかんない。あたしは気づかなかったけど」


「そう? うーん、何か気持ちが悪いな。ちょっと見てくるよ」


 わたしは自分の耳にはめたイヤホンを外して、深山の耳に当てると、立ち上がって、はじめに階段室のドアを開ける。予定通りの行動だ。


 平和塔は1階と屋上だけで構成される展望台で、屋上に上がるにはわたしたちがそうしたように塔内部のらせん階段を使うか、あるいは(何故か)マルウィヤ・ミナレット風に塔の外周に沿ってとぐろを巻くように続くスロープを使うことになる。


 塔内部に人影はない。当然だ。音の話は嘘なのだから。続いてスロープの方に向かう。傾斜が始まる少し前。深山から見て死角となる位置に、台車に乗せられた鷲塚政夫わしづかまさおの死体があった。二時間前にわたしがそうした、そのままの状態だった。



 それはバカバカしい殺人計画だった。


 昼夜を問わず訪れる者がいなくなった展望台であの男を殺し、階段室から死角になる位置に隠す。


 その後、一旦丘を降り、深山を連れて戻ってくる。一緒に音楽を聴くことを提案し、途中で理由をつけて抜け出す。そうして、台車ごと男をスロープに向かって押し出す。とぐろを巻く傾斜によって台車は加速しながら展望台を下っていき、丘へと射出される。さらに台車は丘の斜面を滑降し、貯水池へと向かう。しかし、あの男はそうはならない。貯水池の前に張られたチェーンがちょうど台車の上の男の体と同じ高さにあるからだ。チェーンに阻まれ、固定に使ったガムテープを巻き込みながら、男は池の手前に残る。台車だけが貯水池に沈むというわけだ。


 実験は何度もした。男を固定するガムテープがあまり弱すぎると、スロープを下っているうちに台車から落ちてしまうし、あまり強すぎると今度はチェーンにぶつかった時に台車ごと止まってしまう。台車の高さとチェーンの高さの調整も一苦労だった。それでもうまくいくという確信があったからこうしたわけだが。


 鷲塚は大学の二年先輩で、写真サークルで知り合った。会って半年ほどは挨拶する程度の仲だったが、あるとき一人でいるところにスマートフォンを突き出されてこう言われたのだ。


「これ、写ってるの白川さんだよね?」


 平和塔で、まぁ昼間っから文字通り乳繰り合うなんて、高校時台のわたしたちは本当にバカなことをしたものだ。


 いや、その写真を突きつけて肉体関係を迫ってくるヤツもそれはそれでバカだし、別にそんなのは撥ね付ければいいものを結局体を許してしまう最近のわたしもどうしようもなくバカだ。


 でもまぁバカにだって譲れない一線はある。


「もう一人の女の子って、同じ高校の子なの? 今度紹介してよ」


 まぁ、殺すしかないよね。


 だから殺した。死亡推定時刻とかはよくわからないけど、わたしたちが平和塔に上ってきたときには池の前に鷲津の死体はなかったし、今から台車を押して池の前に死体を移動させれば、深山と一緒にいたわたしのアリバイは成立、と。まぁそんな感じ。


「さて、やりますかね」


 わたしは小さく呟くと、ハンカチでくるんだ手で台車を掴む。トリックのために取っ手はついていないものを使っているので、結構持ち辛い――。


「白川、待って」


 と、背後から聞き慣れた深山の声。そう。これだけが心配ではあった。高校生の頃なら、わたしがイヤフォンを外して本を読もうが寝そべろうが気にしない深山だったけど、わたしがそうだったように彼女にだってわたしの知らない時の積み重ねがあったのだから。


「ごめん」


「そうじゃなくて」


「その、すぐ、警察呼んで。後生だから理由は聞かないで」


「理由は聞かないよ。でもって、すぐには警察を呼ばない」


「どういうこと?」


「聞かないけど、あるんでしょ、理由」


「まぁ、あるけど」


「だったら押す。あたしも一緒に、押す」


「いや、それは」


 わたしが何か言うよりも早く、深山はわたしにキスをする。唇に触れるだけの優しいキス。


 そして、わたしたちは二人で台車を押し出した。

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