3.恋心


 十一日。土曜日。朝。


 身体の異様なまでの気だるさで、俺は目を覚ました。


 まず最初に寝ぼけ眼に映ったのは、白く凝った模様が彫られたリビングの天井だった。え、なんでリビング?普通は自室の天井が目に入るはずではないのか。

 視線を少し下へずらし、自分が今までリビングのソファの上で眠っていたことに初めて気がつく。かすんだ視界をどうにかしようと目をこすると同時に、欠伸が出た。まだ眠気が残っているのに加えて、首が痛い。そりゃあ、ソファで一晩眠ったのだから、身体に痛みが生じて当然だろう。


 リビングはエアコンの電源が切られていて、ひどく暑い。二度寝する気にもなれず、俺は身を起こして対面式のソファの間に置かれたテーブルへ手を伸ばす。一度、間違えてスマートフォンを手に取った後でリモコンを引っ掴み、エアコンへ向けて操作すると涼しい風が出てくるようになった。

 二度目の欠伸をしながら、壁にかけられた時計に目をやると、針は六時半過ぎを示していた。今日は土曜日で仕事もないというのに、やけに早く目覚めてしまった。いや、このまま寝ていたら熱中症になっていたかもしれないから、起きて正解だったのだろう。


 それにしても、自分は何故、自室ではなくリビングで眠っていたのか。それも、帰って来てから着替えもせずに。

 記憶に探りを入れてみる。昨日は、得田の提案で経理課のメンバーで居酒屋へ飲みに行くことになって、仕事終わりに課長の行きつけの店へ行った。で、晩飯を食べながらいつものように得田のどうでもいい話に付き合ったり、課長や天満さんと世間話をしたりした、はずだ。


 それで、どうしたんだっけ。俺はどうやって家まで帰ってきたのか。


 思い出そうとするが、その辺りの記憶が全くと言っていいほど、ない。

 とりあえず、今ぱっと思い出せるのは、宇佐見さんが中学・高校と吹奏楽部に入っていたらしいこと。彼女に「かっこよかった」と言ってもらえたこと。宇佐見さんと久し振りに目が合ってびっくりしていたら、何故かじっと見つめられて柄にもなくドキドキしてしまったこと。

 っていや、見事に宇佐見さんのことばっかりだな。そうじゃなくって、と俺は寝起きの頭を横に振る。

 呼び起こしたいのは、居酒屋を出てから家に帰ってくるまでの記憶だ。確か、宇佐見さんと目が合ったのが、七時四十分くらいだったはずだ。見つめられたことに動揺して、視線をさまよわせていた時に腕時計を見たから覚えている。


 が、そこからの記憶がとても曖昧だ。

 なんだか急に眠くなってきて。気がついたらテーブルに突っ伏した状態になっていて、起こしてくれた天満さんが時刻を教えてくれた。それが確か八時半のこと。およそ一時間近く、俺は意識を失っていたことになる。そしてその後の記憶が、ほぼ全てと言っていいほど抜け落ちている。

 途切れ途切れに覚えているのは、何故か天満さんと一緒に知らない道を歩いていたこと。あと車、多分だけどタクシーに乗ったらしいこと。車内で居眠りしながら、宇佐見さんの声を聞いた記憶もぼんやりと残っていたが、これはきっと夢の中で見聞きしたものだろう。夢にまで見るほど、俺は宇佐見さんのことが好きなようだ。改めて自覚すると、呆れとも困惑ともとれないため息が出た。

 誰かに乱暴に毛布をかけられたらしい感触も覚えているが、これは現実の記憶だろう。現に、それらしいものがソファの下に落ちていた。狭いソファの上で寝返りを打っている内にずり落ちてしまったのだろう。俺自身はよく落ちなかったものだ。


 しかし、そもそも俺は居酒屋でどうしてあんなにも急に眠くなったのか。昨日は金曜日で、一週間の疲れもそれなりにあったが飲み会の途中で意識が飛ぶほどの疲労ではなかったはずだ。そんなに疲れていたなら、飲み会にも出ずにさっさと帰宅する。少し前までの俺なら、そうしていた。

