第13話


 僕は塩竈、赤倉、池田と別れた後、師匠の部屋に赴いた。

 色々と疑問点を持ってしまっているからだ──いや勿論僕のやり方的にはこのまま有耶無耶で曖昧模糊で行っても良いんだけど、流石に疑問点が多過ぎる。

 許容範囲外ってやつだ。


「失礼します」


 扉を開けて入るもう何度目かの師匠の家。

 やはり寒過ぎるな──エアコンが効きすぎだろ。

 何度だったっけ……? うーむ忘れた。

 そう思いながら僕は師匠の家のリビングの扉を開ける。


「十四度だ」


 僕の思考を読んでくる師匠は開口一番にそう言ってくる──重々しい声ではなく重が二つの重重しい声で言ってくる。

 年中無休のスーツ姿、赤のグラデーションがかかっているショートの黒髪、三白眼──そして僕達の上司であり師匠である。


「エアコンが効きすぎてて、寒いですよ」


「ですよね、私もそう思います。しかし椴松さんは年中頭が沸いてると思いますし、師匠の家の室温は頭が冷えて丁度良い気がしますよ?」


 声の主をした方を向いてみるとそこには青髪で猫の少女──水瀬みなせ 結乃ゆのがいた。


「うっせ。お前のめちゃくちゃ広そうなパーソナルスペースにガツガツと入り込んでやんぞ」


「うわ、ドン引きなんですが……というかどうしたのですか? 貴方には塩竈さんや絹衣 羽衣さんを見守る傍観者という役割があったのでは?」


「いやなんだ、ついさっきまでその役目があったんだが、塩竈がお前とは違って成長したからさ。もう僕のお務めが終わったってわけだ」


「成程。つまり貴方はもう既に用済みということですか……椴松さんドンマイ──略して椴マイさんですね」


「うわっ! おい──やめろよ!! 僕の大切な松を取るな! 僕のお父さんは自分の苗字に松が付いてるからって小さな松で盆栽してるんだぞ!? それが唯一無二の趣味なんだ! 僕から松を取るって事はお父さんの趣味への冒涜なんだぞ!」


 僕の返答を聞いて結乃は「ふふっ」と小さく笑った──少女らしく微かに笑った──微笑んだ。


「おいお前ら──私を差し置いて喋ってんじゃねぇよ。そもそも椴松、テメェは私に用事があったんじゃねぇのか?」


 おっと……結乃との会話に入り込みすぎたな─本題というか、来た目的を忘れていた。

 流石結乃──話し甲斐がある奴だ。

 すっかりとペースに乗せられていた。


「すみません。師匠。忘れていました。確かに師匠に僕は用事があったのでした」


「ふん、そんな畏まった感じにしなくていい──早くしろ」


 *


「血塗れのベットか──まあそれはやっぱりお前の思っている通り『悪魔の儀式』とかに使われてた物だろうな。それ以外の家具とかが壊れていた理由、それは恐らく絹衣きぬい 空棺うつひが壊したんだと思うぜ。悪魔の儀式で自分を生贄にする精神状態だ。何をしてもおかしくはないって感じだしな」


「なるほど……いやーでもあれは見た時は相当驚きましたよ」


 絹衣の家の状況はだいぶ傷んでいたし、家具に関してはほぼ全てが壊れていた──そしてあの切り刻まれたベット──血塗れのベットは本当に一番最悪な家具だった。


「そして空棺を倒した後、家が更にボロボロになったのには何かありそうだよな。何かありそうというより何か分かりそうだ。悪魔の能力の一つなんだろうけど……もう少しだけ能力を見せてくれたら何の悪魔か分かったんだが──蝿を操り、幻覚を見せる──大半の悪魔が出来ることだと思うし……まあ下級の低俗な悪魔かな、多分」


「やはりあれは悪魔の能力でしたか……急に家がボロボロから半壊になっていたからビックリしたんですよね。というか師匠。これを聞くのは少しおかしいのかもしれないのですが、僕はなんで空棺を──そして悪魔を倒せたのか分からないんですよね。ただ御札を貼っただけなんだけど……って感じで……」


