『そうやって戦っていこう』と、僕は言った

シャル青井

10年前 開戦

 10年前、あの戦争が始まり、その中で私たちは出会った。


「遅い! 遅い遅い遅い! テメェ、やっぱりアタシを殺す気だろ!?」

「連携の意味を理解していない君が勝手に自殺しようとしているだけだろう。君が死にたいと思うのは勝手だけど、僕の評価にも関わってくるんだ。少しは頭の使い方を覚えてもらいたいね」

「ウルセーッ! いいからテメェもさっさと上がってきて死にに来い! それともやっぱりアタシを殺す気か? ああ?」

「君は死なないよ、僕が守るからね。まあ、実に不本意だけど……。しかたない、今回もそうやって戦っていこう」


 私と彼女のやりとりはいつだってこんな調子だったし、その言葉に込められた感情は、どれも嘘偽りのないものだった。

 彼女は猛烈な勢いで弾幕を縫いながら切り込んでいき、私も必死にそれを追ってフォローする。

 前衛戦闘担当フロント・フロイラインの茂斗アカネ。

 そして後方支援担当アンカー・アンブレラだった私、秋畤クレハ。

 私たちに限らず断鬼ユニットを身に付けた、いわゆる断鬼乙女シャッターヴァルキリーと呼ばれた少女は、基本的には二人で1組のユニットとして運用される。

 前線で近接と防御を担当する前線担当フロント・フロイラインと、後方から射撃と支援、そして他ユニットとの連携を担当する後方担当アンカー・アンブレラである。

 そこで私の相方となったのが、このロクでもない『自害志願の災厄スーサイダー・カラミティ』茂斗アカネだったのである。


 他次元の狭間からの侵略者『環霊かんれい』と、唯一それに対抗できる次元固着戦闘用ユニット『断鬼だんき』。

 断鬼ユニットは少女にしか扱うことができなかったため、あの頃の私たちのような十代の少女がそれを身に纏い戦っていたのだ。

 とはいえ、同じ人間を相手にして戦うわけでもなく、集まったのも若い女子ばかりだったこともあり、その活動は軍隊というよりはどこか部活動のようでもあった。

 もちろんのんびりサークルというよりは体育会系バリバリな感じではあるのだが。

 そのような生活様式になっていたのは、ただ訓練と戦闘のみに明け暮れる日々ではなく、寮生活と一般的な学校活動もきっちりと組み込まれていたのも大きかったのだろう。

 それは確実に日常だった。

 そして私は、そこで彼女と出会ったのだ。


 思えば私と茂斗アカネの関係は初対面からして最悪だった。

 すべての始まりは、断鬼乙女採用試験当日のことだ。

 誰もがそれぞれの学校の制服、あるいはおとなしめの私服で参加する中、茂斗アカネはなにを思ったのか、ド派手な鷹の刺繍の入った赤いスタジアムジャンパーで現れたのである。

 髪の毛もボサボサの金髪を後ろで適当に結んだもので、明らかにこういった場に似つかわしくないものだ。

 もちろん、周囲の受験希望者はその姿に驚きを隠せない。

 なにしろその大半は、ささやかな希望と愛国心を胸に秘めて断鬼乙女に志願してきた、純粋な心を持った少女たちである。

 その場にこんな異物が存在するのというは、あまりにも衝撃的だったのだろう。

 しかもここに現れたということは、この奇抜すぎる女子も自分たちと同じ断鬼乙女志願者ということなのだ。

 中には動揺を隠せず泣き出す娘まで現れたほどである。

 まあそれでも、大半の少女は、その存在を見て見ぬ振りをした。

 下手になにか言って絡まれても厄介事にしかならないし、それでなくても重大な試験の直前なのだ。こんなおかしな輩に構ってなどいられるはずもない。

 触らぬ神に祟りなし。それが正しい選択だ。皆賢明ということだ。

 ただ一人、私を除いては。


「ねえ、君はまさか、その格好で試験を受けるつもりかい?」


 私が茂斗アカネに話しかけたのは、なにも注意をしようと思ったわけではない。

 もちろん、友人になろうというのでもない。

 その時はただ純粋に、のだ。

 なぜこの少女は、そんな格好でこの大切な試験を受けようと思ったのか。

 これを気にしたままでは、とてもまともに試験など受けられそうにない。


「あ、なんだテメェ? 別に試験に服装の規定はなかっただろ? ならアタシがどんな格好だろうが勝手だろ。だいたいアタシからしたら、こんな場所にまで杓子定規にお学校のお制服を着てくるテメェらのほうがよっぽど信じられないね。お人形さんごっこは家でやってろ」


