5年前 退役

 あの戦争が終わったのは今から3年前になる。

 だがを含む多くの断鬼乙女とってそれは、5年前という認識であることだろう。

 研究と分析が進められてきたTS計画の実行により、十代の少女以外でも環霊を倒す手段が確立されたのである。

 これにより、戦争は私たちの手から再び専門家軍人の元へと戻って行くことになったのだ。

 入れ替わりに、私たちは日常へと戻ることとなる。

 実際、私だけでなく、多くの断鬼乙女はそのタイミングで隊を抜けている。

 普通の女の子に戻る。

 その日が来たのだ。

 だがそれは同時に、一つの別れを意味することとなった。


「正気かい、君は。ここに残るっていうのかい?」

「悪いかよ。アタシはまだ降りる気はないぜ」

「やっぱり君は自殺志願者ということか」

「……テメェは残らないのか?」


 そう聞かれた時、私はなにかが抜け落ちてしまったことに気がついた。

 まずそもそも、残るという選択肢が存在していることさえ思い至らなかったのである。

 そしてあらためて目の前の茂斗アカネを見た。

 彼女は何食わぬ顔でこの戦場に残ると言った。

 

「君は、ここに残るということが、どういうことなのかわかっているのかい?」

「これまでと同じってことだろ。テメェの方こそ、このままここを放り出してハイおしまいでいいのかよ?」

「それは……」


 話すたびに言葉が出なくなる。

 私の中にいくつもの迷いが生じてくる。

 日常に戻るということは、私はここを見捨てていくということだ。

 なにより、残ると言っている茂斗アカネに対してどんな顔をすればいいのか。

 結局その場ではなにも答えられず、私は宙ぶらりんな気持ちのまま話を終えた。

 だが、私のその悩みは、思いがけず打ち切られることとなった。

 

 悩む私にもたらされたのは、父が倒れたとの連絡だった。

 幸い命に別状はなかったのだが、その事実は悩める私に強烈なショックを与えたのである。

 帰らなければ。家族のもとにいなければ。

 元々、家族を守るために断鬼乙女に志願したのである。

 家族が危機となっては、ここに残る理由が見いだせない。

 もちろん未だ戦争が続き、兵としての責任があるならそうも言ってはいられなかっただろう。

 しかしまさにこのタイミングで退役の話が上がっていたのである。

 突然の報せで動揺していたこともあり、私の感情は一気に退役へと傾いた。


 それからは出撃もなく、退役に向けての後片付けの時間が多くなっていった。

 訓練もこれまでのような実戦を想定したものから、後を引き継ぐ正規軍の兵隊に環霊との戦闘レクチャーや、断鬼ユニットシステムの運用のまとめなどが主となり、自分はここを去る者だという実感が強くなる。

 一方で、残ると決めた茂斗アカネとはめっきり顔を合わせることが少なくなっていた。

 これまでは後方担当の専門的講習のようなものの時以外のほとんどの時間を二人セットで過ごしてきたのだが、今はすっかり一人の時間ばかりである。

 一応夜には部屋で顔を合わせることもあるのだが、こちらは退役に向けての書類の整理などで忙しかったし、向こうも訓練の疲れなどもあってすぐに床に入ってしまい、ろくに話もしなかったのである。

 だが、退役まであと数日となったある日、突然茂斗アカネの方から話しかけてきた。


「よう、最近忙しそうじゃねーか」

「まあね。とはいえ、君ほどではないさ」

「いやー、こっちは誰かさんが抜けたおかげで気楽なもんさ」

「君は、本当に残るんだな。いったいどうしてなんだい?」

「さあね、いつもお前の言っているように、自殺でもしたいんじゃないか?」

「茶化さないでくれ。僕は、その理由が知りたいんだ」

「……真面目に答えても似たようなもんさ。アタシは多分、死に場所を探してるんだ。ずっとテメェに邪魔され続けていたがな」

「君というやつは……。そんな馬鹿なことを言っていないで、君も僕たちと一緒に来ればいいんだ。死ぬ理由なんてどこにもないだろ!」

「そんなのテメェが決めることじゃねえよ。それでもアタシを止めるっていうのなら、これまでみたいに必死についてくればいいだけのことだろ。まあ、後方支援担当アンカー・アンブレラじゃなくなったら、無関係なただの他人だがな」

「君は……!」


 その言葉に、私は彼女に掴みかかっていた。

 抵抗せず、茂斗アカネの体が引き寄せられる。

 至近距離で彼女をにらみつけると、その眼が私の視界に入ってきた。

 少し青みがかった瞳は、激情的な彼女の普段の言動とは正反対で、まるでなんの動きもない深海のように暗く、静かだった。

 思わず息を呑み、冷静になって彼女から手を離す。

 思えば彼女の目をしっかり見たことなどこれまで一度もなかったのだ。

 こいつは、こんな眼をしていたのか。


「とにかく、アタシは残る。残って戦い続ける」


 きっぱりとそう言い切られて、私は返す言葉が無くなってしまった。

 残る、と言いたかったんだろうか。

 来い、と言おうとしたのだろうか。

 わからないまま、結局、それが彼女との最後の会話となってしまった。


 退役当日、私たちは、5年近くを過ごした断鬼乙女用の宿舎を出る。

 総勢128名。最終的に運用されていた断鬼乙女は132名だったので4名がそのまま『軍隊』に残ることを選択したのである。

 その中の一人が茂斗アカネだった。

 屈強な軍人男性に混じって、茂斗アカネを含む四人も私たちを見送りに出てきていた。

 私が茂斗アカネに顔を向けると、彼女は不機嫌そうに目を逸らす。

 

 こうして、私の断鬼乙女としての生活は終わり、茂斗アカネという少女との日々もまた、終わりと告げたのである。

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