第28話 初ログイン

 結局、弐田にったさんは昼休みに教室に戻ってきてそのまま早退してしまった。

 なんとなく気分が乗らないとのことで、課題クリアのために一緒にお昼を食べる件が流れたのがせめてもの救い。

 お弁当の味もよくわからないまま一人で食べて、気付いたら放課後になっていた。


「それじゃ、また来週」

「おう」


 なんとなくじゅうごと言葉を交わして俺も帰路につく。

 心は弐田にったさんが好きだと前から決まっている。

 それなのに自分から行動を起こせなくて、結局琉未るみや姉ちゃんに助けられっぱなしだったと思い返す。


「あっ」


 公園の前を通ると、ブランコに乗る弐田にったさんを発見した。

 夕陽に照らされて一人寂しそうに揺られる姿を見て、中学生の頃を思い出す。

 あの時、声を掛けたのは琉未るみだった。俺はその添え物。

 

 今日は琉未るみも一人で帰ってしまった。

 後押しも妨害もされない。俺の決断が運命を別ける。


弐田にったさん」

「……」


 勇気を振り絞って声を掛けるも、無言で睨まれてしまった。

 無視されるよりはマシだけど結構辛い。


「……」

「……」


 話し掛けてみたものの言葉が続かない。

 謝る? 何を? 姉ちゃんの話しでもする? なんで? 告白する? この雰囲気で? 

 いろいろな考えが脳内にうずまいて、そのどれもが不正解に思える。

 

