にぶい幼馴染

結城暁

【短編】にぶい幼馴染

 両親が死んでから十年。

 家族ぐるみで仲の良かったお隣りさんの家にお世話になってからも十年。

 私は十五才になった。

 隣のおじさんとおばさんには成績は悪くないのだから上の魔術学校に行っても構わない、と言ってもらえたけれど、心配ご無用! おじさんとおばさんに金銭的な負担はかけませんとも!

 上級魔術学校にはおじさんとおばさんの息子、私の幼馴染のナタナエルが行くので、私まで行って迷惑はかけらない。

 幸い、私は魔力量が多いほうだし、この街には素人にやさしいダンジョンが近くに点在しているので、私なんかでも生活していけるはずだ。


 ――という私の未来設計を話したらおじさん、おばさん、幼馴染に力強く止められた。あれえ?

 いやいやいや、危ないって、冒険者になるなら大なり小なり危ないのは覚悟の上だし、後衛希望でパーティーに入れてもらうつもりだから、前衛よりケガする可能性は低いと思う。

 すぐにはムリだろうけれど、冒険者業に慣れれば独り暮らしできるようになっておじさん達の負担がもっと減る! と力説したらさらに大反対された。あるえ?

 そんなに冒険者がやりたいならナタナエルが卒業するまで三年待ちなさい、家を出て行きたくなるくらいの不満があるなら言ってくれ、と泣きつかれた。

 不満なんかぜんぜんない、負担になりたくないだけ、恩返しがしたいだけ、と言い募った私の言葉はおじさん達にどれくらい届いたんだろう。


「ねえ、どう思う」

「どうもこうも」


 広場に続くいつもの階段に座り込んで、隣のナタナエルを見上げる。ナタナエルも隣に座って、呆れを隠さず私を見た。

 ナタナエルはちょっぴり目元が鋭すぎるけれど、顔が良くて、頭が良くて、運動ができて、魔力も潤沢にあるとかおまえはどこの勇者だとつめよりたくなるくらいの完璧超人だ。

 ナタナエルを上級魔術学校に入れるのはわかる。超出世頭だもん。将来が約束されている。

 けれど私は別にこれ以上学校に行かせてもらったところで大した成績は残せない。だから冒険者になって元手ゼロの肉体労働をしようと思ったのに。こんなに反対されるとは思わなかった。

 おじさん達はやさしいからいい厄介払いができた、なんてぜったいに言わないけれど、確実に生活費は浮くのになあ。


「そんなにうちを出ていきたいの?」

「そりゃあ……」


 いつまでもお世話になってる訳にもいかない。だって、私はたまたま家が隣だっただけの他人なんだし。

 もごもごと言葉を濁す私をナタナエルはじっと見る。


「おじさんもおばさんも本当によくしてくれるし、できるなら、出て行きたくないけど」

「ならいればいいよ」

「でも私、おじさん達の子どもじゃないもん」


 にっこり、とナタナエルは笑う。ここまで満面の笑みは珍しい。いつもはぴくりとも動かない表情筋だけれど、今日はずいぶん仕事熱心だ。

「大丈夫。父さんも母さんもロシオのことを実の娘だと思ってるよ」

「……うん」


 うぬぼれてもいいなら、実の娘か、それ以上に大事にしてもらっているという自覚はある。おじさん達のことが本当の両親と同じくらい大好きだ。

 でも、それだけに何も返せないのが心苦しい。

 ナタナエルと違って何をやってもダメな私。いつもナタナエルに私の尻拭いをさせて、それなのにおじさんもおばさんも私を邪険にすることなんて一度もなくて。

 やさしくされて嬉しいけれど、それと同じくらい苦しい。

 期待をされてもなにひとつ返せなくて不甲斐ない。

 隣に座る完璧超人さんはそーゆーのぜんぜんないんだろうけれど。いいなあ。


「冒険者がやりたいなら三年待ってて。俺が手伝うから」

「それはイヤ」


 私が冒険者になりたいのはおじさん達とナタナエルから自立したいからだ。なんの取柄もないから手っ取り早く冒険者になろうとしてるだけで、適性があったら錬金術とか、魔道具技師とかになってお金を稼いでいた。残念ながら適性がなかったし、専門学校に行くのに費用がかかるから諦めたけれど。

