第11話


「んおおおおおおおおおおおおお!どりゃああああああああああああ!!」


 走って三十分。

 曰く付きな刺引さしびきトンネルを抜け、住宅街を抜け、川沿いを走ってる途中で塩竈を捕まえた。

 実際、呪術の文字式で強化した身体ですぐに捕まえられるわけだけど、すぐに捕まえてしまったら何故逃げ出したのか聞きにくそうだからな(絹衣がいるし)。


 そして汗だくな状態で川沿いの草むらで揉み合いになる男子高校生が二人いた。

 というか僕達だった。


「なにすんだよ!」


「それはこっちのセリフってやつだ! なんで逃げんだよ!」


「それは俺が人を救っちゃいけねぇからだよ!」


 塩竈は僕を殴ってきた。

 右利きのくせに左拳で、左頬を殴ってきやがった。

 塩竈──と僕は塩竈の両手首を掴みながら言う。


「お前がそう思うようになったのは池田いけだ 花壇の《かだん》の事件が原因か!?」


「え──なんでお前がそれを──知ってんだよ……!」


 僕は笑ってみせる。


「なんでって。それは僕がお前の親友だからだよ。お前は『親友だからって全部分かってたら気持ち悪い』って言ってたが、割りと知ってるもんなんだぜ──大好きな人間のことは知りたくなっちまうもんだし」


 だからな──と僕。


「曖昧にして、濁して、暈して隠すのはやめろよな。それは僕のやり方だからな──戯言は僕担当だぜ。キャラ被りはご法度だろ?」


 *


「七月十五日、海の日だった。確か。そして暑い夏の日でもあった。竜二、お前と一緒に駅前に遊びに行ったよな。


「学生というか、この県に住んでいる人達は皆、駅前に行くよな。ま、そこ以外はこの県ほぼ田舎だからってのが理由だと確信しているけども。そして例に漏れることなく俺達も遊びに行ったという訳だ。


「そして遊びに遊びまくってたら夕方になって、道を歩いてる時にお前が急にコンビニに行きたいって言うから、俺外で待ってたんだよな。中に入っても買う物ないし、なのに中に入るのは失礼だと思っていたからさ。なんていう謙虚さなんだよ、とか今になったら思っちゃうけどもさ。


「それで外で待ってたらさ、とある少女が複数人の男に手を引かれていく裏路地に行く姿が見えたんだ。少し距離があったからその少女が誰だとか、嫌がっていたとかそんなの一切分からなかったんだけど、なんとなく気になったんだよな。それで俺はそいつらに付いて行ったわけだ


「今だから思うが、付いて行ったのは正解だったと思うわ。そしてそれが俺以外だったら、もっと正解だったわけになるんだけども。ま、とにかく付いて行って分かったのは彼女──花壇ちゃんが強姦されかけているということだ。


「服を脱がされて、人生を冒涜され、犯されかけていた──俺がなんとか止めようとした。が結局意味無し、いや意味無しじゃないか。意味はあったか。強姦は未遂になれたんだからな。


「けど俺が弱かったせいで彼女を救うのが遅くなってしまったことは変えられない、変更不可能で、曲げることの出来ない事実だ。俺が強くて彼女を守ることが出来る力があれば、彼女の心の傷はもっと小さくて済んだはずなんだ。


「それか俺が一人で行かずに、誰かを呼べば良かったんだ。俺の考えが及ばなかったせいで人が一人、目の前から消えてしまった。知ったのは夏休み後だけど、彼女は引越ししたから──彼女の人生を俺は崩壊させた一人だ。だから俺はそれからの人生、浅い考えをやめたんだ。そして弱過ぎる自分の手で誰かを救うのをやめたんだ。


「浅く考えず、深く考える。深く考えて、それは考えていなかったというミスをなくす。考えていなかったなんていう言葉を己の中から消す。そんな事をしてたら、鋭塩とか変な渾名が付いちまったけど、それでもいい。それで誰かが誰かを救うように動く。誰かが誰かを救い、誰かは誰かのヒーローになる──だがそれを補助した人は無名のままだ。主人公でもない、メインキャラでもない、ヒーローでもない無名のモブキャラになる──そしてそれを目指してるのが俺だ


