第12話
俺は駆ける──汗が全身を包み込む。
気持ち悪い。
止まって拭いたい。
しかし俺は止まらない──止まりたくない。
両腕をしっかりと大きく振り、脚を高く上げて急いで前に進む。
住宅街を通っている時、俺は転んでしまう。
「いてぇな」とボソッと呟き、血が出てきた膝を無視して、また脚を前に進めた。
息が辛いが、まあ今まで俺は進めていなかったのだから、その分を取り戻すぐらいの気持ちで前に進む──そして辿り着く先は
待っててくれ──いやしかし、彼女が過去で俺の事を好きだったとしても、待ってくれる確率は低いだろうな。
だって僕は一度彼女や現実から逃げ出しているのだから。
好きだとしても逃げる姿なんて見たら失望ものだよな。好きじゃなくなるよな。
そういえば彼女が過去で俺の事を好きだったということに気付いたのはだいぶ前だ。気付いていたというよりはそうなんじゃないかなあ、と思っていただけなんだけどな。
思った根拠は「羽衣は記憶が無い」と「羽衣は俺達以外くには見えなかった」の二点だ。
勿論のことだが、俺お得意と話題の勘ではない。
二つのそう思える根拠があったからだ──。
「羽衣は記憶が無い」という点は最初は何の違和感もなかったのだ。
だが彼女の話を聞いていたら違和感を覚えたのだった。
俺は最初羽衣のことをそこまで強い想いのやり残した物がない浮遊霊だと思っていたのだが、彼女が家の敷地から出た話なんて一つも聞かなったので、彼女は地縛霊なんだな──と。
だって家から出ては行けない縛りなんてなかったら、普通どこかぐらいには行くもんだよなあ……。
ゾンビみたいに本能的に夜になったら家に帰るというのがあっても理解は出来るが、それでも家から出ないのは理解が出来ない。
だから先程も言ったように彼女が縛りがある地縛霊だと思うようになった──しかしそしたらやはり彼女の記憶障害に「?」を持ってしまうのだった。
俺が知ってる情報だと強い怒りや憎悪、憎しみ、悲しみ、やり残したことが無ければ地縛霊にはなれないのだ──なれたとしてもすぐに消えてしまうだろう。
まずこれが一点。
「羽衣は俺達以外には見えたことはない」という点はもう聞いた瞬間から違和感だらけだった。
いや別にそういう現象が起きていることには違和感を抱かなかったのだが、何故俺達なんだってことだ。
あの家の手前にある
だから刺引トンネルに行ってる人は多いはずだ──そしてそれと同時にあんな見た目の家に入る人の数は少なくないはずだ。
なのに羽衣が見えたのは俺達だけ。
そんなの有り得なくないか?
まあ、確率的に有り得ないだろうな。
だから何が言いたいのかと言うと俺達には会うだけの
その理由を俺は調べた──羽衣の親友だった子に連絡先をゲットしてな。
そしたら色々と分かったことがある。
海の日に俺と花壇ちゃんは羽衣に助けてもらっていたらしい──彼女が警察を呼んでくれたそうだ。
そしてそこで花壇ちゃんを助けるために全力な俺に惚れてくれたらしい──がなんというかなんて強い少女なのだろうか……。
人が強姦されかけている姿が脳裏に焼き付くのではなく、焼き付いたのが俺の事なんて……。
まあ強くないと一人で隣町にある中学校に会いに来ることなんてないよな──たった一人で知らない街なんて怖いはずだ。
おっと話が逸れたな。えっとつまり何が言いたいのかと言うと羽衣のやり残したことってのは「塩竈 大和への告白」だ。
違和感から諸々と探ってみたら、彼女がやり残したことが分かったって訳だ。
しかしそれが分かっても結局分からないことがありまくるんだけどさ──地縛霊としての条件を満たしていないのに何故彼女は地縛霊として居られ続けることが出来るんだよ。
訳が分からない。
俺が読んだ本達の中には答えはなかったし、そもそも地縛霊ならば現れる場所は俺の中学校か、中学校の前にある羽衣が死んだ場所であるはずだ。
だから──絹衣 羽衣という少女には謎な点が多過ぎるんだって……。
あの日記だって俺が二人には内緒で開いた時には真っ白だった……なのになんで真っ白じゃなくなっているんだよ。
