テレビショッピング
山脇正太郎
第1話
20××年、テレビは大きな進化を遂げた。番組を視聴するという従来の形から、様々な番組を体験可能となったのだ……。
A氏の朝は、寝起きに一杯のコーヒーを飲むことから始まる。ただし、自分でコーヒーを淹れることはない。ベッドに寝たまま、枕元に置いていたリモコンで、コーヒー販売の番組をを選択する。画面には一人の男の姿が映し出される。世界一のバリスタといわれる人物だ。彼は手際良く一杯分のコーヒーをドリップしていく。無駄がない動きで見ているだけで、小気味いい。画面からは、コーヒーの香りが漂ってくる。A氏は、その香りを嗅ぎながらコーヒーが入れられていく様子に見入る。バリスタはデカンタに溜まったコーヒーを、白い陶器のマグカップに注ぎ込む。そして、カップをやさしくテーブルの上に置いた。
A氏はおもむろにテレビの前まで歩いて行き、サンキューと言いながら画面の中に手を差し入れる。A氏の手はテレビの中にするりと入っていき、カップを手にする。そして、手を引き抜くとテレビの中にあったはずのマグカップは実際にA氏の手の中にある。A氏はカップを口につけ、コーヒーを飲む。ああ、美味しい。A氏は、恍惚な表情でつぶやいた。
A氏は、食事をしたければ、食事を作ってくれる番組を選ぶ。番組は多様で、世界各地の食事が選べる。体験できるのは、飲食だけではない。どこかに遊びに出かけたくなれば、観光地の番組を選び、テレビの中に入ればいい。A氏のお気に入りは、世界遺産の特集番組だった。先日は、ピラミッドとマチュピチュをはしごした。
このような機能を持つテレビは、別に特別なものではない。世界中の全世帯に当たり前に置いてある。体験型テレビの登場で人類の生活は劇的に変化した。食料問題は解決したし、交通渋滞も無くなった。人間の欲求は、テレビさえあれば、満たされるのだ。学校に実際に通うこともない。テレビの中で、一流の講師がマンツーマンで教えてくれる。さらに、テレビ内の空間は他のテレビと共有されているので、友人や家族と一緒に体験できるのだ。もう人類は部屋の外から実際に出なくても全ての出来事を体験可能となっている。
A氏は、最高の人生だと思う。テレビさえあれば、全てが満たされるのだ。もう家の外には十年は出ていない。出る必要もない。なんて幸せだろう。
テレビショッピング 山脇正太郎 @moso1059
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
エッセイです/山脇正太郎
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます