第3話  初仕事で死にかける

 冒険者ギルドと言えば腕っぷしの強そうなやつばかりが集まっているのかと思ったが、老若男女、人種も多様な人々がいた。掲示板に乱雑に張られた依頼の紙を読んでいる人々、テーブルを囲んでいるちょっと怪しい一団、そして受付で暇そうに亜麻色の髪をもてあそんでいる綺麗なドルイドのお姉さん。


 若い女性と話すとか、久しぶりすぎる! 自分、臭わないか? さっきドアのガラスに映った自分の姿があまりにもおっさんじみていて、しかも汚い髪と擦り切れた茶色の服が貧乏くさくて、息をのんだばかりだ。


 手汗脇汗のにじみ出るのを感じながら、そのお姉さんに話しかける。


「あの、仕事を探してて」

「ここは初めてでしょうか?」


 お姉さんは素敵な笑顔だ。草花で編んだ髪飾りもすばらしい! ふんわり白い二の腕! いやいや、そんな事考えている場合じゃない。


「はい、初めてっす......」

「じゃあ登録からですね。お名前その他の情報をこちらにお願いします」

「どうも」


 住所や職歴学歴やスキルなど結構書くことがある。というか、書かなければならない項目は多いが、書けることは少ない。辛いなー、空白の20年間。


「お名前と住所以外は書ける範囲でいいですから」


 俺の焦りを読み取ったように、お姉さんが優しく付け加えた。ありがたや。でも住所もない俺は一体どうすれば?


「あの、宿もこれから探そうと思ってて」

「そうですか。来たばかりや短期滞在だと、ここの隣にあるシルバー・ケッグって宿屋に住む方が多いですよ。値段も良心的です」

「そりゃあいい。じゃあそこお世話になるっす」

「じゃあ、とりあえずそこの住所を私が書いておきますから」


 結局俺は名前とスキル「リーダーシップ」だけ書いて紙を提出した。いちおう若い時に一犯罪組織の長をやっていたんだから、人に言う事を聞かせたり仕事を分担したりは上手いぞ。リーダーシップって、一人で依頼をこなすだけの仕事には必要ないかも知れないけど。


「初めての方は皆Fランクからスタートです。Fランクが一番下、Sランクが一番上なんですけど、自分のレベル以下の依頼を受けることができます。ただし、複数名で依頼を受けるのであれば、一番ランクの高い人の一つ上のランクまで引き受けることができます」


 一番ランクが高い人の、一つ上? ちょっと考えてやっとわかった。論理的思考力が鈍ったな。元から頭が悪いっていうのに。


「で、あの掲示板で依頼を選べばいいんすか?」

「一回限りの依頼は受付にリストがあります。常時や長期の依頼、まあ薬草集めとかになりますけど、それは向こうの掲示板に貼ってありますので好きに選んでこなしていただいて、終了後こちらで報酬をお支払いします」

「どうもっす。とりあえず掲示板見てみますね」


 ぎこちなく会釈をすると特上の笑顔が返って来た。


「ご登録ありがとうございます」


 掲示板前には人だかりができているが、だいたいの人より頭一つ二つ背の高い俺は難なく張り紙を読むことができる。薬草集めは間違えたものを採取してもいやだし、ちまちました作業は気が進まない。もっと力仕事みたいな気楽なものはないんだろうか。


 『下水道鼠退治願う(Fランク)』という文字が目に留まった。


 下水道に巨大ネズミ(体長1メートルほど)が出て市が困っているという。下水道に降りるための簡易地図を見ると、どうやらここからそう遠くない。しっぽを持ち帰れば一本につき1ゴールドもらえる。


「やってやろうじゃないの」


 地図をきっと睨みつけて頭に刻み、ギルドを後にした。


 下水道に降りるドアを開けると、豚小屋のようなにおいが鼻をついた。


「うっへ~」


 鼻が慣れることを期待しつつ、階段を降りて、下水の流れるところに到着する。水の流れる横に歩ける通路があり、いくつか枝分かれして迷路のように広がっている。


 ネズミよ、来い!


 剣を構えて歩いていくが、ネズミの姿は見えない。1メートルもあれば簡単に隠れられないはずだが、他のハンターに狩りつくされたんだろうか。


 よし、来い! 一つ角を曲がったとたん、黒い二つの影が目に入った。いた! ばかでかいヤツ。蛇のようなしっぽが気持ち悪い。


 むこうもこっちに気づき、赤い目を剥いて金切り声を上げて向かってきた。


 とびかかって来た一匹をかわし、もう一匹の頭蓋骨に剣を振り下ろす。図体がでかいだけあって毛も濃い。にぶい手ごたえがあったり、ネズミの頭から血が噴き出した。交わされた一匹が猛Uターンしてもう一度迫ってくる。剣を上げようとしたが間に合わず、体をかばうように出した左手に鋭い歯が食い込んだ。


 いってぇ!いくら手を動かしても放さないそいつの首を剣でまっすぐ刺した。急所にあたったのだろうか、口をぱっくり開けて泡を血の泡をふいて倒れる。


 その時後ろにいた一匹がもう一度体当たりしてきた。イノシシのような巨体に跳ね飛ばされた俺は、下水に落ちるギリギリまで吹っ飛ばされた。


 腕ほどの太さのしっぽが鞭のように顔面に打ち付けた。やばい、意識が遠のく。ネズミの足が二本胴の上に乗り、完全に上半身を押さえられた。


 嫌だ、釈放されたその日に死ぬなんて......。しかも下水道で。ネズミに食われて。仕事もして、嫁さんももらうつもりだったのに......。


 そうだ、みっともないぞ! 人生これからじゃないか! 


 急に目がさえてきた。ネズミが口を歯をぎらつかせている。首を一噛みするつもりだろう。


「クッソー」


 最後の力を振り絞り、ネズミの腹を蹴り上げた。身の毛のよだつような声を上げて、ネズミが後ずさる。そのすきを見て立ち上がった。血が沸き立つのを感じる。


「ヤァ―――――――――!」


 雄たけびを上げ、ネズミの口に剣を突き刺す。ネズミは二度三度もがいた後倒れた。

 

 動悸がおさまるまで、膝をついてしばらく休んだ。ネズミの血がゆっくり床に広がる。


 やった。死なずに済んだ。死にかけたけどな。でも、生きてる。


 

 

 





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ゴブリンズ・ゴット・タレント 外町ゆう @ai4d

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