 が、いくら疲れていても飲み会に参加したい理由が、昨晩はあった。


 『俺、酔った勢いで宇佐見さんに告白しちゃうかもしれませんけど――』

 昨日の朝、飲み会を提案した後に得田が言っていた台詞。

 

 は、一体どうなったのだろう。あいつ、まさか本当に宇佐見さんに告ったりしてないよな。


 嫌なことを考えてしまい思わず全身を硬直させる。だがそれも一瞬のことで、俺はすぐに身体の力を抜いた。無駄に緊張してしまった自分に苦笑を漏らす。

 宣言通り、得田が宇佐見さんに告白をしたとして、それが成功したとは限らない。というか、成功するとは思えなかった。好意を向けられた宇佐見さん本人が得田のことを苦手に感じているのが何よりの理由だ。いくら遠慮深くて必要以上に周りを気遣ってしまう宇佐見さんでも、苦手としている相手からの告白を受け入れ、ましてやそいつの彼女になるだなんていくらなんでもあり得ない。


 ……あり得ない、よな?

 まさか、告白してくれた相手を傷つけまいと義理で彼女になってあげる、なんてこと、しないよな?


 いや、宇佐見さんなら、あり得るのかもしれない。日々、彼女が出来ないと嘆いている得田を憐れに思って「私で良ければ……」と、仕方なさそうに彼女になることをOKする宇佐見さんの様子が目に浮かんで、俺は文字通り、頭を抱えた。

 駄目です、宇佐見さん。彼女や恋人というものはそんな、可哀想だからとりあえずなってあげる……なんていう、義理でなるものではありません。否、そんな甘い考えでなっては絶対にいけないものです。俺も、せっかく相手が自分を好きになってくれたのだから、という理由から女性と交際を始めたことがありましたが、色々と悲惨な目に遭いました。しかも相手が得田だなんて、考えただけでバッドエンドを迎える予感しかしませんよ。危険すぎます。


 「……アンタ、何やってんの?」

 リビングの入口の方から突如として声が聞こえ、俺は弾かれたように顔を上げた。反射的に向けた視線の先に、姉貴が立っていた。彼女は憐みの込められた目で俺を見ていた。こういう視線を向けられることにもはや何の感情も抱かなくなっている自分が悲しい。


 「もしかして二日酔い? どうでもいいけど、その辺で吐いたりしないでよね。迷惑だから」

 「ちげぇよ。第一、俺が酒飲まないの姉貴だって知ってるだろ」

 「でも昨日の夜、珍しく酔っぱらって帰って来たそうじゃないの。お母さんと伯父さんから聞いてるわよ」

 話しながら、姉貴はキッチンの奥にある冷蔵庫へ歩み寄り、中から牛乳パックを取り出した。そういえば、今日は土曜日なのに姉貴は出勤する時の恰好をしている。それについてたずねると、「急に余計な仕事が入って、休めなくなったのよ」と忌々しそうに答えた。「いいわね、アンタは暇で」という嫌味までついでに言われた。俺に当たるのはやめて欲しい。慣れてるけど。


 「酔って帰って来たっていうけど、俺は昨日の夜に酒は飲まなかったぞ。飲んだのはウーロン茶で」

 「言い訳するなんて、男らしくないわね。酔って寝ちゃって、飲み会に参加してた人のお母さんに車で送ってもらったってこと、私はちゃんと聞いてるんだから」

 「え、俺が乗って来たのってタクシーじゃなかったのか? なんで余所よそのお母さんまで出てくるんだ?」


 「そんなこと知らないわよ! 後でお母さんに聞けばいいじゃない。とにかく私は忙しいの。愚弟との無駄話に付き合っている暇はないのよ」

 ガンッと、ガラス製のコップを叩きつけるように調理台に置き、姉貴は牛乳を注ぎ始める。牛乳パックには〝低脂肪〟の文字が書かれている。低脂肪乳って味が薄いから、俺はあまり好きではない。