「これは己への鎖なんだよ──たった一人の少女すら守れなかった自分への。好きな人すら守れなかった自分への罰だ。彼女の悲痛な声が今も消えてないんだ。


 *


 恋をしていたと言った。

 塩竈は──池田 花壇という一人の少女に。

 僕は一切知らなかったけど。

 コイツがモブキャラを目指していることも。

 コイツが「鋭塩」と呼ばれるようになった原因のことも。


 今思うと夏休み後に塩竈は彼女の引越しを知ったが、僕には塩竈がそれを悲しんでいるようには見えなかった──これは想像だが、素直に悲しめなかったのかもしれない。

 それは勿論塩竈の感覚が、感情が崩壊しているという訳では無い。

 僕が原因なんだ。

 僕の初恋の彼女が夏休みの最後の方に死んでしまい、僕が相当落ち込んでいたからだ──彼女と同様に自殺しようとしていたからだ。

 そんな僕を塩竈は赤倉と共に救おうとしてくれていた──だから自分の悲しみに構っている余裕が無かったのだろう。

 周りの人がもう居なくならないように──消えないように。


 やはり僕は愚か者だ。

 愚かで、無知過ぎて罪人だ。

 他人にすらを巻き込む屑野郎だ。


 僕達は昼下がりの川沿いの野原に座りながら、川を眺めていた。

 僕達というよ塩竈は。

 僕は塩竈のことを何度も見ていたから──川は目のやり場にしかしていなかった。


 僕は勇気を出して、口を開いて言葉を出す。


「なぁごめんな」


「えぇ〜なにぃ〜? アナタは何もしてないじゃな〜い?」


 塩竈は気色の悪い女口調をまたしてきた(今回は前回よりオカマ感強いし)──塩竈はまた逃げようとしているのだろう。誤魔化そうと──している。

 僕が何をしようとしているか、気付いて誤魔化そうとしてくる。


 いつものコイツじゃしないことをしようとしてきている。まあ本当のコイツなんて今現在進行形で知っていってるようなもんだし、本当のコイツはこうなのかもしれないけど。

 僕は全然塩竈のことを知らなかったのだから──。


 しかし僕は逃がさない、今だけは塩竈を逃がすことはしない。

 コイツは今ボロボロなんだ──傍観者が支えないと塩竈は崩れ去ってしまうんだ。

 そして最後は自分一人で立ち上がるんだ。僕はそれを見守るだけ──それまでの戦い。


「誤魔化すなよ──僕のせいでお前は悲しめなかっ──」


 塩竈は川を呆然と見つめたまま僕に言ってくる。


「うっせー。俺は自分のしたいことをしただけだ。それにお前の方が辛いだろうが。事件を比較したらよ。だから良いんだよ」


 ……なんだよ……良いならなんでお前そんなに苦しそうなんだよ。息することすらも苦しそうなんだよ……。


「良いわけねぇだろうが! 自分を最優先にしろよ! それに事件の重さを比較するなんてやめろよ……彼女達の結果とこれからの運命、それと僕達の感傷は違う。それは全くの別物だ」


「……」


「それに誰かを救って駄目とか、良いとかは無い。誰もが幸せになる選択肢を目指して動くんだ……物語がハッピーエンドになるように動くんだよ! だからそのためには絹衣 羽衣を救うんだ。そしてそれにはお前が頑張るしかねぇんだ。お前がどんなにモブキャラになりたくても、今回はメインキャラなんだよ。僕は傍観者というモブキャラだけども……けどそんなのはどうだっていい。救え、塩竈! 彼女のために、そして自分のためにな──」


「あれやっぱりボーイ達じゃん? こんな所で何やってるの? 草でも食してるの?」


 その瞬間、僕達の背後から聞き覚えのある声がする。

 生温い風が僕達を通り過ぎ、僕達の髪を、草木を揺らす。

 陽炎は視界を眩ませ、喉の乾きはまるで砂漠の大地のようである。


 僕達は後ろを振り返る。そしてやはり声の主は赤倉だった。

 透き通った赤目で、肩まである黒髪、そしてよく笑う少女──赤倉あかくら めぐ。

 彼女は彼女のカラーである赤色のリネンシャツ、臍から膝元までの黒色のチノパンツという私服にしては可愛らしく、お洒落な感じだった──想像するに相手は誰だか知らないが、お出かけだったのだろう。

