第14話

 エイゾル教の神殿はエリちゃん曰く国民の血税を搾り取った結果なので、それはもうきれいな見た目をしていた。

 門にいた武装修道士には丁重にお願いして中に入れてもらった。わらわらと仲間を呼んで数が多くなったのでちょっとだけ相手するのがうざたかったけれど。

 神殿の中に進むとおまえらゴキブリか? と言いたくなるくらい武装司祭やら司教やらが出てきた。大司教も混じってたのかもしれない。

 槍やら剣やらを持って襲ってきたけれど、わたしとエリちゃんの敵ではない。ばったばったとのしていった。

 接近戦では不利だと悟った教徒たちに遠距離から魔術を使われたけれど、打ち返して神殿を破壊してやれば以降は使ってこなくなった。見るからに高そうな絵とか壺とかを燃やしてやりたかったのに。残念。


「ここを接収したあとは王家の財として管理して彼らが浪費した分を売り飛ばして補填したいので、破壊活動は控えめにしていただけていただけると助かります」

「おっけー」


 エリちゃんはちゃんとあとのことも考えててすごいなあ。

 あらかたの武装教徒たちを床とお友達にしてやって教皇がいる部屋に入ると王国騎士団長のオスカー・フンパーディンクがいた。

 神殿なのになんで王国騎士団長がいるのかといえば、教皇の要請で貸し出されていたのだった。お酒が入ると俺、王国騎士団員なのに……、とよく愚痴っていた。メルーベで一番強いからしかたないね。


「こんにちは、オスカーおじさん」

「お久しぶりです、フンパーディンク騎士団長」

「二人ともはやかったね、いらっしゃい」

「ふふふ。遅すぎたくらいですわ。もっと前にこうしていれば、と後悔しているところですの」

「それはそれは」

「おじさんはどうするの? 教皇そいつを守るっていうなら止めないけど、大ケガしてもわたしは知らないよ?」

「ああ、大丈夫大丈夫。ほら、おじさん昔にケガしちゃったのが今すごーく痛くて動けないから。あ~、イタター。いやー、本当に痛いなー。すごく痛いなー。このケガさえなければ侵入者を撃退できたんだけどなー」


 オスカーおじさんは腰を押さえながら壁際まで歩いて行って寄りかかった。

 たしか教皇うえからの指示で翼竜ワイバーンを倒しに行ったときにケガをして、満足な治療を受けさせてもらえなかったと、やっぱりお酒を呑みながら愚痴ってた場所だ。

 おじさんという壁がいなくなった教皇は赤黒い顔で喚き散らし始めた。うるっさいな。


「フンパーディンク! 何を言っている! 何の為におぬしのような役立たずを今まで神殿に置いてやったと思っているのだ、恩知らずめが! さっさと働け! 神の敵を殺せ!」


 うーん、このブヨブヨ肥満スライム教皇は今の言い方でおじさんがやる気を出すと思っているのか。頭が、というより人の心がわからないのかもしれない。なんでこんなのが人間の上司やってるんだ? もしかして実は魔物だったりするんだろうか。

 それも今日までだから別にいっか!


「エリちゃん、どうする? わたしは別に恨みとかないから骨の一本でも折らせてもらえればそれでいいけど」

「ありがとうございます。わたくしは長年に渡り王家かぞくへの誹謗中傷などをしてくださった方ですので、裁判にかけたのち、火炙りにしたい気持ちでいっぱいですわ」

「わあ、エリちゃんてば過激~。いいね、やろう。盛大に」

「ええ。盛大に」


 穏やかに相談を終えたわたしたちに教皇はなにかを怒鳴っていた。


「この悪魔共めがァ! 神の御威光の前にひれ伏せェ!」


 教皇が掲げた腕にはめられていた魔道具が光った。腐っても教皇なので魔力だけはあるんだ。

 急に部屋の空気が重くなり、わたしとエリちゃんはそれに耐え切れず床に倒れ込んだ。おお、ここの絨毯ふかふかだ。

 それに気を良くした教皇が気持ち悪い笑みを浮かべて近付いてきた。わー、毒沼蛙のほうがマシー。


「フハハハハ! この腕輪にこめられた神の御加護に敵う者などおらんわ! 悪魔たる貴様らには効果覿面てきめんであろう!」


 上機嫌に高笑いする教皇にわたしもエリちゃんも顔をしかめた。


「いかにS級冒険者と悪魔の化身であろうと、神の御力の前には無力なのだ!」

「ぐえ」


 腹を蹴られた。

 こいつ無抵抗の人間をいたぶる趣味があるのか。まあぜんぜん痛くないんだけど。もっと体を鍛えたほうがいい。全身のぜい肉が動きの邪魔して転びそうになってるじゃねーか。

 次は髪の毛を掴まれて頭を持ち上げられた。やめろよ。お前よりはるかに豊かだけれども、抜けたら痛いんだぞ。毛の抜ける痛みを心配する必要のない頭皮の持ち主にはわかんないだろうけど。