 「あれ、伯父さんは? 伯父さんも休日出勤?」

 「釣りよ、須藤さんと。少し前にもう家を出て行ったわ」

 ごくごくとコップの中身を飲み干してから、姉貴が答える。

 うちの会社の社長は、休日だというのに朝がお早いことで。きっと今日の夕飯時には魚料理が食卓に並ぶのだろう。


 三度目の欠伸をしながら俺は立ち上がる。テーブルの上に置かれていたスマホと、ソファの脇に放置されていたカバンを持ち、リビングを出て行こうとする。


 「そうだ、姉貴」

 去り際に、俺は姉貴へ声をかけた。

 「何」

 「休日出勤、ご苦労さん。俺はこれから部屋に戻って、姉貴の分まで二度寝を満喫しようと思う。どうだ、うらやましいだろう」


 「うらやましくなんか、ないわよっ! 腹立つわね。アンタなんか、もう一生目を覚まさなきゃいいわっ」

 背後に、明らかに苛立った声を聞きながら俺は足早に階段を上った。

 こんくらいの仕返しなら、たまにはしても許されるだろう。


 自室に入り、片隅に置いてある扇風機のスイッチを入れてから、重だるい体をベッドに横たえる。まだ首が痛いが、あのままソファの上で眠り続けるよりはましだ。

 昨日のことで、気になる点はいくつもある。

 だが、何かしら知っているらしいおふくろはまだ寝ているようだし、伯父さんも既に外出してしまったらしい。俺が酔って帰って来たというのが事実かどうか究明するのは、もう少し眠ってからでも遅くはないだろう。

 せめて服くらいは着替えた方がいいのだろうが、今はそんな気力もない。眠い、面倒くさい。

 「一時間くらい寝るか……」

 四度目の欠伸をし、呟く。

 直後、俺は本日二回目の眠りについた。




 次に目を覚ますきっかけとなったのは、スマホのバイブ音だった。

 重いまぶたを開き、枕の傍らにあるスマホに手を伸ばす。ディスプレイに表示された時計が九時過ぎを示していた。

 「……あー、寝過ぎたぁ……」

 二時間以上も眠ってしまっていたらしい。一時間程度で済ませるつもりだったのに、上手くいかないものだ。

 アラームをセットしておくべきだったなと後悔しながら、スマホを操作する。

 どうやら、メールが届いたことを知らせるバイブだったようだ。登録している、書店サイトからのお知らせメールか何かだろう。


 「……。は……?」

 メールの送り主の欄を見て、寝転がったまま固まる。一瞬、頭の中が真っ白になった。


 そこに、『宇佐見菜穂』という人名が記載されていたからだ。


 「なっ、なんで宇佐見さんが……?」

 というか彼女は何故、俺のメールアドレスを知っているんだ。なんだこれは、夢か?昨日の晩にも宇佐見さんの夢を見たようだが、また俺は同じような内容の夢を見ているのだろうか。

 夢の中だとしたら、何が起こっても納得出来る。

 例えこのメールの内容が宇佐見さんから俺への愛の告白だったとしても、驚かない。俺個人がちょっと嬉しい思いをするだけだ。そして目覚めて、全て幻だったことに気がつき、嘆息するだけだ。


 よし、心の準備は整った。

 俺は身を起こし、震える指でスマホの画面に触れた。

 

 『おはようございます。宇佐見です。

 勝手にメールしてしまって、すみません。昨日の夜、得田さんから秋崎さんの

 アドレスを教えてもらって、どうしても様子が気になったのでメールしました。

  

 体調の方は、大丈夫ですか?』


 メールにはこんな感じの内容が書かれていた。こんな短い文章からでさえ、宇佐見さんの気遣いが伝わってくる。


 が、内容が何一つ、さっぱり理解出来ない。

 得田が俺のアドレスを教えた? 宇佐見さんに? 一体、何のために??