 邪魔者は消せ。


 姉ちゃんの受け売り。そして、俺が弐田にったさんに教えた数学のコツがふと頭に浮かんだ。

 謝罪も、姉ちゃんの話も、告白も、今は邪魔なものだ。

 一旦忘れて、それで残ったものが正解……かもしれない。


「なんかさ、中学の頃に初めて弐田さんと話したことを思い出してた」

「そう……ですか」


 よかった。反応してくれた。

 たったそれだけのことでだいぶ緊張が解ける。

 カサカサだった口の中がほんの少し潤いを取り戻した。


「俺と琉未るみがテレビで見た芸人の漫才をモノマネして、最初はすげー冷めた目で見られてて辛かった」

「元ネタを知らなかったですし、思い返してもクオリティが低かったですからね」


 思い返すと本当に酷い。

 昨日テレビで見たばっかりのネタをぶっつけ本番でやるから話がちぐはぐだし、何より俺のノリが悪かった。

 教室の中でならともかく、知らない人も通る公園で漫才って。

 琉未るみみたいな鋼のメンタルを持ってないと無理な話なんだよ。


「だけど、最後は笑ってくれた」

「勢いはありましたから。琉未るみ独井とくいくんを張り倒して水たまりにダイブ。体を張った芸でした」

「あれは芸っていうか事故だけどね」


 結局最後は力技だった。話の内容で笑わせたんじゃなくてただの事故。

 笑わせたんじゃなくて、笑われただけ。

 それでも無表情だった女の子が笑顔になってくれただけで嬉しかった。

 俺達のネタが通用したんだって。


「なんであんなことをしたんですか?」

「放っておけなかったんだよ。琉未るみはそういうやつだって弐田にったさんも知ってるでしょ?」


 弐田にったさんはこくりと頷いた。

 もし琉未るみと幼馴染じゃなかったら、同じクラスになっていなかったら、ログボ以前に不登校だったかもしれない。


琉未るみは私に学校での居場所を作ってくれました。完全に馴染めたわけではないですけど、それでも随分と楽しいと思えるようになりました」


 長い黒髪が風で舞い上がる。隠れていた横顔は初めて会った時よりも大人びていて、それに幸せそうだった。


「それから独井とくい先輩と知り合って、私は人生の目標ができました」

「姉ちゃんみたいになるって?」

「はい」


 その第一歩として弐田さんは髪を伸ばし始めた。

 勉強も頑張ってるうちにいつの間にか琉未を抜いて、運動は苦手だけど、少しずつ目標に近付いているように思う。


「姉ちゃんの家での様子を聞かれて、恥ずかしいのに包み隠さず話したら『嘘を付かないでください』って怒られたっけ」

「あれは……まさか独井とくい先輩があんなにもブラコンとは知らなくて」

「うん。俺も実体験じゃなかったらフィクションだって思うよ」 


 ふふっと弐田にったさんが微笑む。

 やっぱり女の子は怒ったり泣いたりしてるより、笑っているのが一番可愛い。

 こんな風に笑うってクラスメイトは知っているのだろうか。

 ちょっと優越感のようで、同時に寂しさにも襲われた。


独井とくいくんが羨ましいです。素敵なお姉さんに愛されて、最高の幼馴染がいて」

「うん。我ながら恵まれてると思う」

「それなら、なんで琉未るみじゃダメなんですか!」


 勢いよく立ち上がると、夕陽を覆い隠すように俺の前に立ち塞がる。

 曖昧な答えでは逃げられない。

 琉未るみが勇気を振り絞ったように、姉ちゃんが毎日表現してくるように、俺も自分の気持ちを弐田にったさんに伝える。


「実はさ、ログボ目当てでも課題をクリアしてくれる女の子が現れたら、もしかしたら両想いの彼女ができるかもしれない。そんな風に考えてた」

「やっぱり……ログボなんて不潔です」

「うん。待ってるばっかりじゃダメだ。自分からログインするくらいじゃないと」

「え?」


 スッと立ち上があると、弐田にったさんは先程までの威勢を失いキョトンと立ち尽くす。

 お腹の前で組まれた手を優しく解き、そのまま両手をギュッと握る。

 それと同時に弐田にったさんのスマホがログインを知らせる通知音を鳴らした。


「どういうつもりですか?」

「俺は……弐田にったさんが好きだ」


 ついに言ってしまった。もう後戻りはできない。

 琉未るみを応援する弐田にったさんのことが好きなんて、間に立たされる弐田さんはたまったものじゃない。

 相手のことを想えば秘めておくのが優しさなのかもしれない。

 だけど、この気持ちは抑えられるものじゃない。


「なんで私なんですか。琉未るみの方が明るくて可愛くて、む……胸も大きいし」

「笑顔だよ」

「私、そんなに笑いませんよ」

「初めてうちに遊びに来た日にさ、たまたま二人きりになったの覚えてる?」


 弐田にったさんは首を傾げる。

 そりゃそうだ。ほんの数分。姉ちゃんと琉未るみが部屋を出た時の話なんて覚えてるはずがない。

 

「ちょっと気まずくてさ。何を話していいかわからなくて、姉ちゃんとの思い出も脈絡もなく話したんだ」

「ああ、そんなことも……あったかもしれません」

「ずっと真顔で話を聞いていた弐田にったさんが、何かの拍子に笑ったんだよ。独井とくいくんっておもしろいですねって。その時の笑顔が忘れられなくて、気付いたら好きになってた」

「そんなことで……ですか?」

「うん」


 言葉を選んでいるのか、はたまた絶句しているのか、二人の間に言葉はない。

 だけど不思議とあの頃のような気まずさはなく、この時間が続けばいいのにとさえ思えた。

 何より嬉しいのは、弐田にったさんが俺の手を拒絶していないこと。

 見つめ合うのはなんだか気恥ずかしくてできないけど、緊張でちょっと冷たくなっていた手が暖まっていくのを感じていた。


「ごめんなさい。私、なんて返事していいか」

「俺の方こそ突然ごめん。弐田にったさんは琉未を応援してるって知ってるのに」


 告白の返事は保留状態だ。もしも即答でOKをもらっていたら、この恋は冷めていたかもしれない。

 親友の琉未るみを気遣える弐田さんだから俺は好きになった。

 我がままかもしれないけど、そんな弐田にったさんに恋をしてしまったんだから仕方ない。


弐田にったさんが俺を好きになるまで毎日ログインする。課題をクリアしてもいいかなって思ってもらえる男になる。弐田にったさんがログインするんじゃない。俺がログインするんだ」

独井とくいくんって、先輩に似ておもしろいですね」


 日はさらに傾き、その光は弐田さんの笑顔を綺麗に照らす。俺が恋に落ちた時よりもさらに可愛く輝いて見えた。

 俺のログボ人生はここからが本当のスタートなのかもしれない。


 ちょっと良い雰囲気になりかけたその時、俺と弐田にったさんのスマホが同時に鳴った。琉未るみからのメッセージだ。


琉未るみ、今日はまだログインしてないんだ」

「言われてみればそうかも」

「私はこれからも琉未るみを応援します。絶対に琉未るみの連続ログインは途絶えさせませんから」

「俺は弐田にったさんに好きになってもらう。絶対に連続ログインする」

「ふふ。おかしな三角関係ですね」


 この時の俺はまだ知らなかった。三角どころの話じゃなくなるってことを。

 三角に姉ちゃんが加わって四角になるだけじゃなくて……やっぱりモテ期なんてろくなもんじゃねー!

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