第15話
やっぱりおかあさんの手料理が一番おいしい。三日も食べられなかったので存分に味わう。
丸メガネは挨拶だけして帰っいった。なにしに来たんだ。……はっ! まさか、あいつ、おかあさんのことが……?!
結婚秒読みのおかあさんにちょっかいかけようってんならタダじゃおけない。明日ににでも釘を刺そう。
「それでね、おかあさんがもうすぐ結婚するかもって話になって、そしたらオスカーおじさんがご祝儀くれたよ」
「あらあらまあまあ。まだ結婚したわけじゃないのに悪いわ~」
おかあさんは少しだけ照れたように笑って、それからぶ厚いご祝儀袋を棚にしまった。
宰相さん、良かったね。おかあさんもその気はあるみたいだよ。
「なにかお礼を考えないと~」
「そうだね。メルーベがもう少し落ち着いたら会いに行こうよ。お墓参りも行きたいし」
「そうね~」
翌日からはいつも通りの生活に戻った。
おかあさんといっしょにギルドへ行って、依頼をこなして、タイミングが合えばおかあさんといっしょに帰る。
たまに大物を倒すためにニ、三日遠出することはあっても、それ以外はずっとおかあさんといっしょにいられる生活。ここが楽園か。
「それでたまたまゲットした暴れ火竜の魔石を宰相さんにあげたんですけど」
「ああ、それで討伐対象の火竜の魔石の納入がなかったんですね」
「それについてはたいへん申し訳なく……」
「いいえ、入手した魔石は冒険者の物ですから気にしないでください。納入依頼ならともかく、討伐依頼での納入義務はありませんよ」
「ありがとうございます」
いつものカフェでいつもの作戦会議を丸メガネとしている。
さすがにあんな立派な色違いの魔石を冒険者ギルドに納入しないのは気が咎めていたのだ。けれどもこれもおかあさんに素晴らしい指輪やらなんやらを宰相さんが贈るためだ。怒られなくてよかった。
宰相さんは凄腕職人のもとに持ち込んで、ひと月かけて加工してもらうと言っていた。今からひと月後が楽しみだ。
おかあさんは喜んでくれるだろうか。指輪とその他もろもろを宰相さんにプレゼントされたおかあさんはどんな顔で、なんて宰相さんに言うんだろうか。
わたしは想像するだけで胸がほくほくしてきた。……まあちょっぴり、さみしいはさみしいけど。
宰相さんは求婚の返事がもらえるか気が気じゃないらしく今から胃薬を飲んでいるそうだ。部下の人たちからよく効く胃薬の材料の採集依頼が出ていた。
「ミコトさんはカミラさんが本当に大切なんですね」
「うん」
おかあさんは
即答ですね、とほんのり笑って、丸メガネが茶を飲んだ。
この意外と長く続いた作戦会議も宰相さんのプロポーズが成功すれば開く理由もなくなる。終わると思えば何事も少しは名残惜しく感じるものだなあ。
ああ、そういえば。
「やはり血が繋がっていなくともお父さんと呼ばれれば嬉しいものですか」
「そうですねえ……」
丸メガネは少しばかり考え込んだ。
「個人差はあれどたいていは嬉しいものではないでしょうか。
宰相さんでいえば愛しい人の娘に父と呼ばれるのは家族として認めてもらえたと思えるでしょうし」
「なるほど」
「ですが聞き及ぶ限り宰相さんの性格であれば、ミコトさんに無理はしてほしくないでしょうね」
「なるほど」
たしかにあののほほんとしている宰相さんならそう言いそうだった。
別にわたしはお父さんと呼ぶことに抵抗はない。役職名が変わったようなものだろう。
問題はいつ呼び方を変えるかなのでは?
おかあさんと宰相さんが同居したら? それとも結婚したら?
結婚……。おかあさんが結婚……。
『こうしちゃいられねえ!』
「ミコトさん、いきなり異界語で叫ぶのはやめましょう」
イスをふっ飛ばして立ち上がったわたしを丸メガネは手で制した。しかしわたしはそんなことでは止まらない。止まるわけにはいかない。
「おかあさんのウェディングドレスの材料を狩ってきます!」
「落ち着きましょう、ミコトさん。お気持ちはわかりましたから、まずはギルドの依頼表を見に行きましょう。材料に適した討伐依頼や採集依頼があるかもしれませんし、他の依頼も生息地域が被っているかもしれません」
丸メガネの言うとおり、どうせ遠出するなら依頼で行ったほうがお得かもしれない。
「それじゃギルドに行きましょう。今すぐ行きましょう」
「だから落ち着いてくださいってば」
待っててね、おかあさん。最上級の素材を狩ってくるからね!
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