第2話 勇者、始めます。

斉藤さいとう悠真ゆうまさん。残念ながら、あなたは死にました」


そう言われて、落胆ではなく納得している自分がいた。

トラックに轢かれて、直感的に死んだと思った。


やはりそれは間違いではなかったらしい。


「ずいぶんと落ち着いていらっしゃいますね? もっと慌てるものかと思いましたが」


「まあ死んだと思ってたからね。それより、ここはどこで君は誰? どうして死んだのに俺はここにいる? ……あ、ここ天国?」


「そんなにいっぺんに聞かないでくださいよ」


そんなこと言われたって状況が何一つ分からないのだ。

そりゃ聞きたくもなる。


「まず、私は天使・リースフィアです。お気軽にリースとお呼びください」


「天使……?」


「ええ、天使です。私は天使として世界を救うためにあなたをここ、神域しんいきに呼びました」


「神の領域ってことか……? まさか、勇者になって異世界を救えとか言うんじゃないだろうな」


「おお、さすが現代日本の若者。理解が早くて助かります」


当たったよ、異世界転移……いや、死んだんだから転生か? まさか本当に実在するとは……。


「今、異世界『ガミライア』が魔王によって滅びかけています。人の住む世界は魔物の瘴気に浸食され、あとわずかしかありません。そこすら失えば人類は滅ぶでしょう」


「……本当に、テンプレ通りだな。まあ、困っている人がいて、俺が助けられるなら行くけど……」


「いいのですか? 救ったら元の世界に戻す、なんてことはできませんよ? 精々その世界でちやほやされて終わりです」


……戻れないのか。正直それを期待していたのに。


日本には朱里が残っている。

きっとあいつのことだ、自分をかばって俺が死んだことをずっと気にするだろう。


だから、日本に戻れるなら異世界転生でも世界の救済でもなんでもやろうと思ったのに。


「……いいよ、それでも。俺をその世界に飛ばしてくれ」


それでも、見捨てるなんてことはできない。

それにもしかしたら、異世界で魔法を研究すれば日本に帰る方法が見つかるかもしれない。


世界を救って朱里も救う。どっちも諦めるつもりはない。


「さすが悠真さん、あなたならそう言ってくれると信じていました。ただご安心ください。ガミライアには私も向かいます。一緒に世界を救いましょう! それと、これをお受け取り下さい」


そう言って差し出した彼女の手には、いつの間にか二本の剣が握られていた。


海のように深い青色の剣と、炎のように輝く赤色の剣。

その美しさはこの世のものとは思えない。


「水の聖剣エイスと、火の聖剣ヴァロック。勇者にだけ使える伝説の剣です」


「剣術なんて……」


「異世界でのあなたの体は、今までのものとは違います。筋力、体力、魔力、その全てが平均を大きく上回っているので、振り回してるだけでも勝てますよ」


転生者用のチートはちゃんと用意されているらしい。

ここまで来ると怪しさも無視できないが、俺にはどうせ選択肢なんて無いだろう。


だけど、どうしても一個だけ聞いておきたいことがあった。


「どうして俺が勇者なんだ?」


偶然選ばれたのか、なにか理由があって選ばれたのか。

どちらでもいいけど、俺が勇者として選ばれた理由だけは先に知っておきたかった。


俺の質問に彼女は答えない。

数秒、神の領域に沈黙が降りる。


やがて彼女はその美しい唇を笑みの形に変え、俺の問いに答える。


「いずれ、分かりますよ」


穏やかなその声音は、けれどどこか悲しそうに聞こえた。



*****************



『グルルル……』


物騒なうなり声を出しながら、俺に牙を見せる狼のような生き物5体。


それが異世界『ガミライア』で初めて見た魔物だった。


形としては犬や狼に近いが、大きさは1mは絶対に超えている。

そして普通の動物と比べて明らかにおかしいのは、禍々しいオーラが出ていることだ。



「ようやく起きましたね、悠真さん! ちょっと転生場所ミスったので、とりあえずあいつらと戦ってください!」


「はあ!?」


なんとなく察する命の危機。

頭の整理を待ってくれる状況ではなく、否が応でも戦わなければいけないらしい。

さすがにもうちょっと体を試す時間が欲しかった!


所持品を確認すると、さっき受け取った聖剣2本は腰に備えられていた。

それ以外は特に無い。


異世界っぽい衣服に何かの機能がある可能性も捨て切れないが、残念なことにそれを確かめる時間はなさそうだ。


命の危機に、俺の思考回路は一瞬で次の行動を導き出す。

聖剣と俺のチートに賭けて、突っ込め!


「それじゃ悠真さん、ぱぱっとやっちゃいましょう!!」


後ろで空に浮きながら、呑気に俺を応援するリース。

そのせいで、ちょっとだけ気合が抜けてしまう。


だけどガッチガチに緊張しながら初戦闘よりはまだマシだろう。

そう納得しながら、俺は俺なりのフォームで2本の聖剣を構えて魔物に対峙する。


深呼吸を一つ挟み、俺は魔物へ駆けていく。


――俺にとって、人生初の命のやり取りが今始まる。

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勇者と魔王の二重生活 リュート @ryuto000

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