第16話

「おかあさん、結婚おめでとーう!!」


 今日はおかあさんと宰相さんの記念すべき結婚式だ。

 おかあさんのウェディングドレスの素材を狩り初めてから半年。見てるこっちがしんどいくらい緊張しながら宰相さんはおかあさんにプロポーズした。

 跪いて、暴れ火竜の魔石を加工した見事な指輪を差し出して、思わずわたしまで応援してしまうほど必死に、おかあさんが大好きで、幸せにしたいと切々と訴えた。

 おかあさんの答えはもちろんイエスで、感極まった宰相さんは気絶した。目を覚ましたあとわたしが「おめでとう、お父さん」と声をかけたらまた気絶した。

 それから出来上がっていたウェディングドレスをプレゼントして、日取りを決めた。

 ニュシェム国からわざわざバルおじさんが来てくれて、エリちゃんやオスカーおじさんも来たがっていたけれど、仕事があるので来れなかった。その代わりきれいなメッセージカードをくれた。

 身内だけ集まった小さな式は和気あいあいと時間がすぎていった。

 わたしは、といえば涙腺がぶっ壊れてしまったようで、さっきからひたすらこぼれる涙と格闘中だ。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 丸メガネが渡してきたハンカチで涙を拭く。止まらない鼻水もかませてもらった。


「新しいハンカチを買って返します」

「ありがとうございます」


 苦笑いの丸メガネの隣で流れ出る涙と鼻水に悪戦苦闘していると、この世一きれいで幸せそうなおかあさんが知り合いの持ちよった花で作った花嫁ブーケを持ったまま、宰相さんといっしょにやってきた。

 花嫁のブーケはリレーバトンみたいな役目を果たすらしい。このへんはもといた世界とよく似ている。おかあさんは誰に渡すんだろう。おかあさんの知り合いは既婚者ばかりだから選ぶのがたいへんそう。


「おかあさん、結婚おめでとう」

「ご結婚おめでとうございます」

「ありがとう、二人とも。

 はい、ミィちゃん」


 花束を渡されて、わたしはぱちくり目をしばたいた。


「ミィちゃん。私、幸せよ。とってもとっても幸せよ。

 ミィちゃんに会うまで悲しいことはあったけれど、それでも幸せだったわ。ミィちゃんに会ってから、ミィちゃんが私の娘になってくれてから、ミィちゃんに毎日幸せをもらってるわ。本当に本当にありがとう、ミィちゃん」

「おかあさん……」


 おかあさんの言葉にナイアガラの滝にも負けないくらいの涙と鼻水があふれ出し、なんとか止めようと水分を吸い過ぎてほとんど使い物にならないハンカチで拭うのだけれど、焼け石に水だった。服の袖で拭こうかとも思ったけれど、おかあさんが選んでくれたものだったから我慢した。

 本当はおかあさんに抱き着いてわんわん泣きたかったけれど、せっかくのウェディングドレスを汚してしまうからやっぱり我慢する。

 そうしたらおかあさんがにこにこ笑いながらわたしをだきよせて頭を撫でてくれた。


「おかあさん、ドレス、汚れちゃう」

「いいのよ~、ミィちゃん。気にしないで~」


 おかあさんのやさしい声色にわたしの涙腺はいよいよブチ切れてしまい、体中の水分が出てしまうじゃないかってくらい泣いてしまった。ウェディングドレスは腕の良いクリーニング屋さんに任せようと思う。


「本当に、本当にありがとうね、ミィちゃん」

「う゛ん゛っ。しあわせに、なってね、おかあさん」

「もちろんよ~」


 もしも宰相さんがおかあさんを泣かせたら宰相さんの部屋前に魔物の首を積み上げて無言の抗議をしようと思う。


「ふふ。ミィちゃんも幸せになってね~?」

「もう十分幸せだよ」


 おかあさんが幸せならわたしはいつだって幸せだ。

 ……もしや独り暮らしを始めて心配をかけているんだろうか。おかあさん補充時間が減ったのは残念だけれど、そこそこやれてると自分では思ってる。


「大丈夫だよ、おかあさん。ちょっとさみしいけど一人暮らしは順調だよ」

「そうよね、ハイモさんがいるものね~」


 なんでそこで丸メガネの名前が出るんだろう?

