第2話 タダ飯をいただく

 混みあった港に俺は一人立ち尽くしていた。にぎやかだ。人間やエルフやリザードフォークなど、多種多様の人たちが行き来している。


「平和だなぁ」


 ため息が出た。野蛮な雰囲気の強かった古郷の村と比較してしまう。こんな平和なところに生まれていれば今頃立派な家族と仕事をもっていたんじゃないか。生まれ故郷は選べるものではないが、どうしても自分の境遇を恨んでしまう。


 でも今日から新しく始めるんだ、自分がずっと生きたいと思っていた人生を! 気を取り直し、気のよさそうな若い男に声をかけた。


「すんません。俺、今日牢から釈放されて、ここに来たんすけど、あの、仕事とか紹介してくれるところ、知りませんか?」


 あーーーー、我ながらもっさい。長い囚われの生活で、コミュニケーション能力は2歳児並みだ。いや、待て、2歳児の方がもっとすらすらしゃべるぞ?


 気がよさそうだと思ったそいつは立ち止ったもののすぐには答えず、眉を吊り上げた。なんだ、俺なんか変なこと言ったか?


「ちょっとわかりませんね」

「はぁ」


 そうですか......と言う前に男はすたすた行ってしまう。畜生、次だ! 市場でフルーツを売ってるおばちゃん。お前に決めた!


「ちょっとすんません、俺、今日20年の刑期を終えて、これから何かまっとうな仕事をしようと思ってるんですけど。なんか、口とかありませんかね」


 おばちゃんも顔をしかめた。


「あんた、牢屋から出て来たばっかりなんて言いふらさない方がいいわよ。印象が悪くなるじゃない」

「あ、そうっすね。すんません」

「いや、謝る事じゃないけど。そんなこと言ったら見つかる仕事も見つからないかもしれないじゃない?」

「そうっすね」

「えっと、職業ごとに色々ギルドがあるのよ。あんた、何が得意なの?」


 得意? えっと、何だったっけ? 鉄格子を眺めすぎて、それ以前の記憶に全部しましま模様がかかっちまったみたいだ。勉強は苦手できなかったけど、体力仕事は得意だったっけ。服役中だって、道や城を作るためかなり肉体労働したぞ。


「体力を使う仕事はけっこう」

「体力ねぇ。冒険者ギルドがあったはず」

「冒険者?」

「冒険っていっても何でも屋さんみたいなもんよ。町や個人の依頼を受けてモンスター退治とか、調査とか。うちの息子もしばらくそこで仕事もらってたけど、確かペットの世話みたいなのまであったわ」


 それならいけるかもしれない。手先や頭を使う仕事は自信がないが、体を使う仕事となれば、元荒くれ者の経歴まで役に立つかもしれない。超優秀な冒険者になるとか? 一躍有名大金持ちになっちゃうとか? いかん、妄想が広がりすぎる。


「俺に向いてそうですね。その冒険者ギルドってどこですか?」

「えーっと、そこの通りをまっすぐに行って、左に曲がって右手に見えるわ。看板も出ているし、見落とすことはないでしょう」


 おばちゃんはにっこり笑った。優しい。おばちゃん優しいぞ!


「俺、頑張ります。ありがとうございます」


 胸がいっぱいになっておばちゃんの手をがっしり握った。フルーツ売ってるおばちゃんと握手ってちょっと変か?


 通りを歩きだすと、すぐに自分が空腹であることに気づいた。朝食を食べずに船に乗ってここにきて、今はもう昼時だから当然か。所持金、9ゴールド。節約したい。でも......


 通りにそってたくさんの食べ物の屋台が出ている。それが競うように良いにおいを漂わせているから敵わない。あの串刺し肉の店なんて、ドワーフのじいちゃんがうちわで美味しいにおいを通りに広げてやがる。それがあいつらの作戦なんだよなぁ~。


 足は自然と串刺し肉の屋台に向いていた。


「あの、何ありますか?」


 えーっと、屋台での注文ってこんな感じだっけ? それとも、「これください」とかが正解?


 俺のパニックを察しているのかいないのかわからないが、赤いひげに白の混ざったじいちゃんはうちわの手をとめこちらを見上げ、にっと歯を見せた。


「全部鹿の肉さ。種類は主に焼いたヤツとスモークした燻製状のやつ。味は塩コショウか特製ホットソース」

「迷いますねぇ。いくらっすか?」

「2シルバー」

「そうっすか」


 う~む。それが高いのか安いのかもさっぱりわからん。長く自由になる金がなかったからな。でも一つ確かなことは、所持金がなくなる前に安定した仕事と宿を手に入れなければ、また盗みその他の悪事に手を染めることになるであろうこと。それは絶対嫌だ。


「あの、実は俺、今日牢屋から出たんです。20年ぶりに。これから仕事を探しに行くんですけど、今日はお祝いってことで、ちょっと値引きしてくれませんか」


 思い切って言ってしまった。じいちゃんはおっきいおなかをゆすってはっはっはと笑った。


「ずいぶん遠慮のないこと言うやつだな。ホブゴブリンの文化はそんな感じなのか?」

「そうですね。遠慮の文化はないっすね。おれはこれでもまともな方っすよ。牢屋で再教育されたんで」

「前科者が言うか!」


 二人で声を上げて笑った。笑ったらもっと愉快になって来た。誰かが俺のジョークで笑ってる。嬉しくてもっと笑った。俺、お笑いで稼げるかも。エンターテイナーってやつ。


 結果的に俺はタダで、二食分の串刺し肉特製ホットソース味をいただいた。大きな葉に包まれて湯気を上げる肉にかぶりつく。


「うまい! うんまいなぁ! うまいっす!」


 じいちゃんはにこにこして頷いている。


「そりゃ良かった。また来てくれよ。つぎはちゃーんと払ってもらうからな」

 


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