 僕の問いを聞くと師匠は笑った──嘲笑った。はは、ははは、ははははと嗤った。


「お前そんな何も分からねぇクセに赤倉とかに『アイツは青春をしに行ったんだぜ』みたいな事を言ったわけか──お前本当に調子に乗んじゃねぇよ──まあいいか。結論としては空棺はしっかりと倒せていることには変わりないし、倒せているというか成仏させているんだけどな」


 師匠は一瞬マジトーンで僕を怒ってきたが、すぐにいつものトーンに戻った。

 あれはな竜二──と師匠。


「強制的に成仏をさせる御札なんだよ。まあしっかりとした名前はあるが、それは気にしなくても良いだろう。名前は大切だが──今回は効果が大事だった……そういう事だ」


「……成程? しかし悪魔は? 悪魔はどうなったんです? まだ戦ってすらいませんよ?」


「この阿呆が。本当にお前は頭が悪いな。最底辺の頭の悪さだ。そのぐらい考えれば分かんだろうが──なあ? 結乃?」


「はい、これが分からないというのは小学生の足し算引き算が出来ないと同じだと思います」


 急に師匠に絡まれた結乃だったが、即答してきやがった……ということは脳内でしっかりとそう思っていたのかよ──。


「竜二。悪魔に必要な条件っていうのは『しろ』と『生贄』だ──で、お前は絹衣 空棺を成仏させた……つまり何が言いたいのか分かるよな?」


 憑り代と生贄──それとなっていたものって……確か……あ、それが絹衣 空棺だったか。そういえば。

 あの人、夫さんはその悪魔の諸々には巻き込まないようにしてたって神定かんじょうさんが言ってたし(その証拠に夫さんは今も生きているらしいし)。


「僕が絹衣 空棺を成仏させた──つまり悪魔にとって大切な憑り代と生贄を奪ったということになったって訳なんだ……僕がしたことはある物から引き算してゼロにしたっていう意味合いになってたのか」


「そうだ。しかも悪魔って言うのはな、人の許可無しには何も出来ないんだ──だからどうすることも出来ずに消えたって事になる。次の憑り代、その場に次のターゲットもいなかったしな」


 成程。だから足し算引き算すら出来ないって言われた訳なのか。


「お前の成仏させたいという思いを掬いながら、一つの達成すべき事柄を達成させたレガートは流石仕事人だな。良い選択をした──良い御札の選択だ」


 御札の件に関してはしっかりと礼を言っとけよな、霊に関する事件なんだからよ──とつまらないが大事なことを言う師匠。

 僕はゆっくりと「はい」と頷いた。


「そういえば御札で思い出したんですけど、僕が御札を空棺に貼り、そこからどんどん黒い何かが円状に広がって行ったんですけど、あれって一体──?」


 僕の質問に「ふっ」と嗤う師匠。


「それはお悔やみならぬ吐く闇だ──気にしなくていい」


「いやでも僕ってあれに手を入れちゃったんですよね……吐く闇ならそれって結構不味くないですか?」


 僕の言葉を聞いた途端に師匠は立ち上がり、床に正座をしている僕の胸倉を掴む。


「あーあーやばいぜ、それはめちゃくちゃにやばかったことだ。お前一歩間違ったら死んでるからな?」


 師匠の怒りの声──イラつきのせいで彼女の三白眼は完全に糸目のように細くなっており、その目の間から垣間見える瞳は僕を睨んでいる。


「それは本当に不味い。下手したらそれが悪魔に自分を憑り代にしていいぜ、っていう証拠になってたからな。つまり許可を出しかけていたんだよ──てめぇはよ」


「悪魔に取り憑かれていたら覆水盆ふくすいぼんに返らずですよ。いや……貴方の仕出かしたことは盆から溢れ出たもう戻ることの無い何かを自分の中に取り込んだと同じで──これは絶対にやってはいけないことなのです」


 *


 その後、三十分近くのお説教を受けた僕は師匠の家を後にした。

 そして家に着いてから塩竈に連絡をする。

 「どうなった?」という単刀直入で、気の使えないRINEのメッセージに塩竈は「なんとかなった。出来れば明日羽衣に花束を持って行きたいんで、付き合ってくれ」と返信してきた。