 ちんぷんかんぷんな展開に首を傾げる。丸メガネはうっとおしいほど良い顔で笑いを振りまいていた。

 おかあさんのハレの日が喜ばしいのはわかるけれど、妙に腹が立つ顔だな。

 いやしかし、丸メガネは頼んでもないのに朝起こしにきたり、差し入れを持ってきたり、カクテーシンコクをやってくれたりと、すごく世話好きだった。

 なるほど。丸メガネのせいで一人で生活できないと思われてるのか。

 おかあさんが気兼ねなく新婚生活を送れるように一人暮らしを始めたのに。逆に心配をかけてしまうとは。なんてことだ。あとでうちに来ないよう丸メガネに言っておこう。

 わたしは一人でもちゃんと生活できるよ、おかあさん!


「……あのね~、ミィちゃん?」

「なあに、おかあさん」

「私の勘違いかもしれないんだけど~……」

「うん」

「ハイモさんとお付き合いしてるのよね~?」

「ううん。してないよ」


 お付き合いというのは異世界後語こちらで言うところの仲良しだろう。顔見知りだけどそんなに仲良くはないかな。

 わたしの仲良しはおかあさんだけだから!

 胸を張るわたしにおかあさんはちょっとだけ眉間に皺を寄せた。

 どうしたんだろう。わたし、なにか変なこと言った? それともなにか嫌なことでもあった?


「……ミィちゃん。フォルクマーさんが家庭教師を紹介してくれるの。いっしょにお勉強をがんばりましょうね~」

「うん!」


 正直、勉強よりもギルドの依頼をこなして金を稼ぐほうが性に合うけど、お義父さんの心遣いを無駄にしちゃいけないし、おかあさんといっしょなら火の中水の中だ。


***


「ごめんなさいね~、ハイモさん」

「いえ」


 困ったように笑うカミラが頬に手を当て、ハイモはぶどうジュースをちびちびと飲んだ。


「ミィちゃんはちょっと言葉が不自由なところがあって~……」

「異世界からいらしたのですから無理もありませんよ。私がミコトさんの立場でも異世界語を覚えられるかどうか」

「そう言ってもらえると助かります~」


 ミコトの容姿にひかれた人間が何人も声をかけるが、その内のどの声もミコトには届いていないようだった。構わず一心不乱にデザートを選んでいる。


「十三才の時にこちらへ来てから七年経って、もう二十才だから、ようやく好きな人ができるくらい余裕ができたのかと思って~。いつもハイモさんといたし~」

「ははは。外堀を埋めてました。あとは牽制も兼ねて」

「あら~、ミィちゃんってばモテるのね~」

「でもいつか必ず私が一番だと言ってもらえるようにがんばり続けます」

「応援させてね~。未来の義息子がこんなイケメンさんなんて嬉しいわ~」


 新郎じぶん以外を褒める新婦にそわそわとフォルクマーが体をゆらすと、腹の肉もたゆんたゆん、艶やかなしっぽもふわりふわりと揺れた。


「もちろん一番はあなたですよ、フォルクマーさん」

「カミラさん……!」

「ただいま。何の話?

 はい、おかあさん。美味しそうなデザートをいっぱい持ってきたよ」

「ありがとうミィちゃん。ミィちゃんがとってもかわいいって話をしていたところよ。ん~、美味しい~」


 カミラの好物ばかりが並ぶ皿を両手に持ちながら、嬉しそうにミコトが笑う。そんなミコトを見てハイモもまた笑った。


「ミコトさんはカミラさんが大好きですね」

「うん」

「ではフォルクマーさんは?」

「好きだよ」


 もぐもぐとケーキを食べて口の回りをクリームだらけにしながらミコトが答える。フォルクマーは感激のあまり泣き出してしまった。それをカミラがなだめる。


「では私は?」

「嫌いじゃないよ」

「ありがとうございます。では改めて。カミラさんは?」

「おかあさんがいちばん好きっ!」 


 笑顔満開、力一杯答えたミコトにハイモは高すぎる壁の存在に肩を落とし、けれどすぐに立ち直る。ミコトに恋をするならこれくらいで落ち込んでいいられない。


「では私はそれを超えられるよう引き続き頑張りますね」

「ふーん? たいへんだね?」


 口の周りをハイモに拭かれながら、よくわからないまま肯くミコトは咀嚼していたフルーツを飲み込み。悪気なく笑った。とても甘くて瑞々しい果物だった。


「がんばれ」

「はいそれはもう精一杯。言質取りましたからね」


 やはりミコトは何もわからぬげに首をかしげるだけだった。

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おかあさんがいちばんっ! 結城暁 @Satoru_Yuki

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