 ナタナエルはなぜかしゅんとうなだれていた。ときどきわけのわからないタイミングで落ち込んだり、不機嫌になるのが玉に瑕かもしれない。玉が立派すぎて霞む程度の瑕だけれど。


「ロシオは俺と一緒に冒険者をやるのは嫌なの……?」

「うん。イヤ」

「ぐぅ……」


 だってナタナエルは上級魔術学校に推薦で入れるくらい優秀なのに、冒険者をやるなんてもったいなさすぎる。

 このままいけば王都で就職できるだろうって先生方にも太鼓判を押されるくらいなんだから、おじさん達のためにもしっかりとした就職先に勤めてほしい。学校を卒業したあとの話だからまだ少し先の話だけれど。

 私は義務教育を受けさせてもらっただけで十分恵まれている。独り暮らしをするために家事に炊事に掃除、洗濯、ゴミ出しの決まりやこまごまとした税金の手続きだってがんばって覚えた。いつ出てくの、今でしょ!

 けれどおじさん達に嫌な思いをさせたい訳じゃない。ううむ、どうしたものか。


「ロシオ」

「なに?」

「まずはルームシェアから始めよう」

「るーむしぇあ」

「いきなり独り暮らしじゃ父さんたちも心配するから、まず俺とくらしてみよう。俺もいつかは家を出るきでいたからちょうどいい。家賃を折半すればロシオの負担も軽いだろう?」

「うーん……」


 たしかにナタナエルの言うとおりだ。一人で暮らすのがダメなら二人で暮らせばいいのだ。


「でもナタナエルの行く学校は全寮制でしょ? 長期休みにしか帰らないのに家賃を折半してもらうのは悪いから、他の人を探してみる。友達ソニアも実家出るって言ってたし」

「大丈夫!! 学校は全寮制じゃなくて選択制なんだ! 家から通う生徒も大勢いるみたい!」

「え? でもララジャ学校って、この街からずいぶん遠いんでしょ? 王都のほうがまだ近いって聞いたけど」

「転送方陣があるから! 大丈夫!」

「ええ……」


 ナタナエルが言うなら大丈夫なんだろうけれど。あ、そっか。

 急に笑い始めた私をナタナエルがお化けでも見るかのような目で見てくる。失礼な。


「エルは家族おじさんたちとまだ離れたくないんだ?」

「…………」


 うんうん。神童とか言われててもまだ十五才だもん。わかるわかるよ、その気持ち。おじさん達は本当に良い人達で、家を離れ辛くなる気持ち、めっちゃわかる~。でも独り立ちはしたい、その折衝案なわけだ!


「……まあ、間違いじゃない、かな」


 うりうりと肘でつつくと素直に心情を吐露しゲロった。おお、珍しい。明日は雪かな?

 ふだんは神の手を持つ職人が心血注いで作り上げた彫刻のごとき顔の作りがゆえかほとんど変わらない表情にうっすら赤い色が付いている。眼福眼福。

 表情豊かになったなあ。前は表情筋が仕事を放棄しててもめ事が多かったけど、今じゃそんなこともないもんね。


「だから俺と一緒に住もう。それなら父さん達からも許しがでるから」


 熱心に言い募るナタナエルに私はうなずいた。同居ルームシェアかあ。楽しそう。同居人がナタナエルなのが申し訳ないけれど。迷惑かけないように気を付けないと。


***


 よかった、うなずいてくれた、とナタナエルは胸をなでおろした。

 ロシオは基本的にしっかりしているけれど、どこか抜けているから独り暮らしなんて危なくてさせられない。

 冒険者暮らしなんてもってのほかだ。

 ナタナエルは昔から人並み以上になんでもできた。けれど、人付き合いは苦手だった。 

 話しかけられても望まれた答えをうまく返す事ができない。心が鈍いのか、頭が鈍いのか、感情を言い表すのも、表情や身振り手振りで表現するのも得意ではない。

 無機質な人形のような造形をしているから、立っているだけで怖がられることも多かった。自分ではそんなつもりはないのだが、いつも怒っているように見えるらしい。

 父母はそれもナタナエルの個性だと受け入れてくれたけれど、周囲に馴染めない自分がひどく出来の悪い人間に思えた。会話を交わせば大抵の人間はナタナエルから離れて行く。悪態をつく人も、怒る人だっていた。