 だが返ってきたのはそんな見た目通りの粗暴な言葉。それなら私の態度も決まる。


「なるほど……、その答えでよくわかったよ。君が状況を考えない人間ってことと、見た目以上に中身が悪いってことがね」

「んだテメェ、喧嘩売ってるのか?」

「それを察するくらいの知能はあるんだね、安心したよ。でも、喧嘩をするのはここでじゃない。採用された後なら、いくらでも相手をしてあげるさ」

「へっ、上等だ。せいぜい落第しないように頑張るんだな」

「それはこちらのセリフだよ。君のような輩が合格できるとは思えないからね。この勝負、僕の不戦勝だろうさ」


 私の言葉に茂斗アカネはフンと鼻を鳴らし、部屋の隅の椅子へと戻っていった。

 もちろん誰もそこには近付かないので、その一角だけ別の空気が流れているようであり、そんな不穏な空気が充満したまま、試験は始まり進んでいった。


 そして二週間後、おそらく誰もがその姿を見て驚いたことだろうが、誰より驚いたのは私だったことだろう。

 第六期断鬼乙女シャッターヴァルキリー採用者の中に、あの茂斗アカネの姿があったのだ。

 最終的な合格者は私と彼女を含めて全部で6名。試験自体は100名近くが受けたはずなので、茂斗アカネはその狭き門を突破したということらしい。


「へん、どうやらこの喧嘩、アタシの勝ちみたいだな」


 忘れもしない。

 茂斗アカネが初日の顔合わせで私の顔を見て最初に口にしたのがこの言葉である。


「正直、驚いたよ。君のような輩が採用されてしまうなんてね。でも、君は一つ勘違いしているよ。君はまだ喧嘩に勝ったわけじゃない。単に権利を手に入れただけだ」

「ケッ、相変わらずうるせー奴だな。じゃあ早速、その喧嘩買わせてもらうぜ!」


 いうが早いか、茂斗アカネはそのまま真っすぐに殴りかかってくる。

 もちろん、この単細胞生命体がなんの考えもなしにそういった行動に出るのはわかりきっていたので、こちらもそれに合わせて体を入れ替えようとする。

 だが、彼女の拳は、私の想定よりも少しばかり早く鋭かった。

 顔への一撃は予定通り避けられたものの、肩に強い一撃を貰ってしまう。

 そしてこちらがよろめいたところへ、勢い任せにのしかかってくる。

 そこから先は、もう表現のしようがない。

 私と茂斗アカネはもつれ合ったまま、ひっかき合い殴り合い、結局、数分後に職員が来て止められるまで取っ組み合いを続けていたのである。

 もちろんその後に待っていたのは就任1日目にしてお説教と厳重注意だった。

 就任取り消しにならなかっただけ幸運だったと思うべきだろう。

 後で聞いたところによると、どうも茂斗アカネが『自分が喧嘩を仕掛けた』と主張していた事で私への罰が軽くなったらしい。

 だがそれは、私を庇うための言葉などではないと断言できる。

 なぜなら、私もまったく同じことを主張していたからだ。

 もちろん私にも、茂斗アカネを庇う意図などさらさらなかった。

 私はただ事実を主張しただけだったし、それはなにより私の誇りの問題だ。

 向こうもそれは同じだったのだろう。

 結局、不本意ながらもそれが互いをかばい合うという形となって、私たちはなんとか極刑を免れたのである。

 しかしその結果として、一つ、私の人生を大きく狂わせる事態が起こることとなった。あるいは初日から問題を引き起こした私たちへの、教官たちからの嫌がらせだったのかもしれない。

 断鬼乙女は基本的に二人一組で行動することになるのだが、私のパートナーには、よりにもよってあの茂斗アカネが選ばれたのである。

 こうして私たちの最悪な一蓮托生の関係は始まった。

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