第13話 振り飛車党が絶対負けない将棋部

大会の翌日。

 いつものように学校に来て、いつものように将棋部の部室に向かう。

 ここ数日で色んな事がありすぎて、ボクのキャパシティはとっくにオーバーしている。

 沙羅のこと、御厨のこと、白樺のこと。

 それらはボクと関わりのあるところで、あるいはまるで関係のない場所でそれぞれの着地点を見つけたらしい。

 沙羅のことは言うに待たず、白樺は次は予選を突破したいと意気込んでいたらしいし、御厨は奨励会に復帰するつもりらしいと神無月が教えてくれた。

 いつの間にか皆、先に進んでいる。

 残るは、布留川とボクのこと。

 気合いを入れて臨んだ大会で結果を出せずに落ち込んでいただろう後輩に、一言も掛けられなかったのはボクの落ち度だ。

 御厨から聞いた最終局の負け方も、何というか心に来る感じで、聞いてるだけでつらかった。

 布留川は泣いていたらしい。

 真剣にやってるからこそではあるんだけど、きついものはきつい。

 要するにボクが何を言いたいかというと……。

「来てんのかなぁ。あいつ……」

 将棋が嫌になって、もう将棋部を辞めるなんて言いだしやしないだろうか。

 考えている間に部室の前に立っていた。

 いつもは何の気無しに開いていた扉がやけに重たく感じる。

 ええい、と一気に扉を開く。

「先輩! 遅いですよぅ! 何してたんですか!」

 振り飛車党が盤の前にスタンバイしていた。

「布留川お前……」

「遅刻した分は持ち時間から十倍引きですよ! 十倍!」

「最初から切れ負けするだろ。せめて三倍にしてくれ」

 どこかホッとするような気持ちでボクは軽口を叩きながら盤の前に座る。

 駒は既に並べてあった。そういえばこいつは誰もいない部室で振り飛車のスイングをするような奴だった。

「平手でいいのか?」

「はい! 今日はそういう気分なので!」

「じゃあよろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

 勝手に先手を取っていた布留川が颯爽と角道を開ける。どうせノーマル振り飛車だから△8四歩でも△3四歩でもいいんだけど、気分で△3四歩にする。

 布留川は息をするように角道を止めて、四間飛車!

 ここまでの手つきは本当に立派だ。

 美濃に囲った布留川陣に、ボクは舟囲い急戦で攻めかかる。

 伝統的な丁々発止、一進一退の攻防が続く。

「でも、強くなったよな布留川」

「そうですか? 全然だと思うんですけど」

 大会でも勝てませんでしたし……と小声で呟く。

「いやいや、最初の頃は8枚落ちでもろくに考えずに適当に指して駒をタダで取られたりしてただろ」

 飛車先を受けるようになるまでにも相当な時間を要した。

「ええ? 比較対象そこですか? 流石に今はそんなことしませんよぅ」

「その時期結構長かっただろ。それにその頃、色々あったし……」

 津留崎の奴に怒鳴り込まれたりとか。

 神無月が怒鳴り込んできたのも同時期だった気がする。

 将棋部初期は特に忘れたい思い出が多い。

「まあ大会なんてまた出ればいいだけだし、そんだけ指せりゃそのうち勝てるだろ……っと」

 角を打つ。銀香両取り。銀を逃げるだろうけど、そうしたら馬を作りながら香を取れるのでボクの優勢。単純な見落としである。

「うう……」

 布留川は恨めしげな目で盤上を見つめている。一手前が手拍子だったので今更考えても遅いのだけど、悲しいかなこれが将棋なのだ。

「こんな手打ちながら言われても上達した実感持てませんよぅ……」

「そうかなぁ」

 タダのところに打ち込んでいたのを思えば素晴らしいくらいの成長だと思うんだけど。

 布留川は苦心しつつも銀を逃げる。訳の分からない第三の手を指さないのも偉い。

「そういえばさ、一昨日の返事だけど」

「は?」

「色々考えたんだけどさ。正直ボクってそんな人当たり良い方でもないし、もっと良い奴いるんじゃねーのとか思ったりもしたんだけど」

 香取って馬を成る。

「ボクも布留川のことは好きだし、布留川が良ければ付き合って欲しい」

 言った。自分でも謎なタイミングだったけど、とにかく言った。

「は? え? なんで?」

 布留川は訳が分からないといった表情で目を白黒させている。

「え? だって私、大会で負けちゃいましたよ。最後なんて二歩で」

「大会結果が何か関係あるのか?」

「あれ? でもでも……つまり? 私と、先輩は、両思いってことで、いいんですか?」

「良いよ」

「振り飛車と美濃囲いのように?」

「それは知らんけど。ボクは居飛車党だし」

「私と先輩は恋人同士?」

「布留川が良ければ」

「…………」

「…………」

 タイトル戦みたいな沈黙が流れた。

 やがて布留川は。

「やったーーーー! めっちゃ嬉しいです! 先輩! 阿僧祇先輩!」

「あー、盤面を崩さないようにな?」

「じゃあこれもういらないですね! ビリビリ!」

 布留川は鞄から封筒を取り出して破り捨てた。

「退部届け!? やっぱお前やめるつもりだったんじゃねえか!」

「だって公式戦で一勝も出来ない女とは付き合えないって言うから……」

「言ってねぇ! 断じて言ってねぇ!」

「肇ちゃんって呼んでもいいですか?」

「絶対やめろ!」

「今度の休みにデートして下さい!」

「えぇー? あ、いや、是非よろしく」

 ふふ……と、布留川が笑みをこぼした。

「じゃあ改めて、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」

 対局開始みたいに盤を挟んで二人で頭を下げる。

「よーし、ここから逆転してみせます! 今ならなんだか負ける気がしません!」

「ここから?」

 実際の形勢はともかく、勢いだけは本当にそんな気がしてくる。

 布留川は飛車を握り、軽やかに捌く。

「振り飛車は絶対負けませんから!」

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振り飛車党が絶対に負けないラブコメ らんたんるーじゅ @ranging4th

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