 両親以外で離れていかなかったのはロシオとロシオの両親だけだった。

 ロシオは口下手なナタナエルに怒るでもなく、呆れるでもなく、根気よく会話を重ねてくれた。うまく言葉の出ないナタナエルを不審がるでもなく、苛立つこともなく、ナタナエルの言葉を待ってくれた。


「えるのおめめ、きれいね」


 と言って笑ってくれた。

 そのときの笑顔をナタナエルはいつだってありありと思い出せる。

 ロシオの両親が事故で死んだ夜は同じベッドで眠った。その温もりだって思い出せる。こぼれる涙すら愛おしかった。

 そんな彼女がナタナエルの手の届かない場所に行こうとしていると知って、血の気が引いた。

 ロシオはいつまでだってナタナエルの隣にいてくれるのだとなんの根拠もなく信じ込んでいた。そんなことはないのだと思い知らされてナタナエルは打ちのめされた。兎にも角にもロシオと離れないためにはどうするべきか考えを巡らせた。

 どれだけ優秀だと持て囃された頭でも、ロシオの意思を変えさせる案は出てこない。ロシオは一度決めるとちょっとやそっとじゃ考えをかえない。頑固なのだ。

 実家を出て行くことはやはり止められなかったけれど、なんとか同棲に持ち込むことができた。よかった。

 容姿や成績等に惹かれて寄ってくる女はナタナエルの言葉に触れるとすぐに離れて行く。

 ナタナエルの性格を個性だと受け入れていても、盲目ではない両親は、ナタナエルの幸せな結婚生活、孫の顔をなかば諦めていたのだが、ナタナエルがロシオを好きだと知ったときは飛び上がって喜んだ。

 あんなに良い子が息子の嫁になるかもしれないなんて! と、それはもう大騒ぎだった。

 両親もロシオが大切なのだ。むしろロシオの相手がナタナエルで大丈夫なのかと心配するくらいには。

 たしかに自分は口下手で無愛想だけれど、ロシオを思う気持ちはだれにも負けない、とナタナエルは自負している。

 将来良い職に就いて、ロシオを養えるよう上級魔術学校に行くことも決めた。卒業して給金の良い職を得られれば胸を張ってロシオに思いを告げようと思っていたのに、危うく計画が泡と消えるところだった。

 一緒に冒険者をやるのは悲しくも嫌がられてしまったけれど、これまでと同じく、家に帰ればロシオが迎えてくれるのだから、会話下手な自分にしては十分な成果だろう、とナタナエルは細く笑んだ。

 常人には決して機嫌が良いとわからないナタナエルの笑みを見たロシオも嬉しそうに笑う。


「嬉しそうだね、エル。なにか良い事あったの?」

「うん、これからある」

「ああ、学校入学するもんね。おめでとう」


 違ったけれど、ロシオが祝ってくれるのだから、とナタナエルはうなずいておいた。


「エル?」

「父さんたちに報せに行こう。ロシオの独り暮らしを心配していたから、すごく喜んでくれるよ」

「うん」


 差し出された手を取って立ち上がり、そのまま家へと歩いていく。

 すぐ近くなのに繋ぐ必要はあるのかなあ、と首をひねったロシオだったが、ナタナエルが嬉しそうにしているのでまあいっか、と繋いだままにしておく。


「できるだけ早く部屋を探さないと。いい場所は取られちゃうから。楽しみだね」

「そうだね」


 早く部屋を探さないといけないのには同意するけれど、ナタナエルはなにがそんなに楽しみなのだろう。入学か、と一人で納得したロシオがもっと言葉を重ねて、会話を交わしておくべきだった、と後悔するのは三年後、上級魔術学校を見事首席で卒業したナタナエルにプロポーズされた、よく晴れた日のことであった。

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にぶい幼馴染 結城暁 @Satoru_Yuki

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