 赤倉は僕達に何かを言いかけたが、振り返って


「おーい! おいで!」


 と誰かに向かって声を発した。


 その言葉に連れられたのか一人の少女がやって来た。

 足取り重く、そろそろと。

 見知らぬ少女──しかし誰かに面影がある少女が。


「や、やほー……あーえーと」


 その彼女はよそよそしいというより、なんていうか分が悪そうな顔をしている。

 気不味そうな──表情。

 赤倉もそのことに気付いたのか、彼女の手を取り、ニッコリと微笑む。


「あのね! ボーイ達は馬鹿だから分からないかも知れないけど、この子は──」


「ごめんっ!」


 塩竈の声──。

 塩竈は赤倉の言葉の途中で立ち上がり、何故か絹衣の前からも逃げた時と同様に逃げ始めた──僕は咄嗟に腕を掴もうとしたが、掴めずに塩竈は大きな二歩目を踏み出した。

 何故か──と一瞬思ったが今回の物語、そして事件を考えればすぐに分かった。

 この見知らぬ少女、そして誰かに面影がある少女──この少女は池田 花壇だ。


 それならば、それが本当ならば、いや今は正解でも不正解でもどっちでもいい──とにかく止めなければ!


「し、塩竈君! 駄目! 逃げないで!」


 僕が急いで立ち上がろうとした瞬間、池田が塩竈に向かって叫んだ──それのおかげで塩竈の足は止まった。

 塩竈は俯き、拳を強く握り、歯を噛み締めて言う。


「だ、駄目だ。俺は花壇ちゃんと顔を向かい合わせで話す権利が無い──俺には駄目なんだよ」


 そんな塩竈に池田は一歩、そして二歩、三歩と近付いて塩竈の元まで行く。

 そして背中の方から彼女は塩竈の手を取り、話を始めた。


「久しぶりだね、塩竈君。元気にしてた?」


 恐る恐ると彼女は言葉を紡ぐ──慎重に、そして丁寧に。


「私はね、元気だったよ。引っ越した時は不安だらけだったけど、引っ越した先で仲良い友達もできたし、それに昔からの仲良しであるめぐちゃんも遊んでくれる。あのね、塩竈君──私、塩竈君に救われたんだよ──引っ越してすぐの時、私実は引き篭ってたんだ。外が怖くなって立ち上がれなくなったから。だけど塩竈君が私のために立ち上がってくれた姿を思い出したら、勇気が湧いてきて立ち上がれたんだ」


 そして、そしてね──と池田。


「ごめんね、塩竈君に何も言わずに引っ越しちゃって……塩竈君を傷付けてしまったのは本当にごめんなさ──」


 塩竈は彼女に最後まで言わせなかった──振り向いて抱き締める。

 涙を流しながら──彼は様々なことを思いながら、想いながら彼女を抱き締めた。


「ごめん……ごめんな。花壇ちゃん──俺が、俺が悪かったんだ──ごめん、本当にごめん」


「なんで塩竈君が謝るのー? 悪いのは私のことを襲ってきた男だけでしょ?」


 池田も塩竈のことを抱き締めて、塩竈の頭を撫でる。

 「よしよし」と何度もあやす様に撫でる。

 塩竈は五分ぐらい撫でられた後、涙を拭き、池田の双眸を見ながら言う。


「ありがとな。花壇ちゃん。俺、なんか……えーと」


「元気出た?」


 塩竈特有の軽く物事を考う癖も出さず、ニヘラ笑いでもなく小さく笑った──微笑んだ。


「あぁ、元気出た──本当に助かったよ、救われた」


 そしてごめん──と塩竈。


「俺は行かなくちゃいけない──やらなくちゃいけない事があるんだ」


「え……?」


 塩竈は池田から離れる。そして踵を返して走り出した──逃げ出したのではなく走り出したのだ。

 前に進み出した。今までは救わないと決めていた掟を破り捨てて前進した。


 凄くいいシーンだが今までの物語や事件を知らない赤倉は、そして池田は訳分からずって感じだ。仕方ないけども。


「ねえ竜二……塩竈どこ行ったのっていうか……何しに行ったの?」


 僕は今まで傍観者としてただただ傍観していたが──そこでゆっくりと立ち上がる。


「アイツは青春をしに行ったんだよ」


 傍観者として相応しい台詞だぜ。

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