 僕は勿論それを了承した。


 そして次の日、早起きしてお父さんと自分の分の料理を作り、それを二人で食べて新聞配達のバイトに僕は走って行く。


「おはよう──塩竈」


「おっはよーー! だぜ! 竜二!」


 ハイテンションで挨拶をしてくる塩竈 大和に僕は笑顔を作って見せる。


 そして新聞配達を早めに終わらせ、花屋さんが開く十時頃まで時間を潰し、それから僕達は花屋で花を買って絹衣の家にへと向かった──絹衣がもういない家に向かう。


 刺引さしびきトンネルを抜けた先、そこには絹衣の家が、ボロボロだけど彼女の家が──無くなっていた──というより燃えていた。

 燃え盛っていた──業火──周りの草木も燃やす程の火。

 そこにはスーツを着ている一人の男が立っていた──ボサボサな髪の男が燃え盛る家を見ながら突っ立っていた。

 その男は振り返る。

 枯れている渋い声で言う。


「なんだお前達は──ほう……その手に持っている花束から推察するに、そしてお前らの見た目から分かる年齢から推察するに、この家の絹衣 羽衣と知り合いだな。お前達は」


「逆に──貴方は一体どこの誰で、何をしているのですか……何故絹衣の家が燃えているんだっ!」


 犬が吠えるような声で僕は男に問うた。

 僕の声を負け犬の遠吠えの様に男は聞いたのか「ふはは」と笑った。


「分かったぞ。お前──」


 男はそう言って僕を指差した後、横に首を二度振り、花束を持っている塩竈を指差す。


「じゃなくてお前だな──絹衣 羽衣が求めていた相手は──いや敢えてこう言おう。我が娘が恋をしていた相手だ」


 はぁ……と男は深い溜息を吐く。

 ボサボサな髪の毛を巻き込むながら頭皮を搔く。

 男は塩竈を見詰めて言った。


 我が娘……ということは……この男、まさかの絹衣 羽衣のお父さんで、絹衣 空棺の夫さんだってのかよ。

 確か空棺が夫さんには何もしていなかったと聞いていたから生きているのは知っていたが、会えるなんて思ってなかった。


「なあお前、名前はなんて言う。そしてどこではごちゃ──ごほん、我が娘と出会ったんだ? 娘が通っていた中学校にお前はいなかったろう。お前の顔を私は知らないからな」


「お……じゃなくて私は塩竈 大和です。ウユニ塩湖の塩に、竈が賑わうの竈。大和やまとなでしこの大和やまと大和たいわです──私が中学一年生の時、中学二年生の羽衣さんに助けて貰って、そこで私のことを知ってくれたらしいです。肝心の私は彼女のことを知りませんでしたが……確かに私は絹衣きぬい 土宮知つちみやさん、貴方の仰る通り羽衣さんに好意を抱いてもらっていました」


 はごちゃん呼び……絹衣の両親は二人共、絹衣のことをそう呼んでいるのか──仲が良いだったんだな。本当に。

 というか絹衣のお父さんの名前は絹衣 土宮知なのか……今更感もあるが……知っておいて損は無いよな。


 そして塩竈は自分の名前を一文字ずつ丁寧に説明した。

 僕は黙ったままで名前を言わなかった──この場所に僕という人間は必要無いんだからな──要らないモブキャラには名前を言う権利なんて無い。


 土宮知は塩竈の言葉を咀嚼して、嚥下する。

 ゆっくりと丁寧に。


「やはりお前だったのか。娘が恋をしていた相手は。……そしてその手に持っている花束、いなくなった絹衣 羽衣──やはり我が娘は完全に成仏したということで間違いなさそうだな」


 土宮知は無精髭を弄りながら少しだけ嬉しそうにそう言った。


「えっ……と、それってどういうことですか? 貴方は──」


 土宮知は塩竈を制し、会話を自分の物にする。

 火粉が飛ぶ。


「なあ塩竈、お前はそこにある刺引トンネルの噂って知ってるか?」


 塩竈は頷く。

 そうすると土宮知は鼻で笑った。


「あの噂を作り出した張本人は俺なんだよ。つまらん下世話にも感じてしまうあの刺引トンネルの噂を作り出したのはな──。なんせあのトンネルから出た先にこんな家があったら皆行くだろう? あんなにも不気味ながあれば皆行く、導かれて行く。作った理由、それは俺がその導かれた者の内の一人に娘の意中の相手がいることを願うためだ」


