再会

 リイチャをさらった男が海外から献金を受けている動かぬ証拠を私は軍事法廷に提出し、売国と背任の罪で起訴した。

 彼は無実を訴えようとしたが、結局は無理だった。せめて減刑を、との家族からの訴えもあったが、その声は政治闘争の前では大河を流れる泡のようなもので、すぐに無かったことにされた。

 そもそも許す気もなかった。家族からリイチャを引き離したあの男が家族に守られるなんて、まっぴらごめんだった。

 なぜか私あてに届けられた下手な文字の手紙を、私は灰皿で焼き捨てた。リイチャは読み書きができない。だから、リイチャではないだろう。

 きっと恐怖に震えるあの男の正式な妻のお嬢様が、女同士の情を期待して送ってきたのだ。

 あっという間に品質の悪い紙は灰になり、それと同時に、彼の有罪判決と銃殺刑が決まったと私の副官が報告しに来たのだった。


 パン、と嫌に近くで響いた銃声で私は現実に引き戻される。前より明らかに足音が大きくなってきた。

 コンクリート越しに言い争う声が聞こえる。女と男の声だ。革命派に軍が急襲された後、私の元に残った部下は男だけだったから、革命派の侵攻はすぐそこまで来ている、と言うことなのだろう。

 こんなことなら、リイチャに会ってから死にたかった。


 彼が処刑された後、彼の家族や使用人は離散した。私はリイチャを探したが、彼女は姿を消していた。

 リイチャ、という名前は確かに使用人名簿にあったし、彼女の同僚にも会って、確かにリイチャがあの男に従属させられていたことはわかった。


「リイチャさんは、旦那様に対してとても忠実な方でした。滅多に家に帰らない奥様の代わりも務めていました」


 そう、リイチャの同僚は言っていた。感情的になってリイチャの同僚を殴り飛ばさず、震える声で感謝の言葉と、話を聞いた露店の食事代を彼女の分まで払った私の理性は褒められていいと思う。

 当時の私の権力を使い、残党狩りの名目でリイチャを探したけれど、彼女は見つからなかった。

 馬鹿なリイチャ。きっと死んでしまったのだろう。もう少しで自由になれたのに。

 気づけば胸元の半分の写真は、遺影になってしまっていた。

 一生分泣いた後、私は政治闘争にさらに身を入れるようになった。

 外国にたらしこまれて国民を蔑ろにするような軍人は全員殺してやる。

 リイチャはもういない。

 だからせめて、第二のリイチャが現れないようにすることだけが私にできることだ。

 政治闘争と同時に、トップダウンで地方の衛生状態や教育状態の向上を命じる。それをやらせる海外の会社はあえて国籍をばらけさせた。

 一つの国からの依存の度合いを減らすことで、外国からの影響を最小限にし、国際社会との付き合いとしてインフラ整備を行う。

 ただ、第二のリイチャを出さないことしか考えていなかった。

 そのせいで、革命派が密かに勢力を拡大しようとしていることに、私は気づけなかったのだ。

 公共事業で国民の支持を得て、めぼしい政敵は蹴落としたから、私が大元帥と呼ばれるようになるまではあっという間だった。

 そんなある日、腹心の部下の屋敷が襲撃され、武器を奪われた。

 彼らは「革命派」の名前で犯行声明を出し、軍事政権に牛耳られるこの国を国民の手に取り返す、と宣言した。

 すぐに弾圧を、と部下は助言してきたが、私はためらってしまった。

 部下を殺したのは、革命派のリーダーで、金髪の美女だった、という証言があったのだ。


 銃声がドア越しに聞こえる。言い争う内容もわずかだがわかる。

 すぐそこまで革命派、つまりは私の死が近づいているのだ。

 革命派のリーダーがリイチャかもしれない、と考えて初動が遅くなって、全ては血の海に飲まれた。きっと私も、もうすぐその一部になるのだろう。


「大元帥は、誰よりもこの国のことをかんがえてーー」


「だったら、どうしてあの人は死んだの!」


 部下の声と、聞いたことがあるような女の声。

 私は政治闘争には勝利したけれど、残党狩りが不十分だった。

 だから、私に反発する者を集めれば、武力でクーデターを起こせる勢力が作れたのだ。

 元は別の派閥であっても、打倒私であれば呉越同舟とばかりに集まるし、元軍人の集団だから指揮系統もすぐに作れる。

 なんたって、彼らには外国とのコネがある。武器の密輸入もお手の物だったのだろう。


「貴様に大元帥の何がわかる!」


「うるさい! ■■■■はあんなんじゃなかった! お前らが彼女を化け物にしたんだろうが!」


 銃声。部下の声が途切れる。

 すぐに私がいる作戦室の耐爆扉は蹴破られた。

 椅子を回して、私を殺そうとしている者の顔を見上げる。

 返り血を頬紅のように浴びて、硝煙にくすんだ金髪の女。昔に比べれば、多少精悍になった顔つき。

 そして、私に向けられた、拳銃の銃口。


「リイチャ?」


「親友だと、思っていたのに……よくも旦那様を」


「リイチャ、生きてたの?」


「お前に殺されかけた。残党狩りとやらで。助けてくれたのが革命派だった。旦那様は確かに清廉潔白な人ではなかった。それでも、あたしを幸せにしようと色々してくれた。読み書きも、礼儀作法も」


「あの手紙は、リイチャが?」


 目の前が真っ暗になった。

 リイチャのためだけに私は動いてきたし、親友を幸せにしたかったからあの男も殺した。


「最初は嫌だった。でもあれでよかったんだ。村じゃ絶対に食べられないものも食べさせてくれたし、女としての幸せもくれた。だから、私は、しあわせだったはずなんだ! 目の前で写真を焼き捨てられたって、仕方ないことだったんだ! そのせいで、ジャーナリストさんが死んだって、あたしは幸せだったの!」


 リイチャの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。


「リイチャ」


 立ち上がった私に、リイチャがぴくりと一歩下がる。


「何をする気だ」


「ごめんね」


 リイチャがさらわれた時、軍人からリイチャを取り返せなくて。

 リイチャが自分では何も決められなくなって、ただ与えられることを幸せだと思わなくてはいけなくなって。

 そのことに気付けず、無邪気にあの男を追い落として、なんの後ろ盾もないリイチャを露頭に迷わせて。

 あの手紙がリイチャからだと気づけずに、焼き捨ててしまって。


「それであたしが許すとでも?」


 思っていないよ、と言うまえに銃声が響いた。

 暗転する意識の中、きらりと輝いた金髪にリイチャが私の名前を呼ばなかったことに気づかされた。

 リイチャに名前を呼んでもらえないのが、私のやったことの対価で、責任の払わせ方だったのだろう、という思考を最後に、なにもみえなくなった。

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破れた写真 相葉ミト @aonekoumiha

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