まあいいか……結局訪れる結末は分かっているんだ。
何をしたって無駄とは言わないが、とりあえず俺がするべきことは彼女がいない明日を目指すだけだ。
今まではこういう不明な点を許せなかったが、今の俺はもう違うんだ──前に進むことだけを考えろ。
そう思っている俺の足が刺引トンネルを通過する──。
入って暗くなり、出て明るくなる。
暗い夜の世界が急に明るくなった昼の世界になるという奇跡を体感したかのような気持ち。
風が急に強くなり、日差しが俺を飲み飲む。
髪が靡く。視界が眩む。汗が落ちて蒸発する。生ぬるい空気を飲み込む。瞳の表面の水分が蒸発して目が乾く。好きだった少女と好きになってくれた少女を思い出す。俺に踏まれた草が揺れる。木は傍観者みたいに何もしない。嫌いな人達を思い出す。笑ってしまいたいぐらいの苦しい現実に涙を流す。ゆっくりと家の扉を開ける。
そこには一人の少女がいた。絹衣 羽衣という少女がいた。
俺は幾度となく彼女が今何をしているか考えてここまでやってきた。
怒っているとか泣いているとか、悔しんでいるとか恨んでいるとか──彼女の目の前から逃げた俺を殺したいと殺意が湧いているとか──。
しかしそんな考えは無駄だった。だって彼女は俺が考えていたことをやっていなかったのだから。
なんと彼女は仰向きに倒れていたのだ。
床に力なく倒れていた──呼吸が苦しそうである。
「おい!? 羽衣!?」
俺は彼女に近付いた──倒れている彼女を抱き抱える。
彼女は俺に気が付いたのか目を開き、俺の双眸を見てくる。
「塩竈………君……?」
「なあ……どうしたんだよ……幽霊がなるのか分からないけど熱中症か!? 待ってろ! 今すぐ水とか適当に買ってくるからな!」
俺は羽衣をソファーまで運び、また寝かそうとする──しかし羽衣が俺の腕を力無く掴み「ダメ……」と言ってきたため俺は抱き抱えるのをやめなかった。
いやでも何故羽衣が倒れている……? 何が起きたのか(さっきは適当に言ったけど熱中症の線は低いよな)?
彼女の姿を見回す──そうすると彼女の足先が透けていることに気が付く。
もしかして……成仏が始まっているのか……?
でもなんで……?
それは彼女のやり残したことを達成したら起きることだろう──けどそれは「俺への告白」じゃなかったのか?
「私分かっちゃったんだ。思い出しちゃったんだ……私がやり残したこと……叶えたかった夢、そして願った未来。後悔──それは『好きな人が隣にいる明日』だったんだよ……」
あぁ……そういうことか。
俺達は最近毎日会っていたから、彼女のやり残したことをやっていたんだ──しかし根本的な話で彼女には記憶が無かった。だから彼女は成仏しなかったのか。
達成しても、達成していないって勝手に思っていたから。
思い込みが現実の壁を、不可能の壁を突破していたのだろう──しかしその思い込みが破綻してしまえばお終いだ。
彼女の記憶が元に戻ったから──彼女は──いなくなる。
ははは……強い少女のくせに願望は随分と低いじゃねえかこの野郎──クソ……涙が止まらねぇ……クソッ泣いてる場合じゃないってのに。
「好きです……塩竈君……どうか私を振ってください──後悔が無いように……お願い」
彼女の言葉。
絹衣 羽衣の言葉。
苦悩の上に出てきた想い。
そして彼女の最後の願い──告白を断る──彼女を振る。
厳しい現実が人を殺める──そんな現実なんだからどんな時でもハグをするべきなんだ。
俺は羽衣を抱き締める。
「羽衣、俺はお前のことを───────────────────────────だぜ」
「へへ、ありがと」
「………………」
そんな言葉が聞こえてきた気がした──まあ気の所為か。
だって彼女がいないこの世界で彼女の言葉が聞こえるわけないか。
彼女が聞こえたって思ってるのは俺だけでいいんだ──だってこれは俺と彼女の物語なんだからな。
絹衣 羽衣の家から俺は出る。
振り返って一望してから俺は言う。
「まあでも竜二には感謝を伝えなきゃな……」
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