7年前 死線
それから私と茂斗アカネはペアとして活動していくことになったのだが、もちろん上手くいくはずもなかった。
隊内ではよりにもよってペアは常に一緒に行動することを求められるのだが、口喧嘩が絶えたことはない。
「クッソー、腹が重い。訓練がこれほどキツイとは思わなかったぜ……」
「だから言っただろう。そもそも君は昼食を食べすぎなんだ。僕はちゃんと注意したんだから、君の自業自得だよ。なのにこれで連帯責任になるんだからたまらないよ」
「ウルセー、あの程度の量で満足できるわけねーだろ。こっちは育ち盛りで、しかも訓練で体力も使うんだぞ! そんなお上品でいられっかよ!」
「君が上品じゃないのはとっくに知っているけど、それで実害が出ると困るのは僕の方なんだからね。せめて少しは頭か気のどちらかを使えるようになってもらいたいものだよ」
昼食のやり取り一つとってもこれであり、一事が万事こんな具合である。
だがそれでも、そんな私たちに対しておおっぴらに文句を言ってくる人はいなかった。
なにしろ、自分で言うのも恥ずかしいが、私たちは強かったのだ。
演習でもほとんど負け無し、同期の中ではぶっちぎりの速度で実戦に投入されることとなったし、その実戦でも戦果を上げ続けた。
とても癪な話ではあるのだが、茂斗アカネは断鬼乙女となった少女の中でもずば抜けて強かった。
同期ではまず彼女に並ぶものはいなかったし、自分たちより先任のベテランでも、まともに彼女とやり合うことができたのはごく少数だっただろう。
ただ、それはあくまで単純な戦闘能力についてのことであり、戦場で彼女を好き勝手にやらせては、ただの手の込んだ自殺行為でしか無い。
なにしろ茂斗アカネの強さの本質は、リスクを恐れず、自らの命をあっさりと賭けの天秤に乗せてしまうことにあるのだ。
躊躇がない、迷いがない。だから速いし、強い。
しかし言うまでもなく、それは薄氷の上の強さである。
そして、そのあまりにも脆い強さをコントロールするのが私の役割となったわけである。
つまり、茂斗アカネという最強の駒を活かすための制御装置、それが私に与えられた役割だった。
私に限らず
そのやり方は人それぞれだが、私は基本的には、とりあえず茂斗アカネを好き勝手やらせることにしていた。
どうせ私の言うことなど聞く耳持たないのだ。
それならいっそ勝手に突っ込ませてしまえばいい。
そしてこちらもそれに必死に付いていって、自分の命をも顧みない戦闘スタイルの彼女の分まで彼女の命のことを考えて戦うのである。
実に厄介事を押し付けられたものである。
もちろんいつまでもそんなことをやってはいられないので、あの手この手で何度も戦い方を改めるように苦言を呈してきた。
そしてその度に大喧嘩となってきたのである。
「あのさ、テメェにウロチョロされると本当に鬱陶しいんだよ、後ろで黙っていてくれねえか?」
「それができたら僕も随分楽だろうね。だけどいつも言っているけど、君に死なれたら困るんだよ。君を生かすのが僕の仕事なんだ。君があの自殺志願者みたいな戦い方を考え直してちゃんと連携をするようになったら、僕も少しは黙ることにするよ」
「ケッ、よく言うぜ。断言するが、テメェの説教癖はアタシがなにしようが変わらねーだろうよ」
「君の問題はそれだけじゃないからね。なんなら今から改善点をリストアップしてみせようか? 直す気があるのなら、だけど」
「テメェのいうことなんか聞けるかよ。どうせロクでもない揚げ足取りだろうがよ」
一事が万事こういう具合であった。
そんな中でも一番印象に残っているのは、私と彼女の最大の危機だった、迎撃作戦の時のことだ。
「どうやら、これはちょっと厳しいね……」
思わず、そんなつぶやきが漏れた。
敵の大規模侵攻の真っ只中、私たちの部隊は分断され、完全に孤立してしまったのである。
味方は次々に倒され、私と茂斗アカネも
感情が、精神が擦り切れていくのがわかる。
その中で私が考えていたのは、今私がすべきこと、私にできることだった。
『
そんな心構えが脳に響く。
それでなくても、この戦争において茂斗アカネという逸材が失われるのは、部隊にとって最大の損失である。
彼女は、これからの反攻に必要不可欠な存在だ。
なら、私は私の役割をまっとうするしかない。
「……ここは、僕が時間を作る。その間に君は撤退して本隊に合流するんだ」
「ハァ? なに言ってんだよテメェ、おかしい奴だとは思っていたが、とうとう気でも狂ったか?」
「むしろ今のほうが普段の君の世話をしている時よりよっぽどまともだよ。それが僕の、
「……フン、ああそうかいそうかい。じゃあアタシも、いつもどおりのことをさせてもらうぜ」
そう言うが速いか、茂斗アカネは勢いよく駆け出した。
本隊の方ではない、敵陣の真っ只中に向かってだ。
「君は人の話を聞いていたのかい! 僕は本隊に合流しろと言ったんだ!」
「ハッ、アタシはいつもどおりって言ったんだ。これまでテメェのいうことを聞いたことがあったかよ! いい加減学習しろよな!」
「君がそれをいうか。ああもう、君の自殺志願に、最後の最期までつきあわさせることになるとはね」
「テメェに殺されないなら死なねえよ」
そして私も、いつもどおり彼女の後ろに必死についていき、彼女が戦いやすいように支援をする。
彼女の死角となる敵を撃ち、敵の攻撃に割り込んでシールドを貼り、彼女が切り込んでいくタイミングに合わせて敵の体勢を崩す。
そこで私は違和感に気が付く。
いつも以上に、彼女が強く思えるのだ。
気付いてしまえばその理由は明確だ。
今の茂斗アカネは、私の動きを読み取り、それに合わせて動いている。
完璧な連携が成立している。
それによって、私はいくつものことを理解する。
やはり普段の彼女は、完全に私をナメていたということ。
そして本気になった彼女は、私の想像よりも遥かに強いということ。
そのことを認識して、私は彼女を最大限活かすべく指示を出し、動かし、支援する。
舞うように暴れ、敵をなぎ倒す茂斗アカネ。
私はそれを支援射撃で援護し、誘導し、場を作る。
正直にいえば、その瞬間こそが、私の人生の中で最も楽しい刻だった。
目の前の死も、茂斗アカネの今までの言動も、なにもかも全て忘れて、私はただ、彼女とともに踊っていたのだ。
踊り終わった時、私と茂斗アカネは二人でその場に倒れ込んでいた。
あの絶望的な中を生き残ったのだ。
「案外、死なないもんだな……」
息も絶え絶えに、茂斗アカネがそうつぶやいた。
なにか言い返そうと思ったが、私の方はもう声も出す気力も残っていなかった。
私がなにも答えられないのを見て、彼女はさらにもう一つ、言葉を絞り出してきた。
「まあ、生き残れたのはテメェのおかげだな、ありがとな。それになんというか、なかなか楽しかったぜ……」
思いがけない言葉を聞いて、私は思わず、重い身体を必死に動かして彼女の方を見た。
だがもう茂斗アカネは気を失っていて、私の動きにもなんの反応も示さなかった。
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