 先ほど姉貴の言っていたことと、俺の体調を心配する宇佐見さんのメールの文面から、なんとなく予想のつく点もあるが……。どれも嫌な予想でしかないけども。


 『秋崎です。おはようございます。

 体調の方は、問題ありません。心配してくれてありがとうございます。


 ……ですが俺、肝心の昨晩のことは何も覚えていなくて……。何があったのでしょうか? よければ、詳しく教えてもらえませんか。』


 返信し終えると、口から勝手にため息が零れた。どういう感情から湧いて出たものなのか、自分でもよく分からない。

 とりあえず、宇佐見さんからの返事を待つことにしよう。

 だがしかし、さすがに腹が減ったな。よくよく考えてみれば、昨晩の七時四十分前後から俺は何も食べていないのだ。あまりにも腹が空き過ぎてて、自分が空腹であることに気づくのが遅れたくらいに。


 何も進展がないまま、五分が経過した。

 暑さに耐えかねて部屋の窓を開け、外がほとんど無風なことにがっかりする。天気は薄曇りだ。陽の光が弱いだけ、ましな暑さということか。

 下の階へクーラーにあたりに行きがてら、何か食べものを持って来ようかとベッドから腰を上げかけた時、再びスマホが振動した。すぐに手に取り画面を見ると、宇佐見さんからの返信だった。


 『何処から説明すればいいのか……。』

 そんな前置きの後には、長文が添えられている。時々、宇佐見さん自身の心情みたいなものが混じった文章に、俺はざっと目を通す。

 そして、昨晩の出来事をおおよそ理解して、深々と嘆息する。

 なんだかおかしな味だと思ったが、あれはウーロン茶ではなく、ウーロンハイだったのか。おかしいとは感じていたのに、さして疑問にも思わずほとんど飲み干してしまった自分が情けない。さらには酔って寝てしまい、宇佐見さんのお母さんに車で送ってもらうというとんでもなく迷惑なことをさせてしまっていて、当の俺はそのことも覚えていないとは。情けないにもほどがある。


 昨晩の状況説明を丁寧にしてくれた宇佐見さんへ、感謝と謝罪の言葉を一緒にして返すと、今度は三分と経たずに次のような文が戻ってくる。


 『いえ。飲みものを配るお手伝いをしたのは私ですし。

 それに、私が紛らわしいものを頼んでしまったのも原因の一つだと思います。

 ごめんなさい。』


 どうして宇佐見さんが謝るんですか。あれは単なる事故であって、加害者などこの場合には存在しませんよ。と、心の中で思った言葉をそのまま文章にしてスマホに打ち込み送信する。

 というか、一番最後に飲みものを決めたのは俺だ。俺が何か別のものを頼んでいれば、宇佐見さんにも彼女のお母さんにも迷惑をかけずに済んだのに。

 ……過ぎたことであれこれ悩んでもしょうがない。

 とは思うものの、何度も後悔をしてしまうのが人の常だ。幾度となく失敗や後悔を繰り返し、そうして文明は発達していくのだろう。


 『あの……。ところで、私はこれからどうするべきなのでしょうか。』

 人間が築きあげてきた文明へ思いを馳せていると、そんな短い文章が送られてきた。メールなのに躊躇いがちな所が、宇佐見さんらしい。

 が、またもや内容が難解である。『どういうことですか?』とたずねると、すぐに返事が来た。


 『秋崎さんのアドレスは、私のスマホから消去した方がいいですよね。他人から勝手に教わってしまったものですし……。』


 なんだ、そんなことか。それなら問題ないですよ、と文字を打ちかけて、重大なことに気づく。


 アドレスが他人へ知れたのは、俺だけではない。宇佐見さんもだ。

 俺は好きな女性のメールアドレスを、図らずも手に入れてしまったのだ。


 この事実に今さら気がついた自分は、やっぱり情けない奴だと思う。


 さて、俺はどんな言葉を宇佐見さんへ返すべきなのだろうか。せっかく、想いを寄せている相手のアドレスを入手出来たというのに、喜ぶどころかこうも頭を悩ませる羽目になろうとは。

 やっぱり、消してしまうなんてことは、勿体ないよな。

 だけど、本人はさっさと消去して欲しいと思っているかもしれない。全く知らない相手でないとはいえ、そこまで親しくもない男に自分のスマホのアドレスを知られているのは、あまりいい気がしないだろう。宇佐見さんのためを思うなら、今すぐにでもこのやり取りを消去してアドレスの文字列を忘れ去るべきだ。