「んん~? さっきまでの威勢はどうしたあ? 手も足も出んだろう。はっはっはっはっは、たかが冒険者ごときが私に盾突くなぞ烏滸がましいわ!」


 そのまま顔を床に叩き付けられた。鼻血が出たらどうしてくれる。


「おやめなさい。身動きのできない婦女子に手を上げるなど恥を知りなさい。この下衆が」

「おや、エリーザベト王女。今の言葉は私に仰ったのですかな? 口には気を付けていただいたいですなあ。貴女の命は私が握っているのですよ?」

「……何か望みがあるのですか?」

「悪魔憑きであらせられる割には理解が早いですなあ、王女殿下」


 たぶん、エリちゃんはめちゃくちゃ嫌そうな顔をしていると思う。

 ハゲでデブで臭くて性格がクソな老害に顔近付けられたら誰だってそうなる。わたしだってそうなる。


「実はですねえ、一度くらいは王女あなたに触れたいと思っていたのですよ」

「……………」

「悪魔憑きの貴女を浄化してさしあげようと言うのです、感謝して欲しいくらいですなあ」


 自分の孫より若い女の子に欲情する老害ってふつーに気持ち悪いな。うん、きっっっっも。速やかに地獄へ落ちて欲しい。


「きっっっっっもち悪いな」


 舌なめずりする老害の頭をおじさんがぶっ叩いて気絶させた。おじさんは味方じゃないのに背中を向けるとか愚かの極み。

 腕輪の光が消え、部屋の空気が軽くなった。


「ありがとう、おじさん」

「助かりましたわ、騎士団長」

「いやあ、二人なら自力で脱出できるだろうし、何か狙いがあったんだろうが、スマン。生理的に無理だった。我慢できん。娘に手ェ出されそうになって平気な父親はいねーわ」

「あら、わたくし達を娘と思ってくださっていたんですの? 有難いことですわ」

「本当にありがとね、おじさん。でもそのうちお父さんができる予定だから娘は辞退させてね」

「えっ!! カミラさん、結婚すんの?! うわ、おめでとう……! 幸せになってくれ……!」


 ご祝儀弾ませてくれ、と男泣きするオスカーおじさんの肩を叩きながらわたしはお礼を言った。


***


 エイゾル教はテキパキと解体された。王国騎士のみなさんがウッキウキでやっていた。やっぱり日ごろのうっぷんが溜まっていたようだ。

 罪人以外の武装教徒は冒険者ギルド預かりとなり、しばらく無報酬で依頼消化に駆り出される。でも最低限の衣食住は保証されるし、実力に見合わない依頼を押し付けられないので、わりと良い待遇ではないだろうか。

 エイゾル教の権力を笠に着て罪を犯してきた教徒は裁判にかけられている。裁判待ちが列をなしているそうな。

 わたしも神殿に散々不条理な目にあわされたのだから、とエリちゃんに裁判に誘われたけれど、おかあさんに早く会いたかったで断った。火炙りにでもなんでもしてくれ。

 おかあさんの知り合いを自称していた神父になぜか助けを求められたけどもちろん断った。なぜわたしがおかあさんに無礼な態度を取った人間をいちいち助けてやらなきゃならないのか。自分でしてきたことの責任くらい自分で取れ。

 ギルド職員が増えて少しだけ元気の回復したバルおじさんに見送られて帰途につく。ニュシェム国への道すがら、おいしい食材を狩って回ってマジックバックにつめた。

 良いお土産ができてよかったよかった。


「ただいま、おかあさん!」

「おかえりなさい、ミィちゃん」


 手紙を前もって出しておいたので、家に帰り着けばおかあさんが出迎えてくれた、のはいいけどなんで丸メガネまでいるんだ。


「おかえりなさい、ミコトさん」

「はあ、只今帰りました」

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