「すみません、ちょっと待ってください。何故──何故貴方はそんなことをしたのですか?」


「俺は娘の日記を見たんだよ。妻……空棺は頑なに見なかった末に彼女は自殺してしまった──それから俺の独り身の生活が始まったんだが、何個もおかしな事が起きるんだよ。ポルターガイストみたいに物が浮いたり、水が勝手に出たりとか……な。俺はそれに怯えて、すぐにも引越したかったんだが、なんせあの家には随分と思い入れがあってな。引越しの決断が出来なかったんだ」


 土宮知は後ろを振り返り、燃え盛っている家をただただ呆然と見詰める。


「そしてズルズルとあの家で生きていたある日、一枚の紙切れが俺の布団の横に置いてあったんだ。それには『私という羽が見えますか?』って書いてあったんだよ。羽衣っていう名前──由来は空棺の『空』と土宮知の『土』は彼女の『羽』の為にある、なのだよ。俺達両親は貴方の為に……みたいな感じだと思ってくれればいい。因みに名前を付けたのは妻だ。しかしこの由来があったおかげで俺はすぐに分かったんだよ。『私という羽』の意味にな。そして最近家で起きていた霊現象であるポルターガイストの原因が私の娘だということにな。ポルターガイストを起こしていたのは『私に気付いて』ということだったのだろう。きっとそうだ。しかし俺は彼女の幽霊がいることに気付いたと同時に彼女が成仏出来ていないということが分かった……。それから俺は幽霊の知識を取り入れたんだよ。何故成仏出来ていないか知るためにな。そしたら彼女が成仏するには彼女がやり残したことをやらせるしかない……ってのが分かったのだ。そして彼女のやり残したことを俺は既に知っていた。日記を読んでいたからな。それは『好きな人と付き合うこと』だ。しかしそれが分かったからってどうするんだよって俺は思った訳なんだ。だって考えてもみてくれ。『塩竈』という少年を我が家に呼ぶ方法なんてそうそうないだろう? ……だから私は考えたのだ。そして思い付いた。噂を広めて、奴自ら我が家に来てくれればいいんだってな」


 長々と絹衣 土宮知は語ったが、彼の話には少々矛盾点がある──というより知ることの出来なかった点だな。

 まずポルターガイストと言っていたが、それは恐らく彼女が幽霊ながら人としてのルーチンワークをするがの如く生活していただけ、と僕は思った。

 彼女は別に腹が減ったり、喉が渇いたりはしない──がしかし、それでも食べれば美味しいと感じ、飲めば潤いを感じる。だから彼女はそれを感じたかっただけなのだろう。

 人間の三大欲求を満たすために彼女はそれをしていたのだろう──幽霊の元人間として。

 だから彼女は意図的にポルターガイストをしていた訳じゃないと思う。

 ただ彼女がしていた普通な行動が、普通の人間の目線から見たら霊現象に見えただけなのだ。

 意図せずその行動に名がついてしまった──だけ。


 そしてもう一点は絹衣がやり残したことの内容だ。まあこれはここに来る途中に僕も塩竈から聞いて知ったので人のことは言えないが、一応絹衣のやり残したことは「好きな人が隣にいる明日」だ。


 まあ……こんなことを言ったってどうなるんだって感じだし、僕の不用で無用な心は置いとくとするか。


 というかこんな僕の相手の粗探しより土宮知さんの成し遂げたことは素晴らしいと思う。

 ギャンブル性は強いと思うが、成功した時に手に入る物が多い。

 掛け金がデカいというだけの話なのかもしれないけどな。


「じゃあ私達は貴方の手のひらで舞い踊ってただけなんですか? 私達の行動は仕組まれていた式の上を歩いていただけだった──ということに……」


 土宮知は塩竈のその言葉を聞いて横に首を振った──そして言う。そして告げた。頭を下げながら。


「いいやそれは違う。俺はきっかけを作ったんだけなんだ──俺が無力だったから、俺が何も出来なかったから──妻が犯していた禁忌の解決すらも出来ずに、ただ他人に願っていただけなのだ。だから勘違いしないでくれ──これだけは言わせてくれ」


 土宮知は膝を地に着け、頭を地面に叩き付けた。


「本当にありがとう……俺だって娘に会いたかったが、妻のした事が良くないってことは分かっていた……しかしだからと言って絹衣 羽衣という少女を成仏させる方法も分からなかった──妻が犯した問題の解決方法も分からなかった……本当に父親失格の俺の代わりに俺達一家を救ってくれてありがとう……!」