 いや、でも、やっぱり惜しいよな……。本音を言えば、このままちゃっかり電話帳へ登録してしまいたい。


 すべき対応と己の欲との間ですさまじい葛藤が湧き起こる。こんなに頭を抱えたのは、年末年始の調整業務に追われていた時以来かもしれない。


 十分近くもの間、悩みぬいた末、俺は――


 『それより、宇佐見さんの方は大丈夫ですか。アドレスを得田と俺に知られることになりましたが……。

 もし不快なら、このやり取りは消去してアドレスを見なかったことにします。


 ちなみに、俺のアドレスは消しても消さなくてもどちらでも構いませんよ。』


 無難な対応を取った、つもりだ。

 質問に対し、質問で返してしまったようで釈然としないが、きっとこうするのが一番いいだろうと考えた。

 宇佐見さんのことだから、また色々と考え過ぎて返事が来るのに時間がかかりそうだ。そう思い、やっぱり階下へ行って何か食べものを……と立ち上がったが、意外にも間を置かずに返信があった。


 『私の方は、大丈夫です。

 得田さんと、秋崎さんのことを信じていますから。


 秋崎さんが良ければ、アドレスは保存しておきたいと思うのですが、それでもいいですか? 何かの役に立つかもしれないので。』


 「何かの役に立つ……のか?」

 なんだか、物を捨てられない人の考え方のようだ。俺は思わず苦笑する。


 でも、宇佐見さんのアドレスは既に、俺にとって充分に役立っている。


 その理由は、今、久し振りにものすごく嬉しいことが起きて、鼓動が高鳴っているからだ。


 『分かりました。役に立つかは分かりませんが、俺のも得田のも残しておいてやって下さい。


 じゃあ、俺の方でも宇佐見さんのアドレスは保存しておきますね。』


 返信を終え、背後のベッドへ倒れ込む。手から離れたスマホがシーツの上で大きく跳ねるのが視界の隅に映った。

 心変わりをして、やっぱり消去して下さいと言われる可能性もまだ残っていたが、そんなことを心配するよりも、今はただ純粋に喜びたかった。他人がいないのをいいことに、思い切りにやける。この瞬間を姉貴に目撃されて「気持ち悪っ」と顔をしかめられたとしても、今は笑って許せる気がする。

 浮かれ過ぎて、ついどうでもいい話をメールで送ってしまいそうだ。それくらい気持ちが高ぶっている。


 恋をすると、相手の起こすどんな些細な反応にも一喜一憂してしまう。


 知ってはいたけれど、この感覚を味わうのはいつ振りだろう。長らく忘れていたようで、懐かしささえ感じる。いちいち一喜一憂することには、なかなかにエネルギーを使うし疲労も伴うが、その分、幸福感も得られる。今、俺の脳内ではドーパミンが多量に分泌されていることだろう。


 『分かりました。では、そういうことで。


 じゃあ、また月曜日に(#^^#)』


 宇佐見さんから最後に送られてきたメールを見て、自分でもちょっと引くくらいににやけてしまった。

 ラストの一文がたまらない。なんか急に親密度が増した気がする。まだ告白すらしてもいないしするかどうかも分からないのに、既に恋人同士になったような錯覚を覚える。

 急激に上昇した顔の熱と、高鳴った鼓動が収まらない。

 けど、文章にはそれを微塵も表すことなく、『はい。また。』とごくごく短い言葉を返す。


 これはもう、月曜日が楽しみだ。

 いや、宇佐見さんに会えるということを踏まえれば、これからは出勤日は毎回、楽しみになるのだろう。


 こんな気持ちにさせてくれた宇佐見さんへ、今すぐ心からの感謝を伝えたい。

 昨日の朝、飲み会を提案してくれた得田にすら、礼を言ってやりたくなる。


 迷惑をかけてしまった宇佐見さんには、月曜日に何かお詫びの品を渡そう。


 何がいいだろうかと浮かれ気分のまま思考を巡らせつつ、俺は朝飯を食いに階段を下りるのだった。

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