 *


 僕達は土宮知さんの頭を上げさせた後、絹衣 羽衣との短い間ではあるが、その短い間で出来た思い出を一部一部は隠しながらもしっかりと伝えた。

 それから燃やし尽くされた家の前に花束を置き、その場を後にした。


 因みに家を燃やした理由は「幽霊や悪魔がいた本当に曰く付きの家になったから」だそうだ。

 絹衣 土宮知さんは噂を流す計画を立てた時から、全てが解決したら、全てを灰にしてしまおうと決めていたらしい。

 責任者として、父親として、夫として──やり残しがないようにしたのだろう。


 ──帰宅途中に塩竈は言った。


「なんていうか可哀想だったな……というより絹衣家が可哀想だな。なんていうか不幸の連続過ぎると思わないか? 俺は絹衣の母親である絹衣 空棺さんがまさか悪魔に魂を売ってるとかそんなのは知らなかったけど、知ったら知ったで、もっと苦しくなっちまったよ」


 知識は暗闇を照らす光──と水瀬 結乃は言っていたが、知ったからこその辛さはやはりあるのだ。

 知らない方が良いことなんてざらにある。

 しかし今回は──知ったことへの後悔は全くない。そして知らない方が良かったとも思わなかった。


「不幸も勿論あるが、失敗の連続だったようにも、すれ違いの連続だったようにも思うけどな──僕には。しかしまあ……どうすれば良かったんだろうな。勿論これからもこの事件に関しては考え続けるだろうし、僕達の行動に関しても僕は悩み続けると思う。正解を探すためにな──最善を探すために」


 そんな有り触れた台詞を僕が言った時、僕達の背中から「へへ暗い顔してるね」という少女の台詞が聞こえてきた。


 腰まである白髪。

 白色の花が散りばめられて描かれている青色のワンピース。

 細い四肢に、小さな頭や唇に対して大きくて丸い黄色の瞳。

 太陽に透けてもおかしくないぐらいに透明な肌。

 塩竈に恋をしてた──少女。


「私の事覚えてるかな? 成仏出来ない、地獄行きが決定している少女──絹衣 羽衣だよっ!」


 そこにいないはずの絹衣 羽衣が僕達に向かってニッコリと笑っていた。

 僕達はあまりの衝撃に言葉が発せたなかったが、そのことに絹衣は気付いたのかもう一度ニコッとしてきてからこう言う。


「私何故かあの家の地縛霊から、どこにでも行けちゃう浮遊霊になったみたいなんだよね」


 いやなんだよね……じゃないんだが、と僕達は一瞬思ったが、二人共同時に「イヤッホォー!」と叫びながら絹衣に抱き着いた。


 そして落ち着いた十分後、塩竈は絹衣に問う。


「いやしかしお前……成仏して、生まれ変わりたかったんじゃないのか?」


 その問いに絹衣はまた「へへ」と笑った。


「多分その選択肢も選べたんだけど、私のやり残したことは『好きな人が隣にいる明日』なんだよ? だから私はここに来たんだよ。戻ってきたんだよ。塩竈君の隣に──好きな人の隣にね」


 少し照れるような答えだった──しかし納得出来る答えでもあった。


「だから塩竈君っ! これからは塩竈君の背後霊……それとも守護霊? になるので、よろしくねっ! あ! でもえっちぃ行為とかは駄目なんだからね! わ、私が恥ずかしいとかじゃなくて、そのーえーと倫理的な奴なんだから!」


 倫理か、まあなんとも大層な理由を付けてくれたな──絹衣。確かに幽霊とのそういう行為ってどうなんだって感じもあるけどさ。


 そして僕達はそんな話している最中に、土宮知さんのことを思い出し、すぐに絹衣の家があった場所にへと向かった。

 土宮知さんがまだ家の前にいてくれたのでなんとか間に合った。

 土宮知さんは娘と再会が出来て、涙を流していた。そしてこれからの絹衣の行動に関しても応援してくれた。


 うーんなんか変な物語の終わり方になったけども、まあ万々歳だし、良しとしようか──こうして僕達の幽霊譚は終わりを告げたのだった。

 いやそれとも塩竈と絹衣の生活はこれから始まるんだし、幽霊譚はまだ始まったばっかり──なのかもな。

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