第10話


 嬉しかった時、悲しい時、苦しい時、辛い時、死にたくなる時、狂いたい時、ハグをしてくれる貴方がいれば良いんだ。

 貴方と私だけのハグをしよう。

 死にゆく狭間でハグをしよう。

 私達が生きれるようにハグをしよう。

 消え行く間際もハグをしようよ。


 *


 屋根が壊れている所から入ってくる眩しい日光に目をやられ、口に入った汗のしょっぱさで気持ち悪さを覚え、そして蒸し暑い空気に息が詰まり──僕は目を覚ます。

 「朝だ」と確信しながら目を開いた時、目の前には絹衣がいた。

 可愛らしいワンピースを着て、白色の髪を靡かせる絹衣 羽衣。

 辺りを見回してみたが、どこにも空棺の姿はいなかった──それと同時に悪魔らしき姿も。


 だが一つだけ違うことがあった。

 それは絹衣の家が半壊していることだ。

 それも誰かがやったという感じではない──ボロボロに風化して壊れたという雰囲気。


 絹衣 空棺と戦い、彼女の世界に行く時まではこんな風じゃなかったのに……。


 あーもしかして今まで見ていたのは空棺が見せていた幻覚か何かなのだろうか? ──悪魔の能力の一つにそういうのありそうだし。

 というか白沢しらざわ 蝶花ちょうかさんの能力も幻覚とかそういう系統だし、悪魔にいてもおかしくはないよな。


 それか幽霊で時が止まっている絹衣を封印していたから、その封印の力の影響を受けてこの家の時も止まっていたのだろうか?


 というか絹衣 空棺を僕は倒したのだろうか?

 いや倒してしまったの方が近いんだけども。

 だって僕は成仏したかっただけで、倒す気は無かったのだから──まあそんな余裕は無かったが。

 しかし詳細というものは分からないもので──もしかしたら、倒したのではなく、成仏させれたのかもしれない。


 まあこんなの幾らでも考えようがあるけど……。


「ねえ、どうしたの? というかどういうこと!? なんでこんなに私の家ボロボロになってるの!? 目を覚ましたらこんな風になってるし、貴方も床に倒れてるしで意味分からないんだけど!」


「あ、いやなんでも」


 なくはないよな。


 というか──恐らく空棺は倒したと思う……この家の変化と言い、僕がこの世界に戻ってきていることから考えるにな。

 ということはもしかして「絹衣 羽衣の日記」が読めるようになっているのでは?

 いや多分そうだろう。

 そういうことになっているだろう──セオリー通りに行くのなら。


「絹衣、お前の日記どこにあるか知らないか?」


「え、私の日記? それはそこの棚の上にあるけど……あれ中身見えないよ? 何故か全部真っ白になってるから……」


 キョトンとしている絹衣に向けて、僕は気障きざな笑顔を見せる。


「だったろうな。けど大丈夫、もう見えるぜ。お前を縛ってるものはもう何も無くなったんだからよ」


「?」


「いいからいいからとにかく見ようぜ」


 僕は立ち上がり、絹衣の日記を手に取る。

 「ここじゃ暗いな」と僕達は外に出てから、日光の光を全身で浴びながら、その日記を開いた──真っ白ではない。

 ビッシリと文字が書かれている。

 驚愕だったのか、開いた口が塞がらない絹衣を僕が笑った後、僕達は日記に目を向けた。


 *


 七月十五日。

 今日は海の日で学校が休みなので、友達とバスに乗って街まで遊びに行きました。

 日記には友達と行ったことより、暑さも収まり始めた夕方にあった出来事を書こうと思います。

 友達と帰ろうか〜と話している時、裏路地から声が聞こえてきたのです。

 私は声が聞こえてきた方を見ました。

 友達もそれが聞こえたのか、私と同じタイミングで見ました。


 裏路地の奥の方から聞こえてくる声、私達は奥に行ってました。

 なんとそこでは一人の女の子が数人の男に囲まれていたのです。そしてその数人の男に向かって拳を振るう少年もいました。

 「塩竈君! 駄目! 逃げて!」と少女は泣きながら悲痛に叫びます。

 塩竈君と呼ばれた少年はその少女を守ろうとしているのでしょう。ですがその少年が何度向かっても功を奏することはなく、何度目かの挑戦で鳩尾に拳を入れられ、気絶してしまいました。

 少女は何度も何度も塩竈君の名前を呼んでいましたが、その声で状況が変わることはありませんでした。


 私達は二人を助けたいと思いながらも何もすることが出来ませんでした。足が震えてそもそも動けないのです。

 その時でした。私達の肩がタンタンと叩かれたのです。私達が恐る恐る後ろを振り返ると、そこには黒髪の外ハネが特徴的な少年がいました。

 その少年は言います。

 「僕が時間ぐらいは稼いでやるから、警察官とかなんでもいいから、とりあえず大人を呼んできてくれ。僕の友達もぶっ倒れてるぐらい頑張ったみたいだし、僕も少しくらいは頑張れるからさ」

 それを言い残して、少年は男達に向かっていきます。

 私達は言われた通り近くにあった交番にまで行き、警察官に今回のことを説明しました。


 警察官に「ちょっと交番の中で待っていてくれ」と言われたので待っていたら、三十分も立たないぐらいの時に警察官が気絶したままの塩竈君を抱きかかえて戻ってきました。


 私達は戻ってきた警察官に事情聴取的な質問をされた後に家に帰るように言われたので、予定通り二人でバスに乗って帰りました。


 そういえば男達に囲まれていた少女は池田いけだ 花壇かだんちゃんというそうです。泣きながら自分の名前を言っていました。

 因みに池田ちゃんは自分より一歳下の中学一年生でした(そして塩竈君が自分と同い年だ、とも言っていました)。

 確かあの子は警察官が池田ちゃんの親御さんに連絡していたので、きっと親御さんが迎えに来てくれるのでしょう。

 中学生の我が子が危険な目に遭ったのに、迎えに来てくれないのは有り得ないと思いますしね。

 そんなのをするのは親失格な大人ですけど、池田ちゃんは短めのフリフリなスカートを着ていたので、ご家庭はしっかりと裕福そうですし、それはないでしょう。


 しかし塩竈君はどうやって帰ったんですかね。いやそんなことはどうでもよくて、はあ〜塩竈君、めちゃくちゃカッコよかったですね。

 負けていましたけど、いや負けているか負けていないかは関係無いと私は思います。

 困っている人のために立ち向かえる人はカッコイイもんです。うちの中学校の男子にあんな人はいません。皆、なんというかダサいというか、幼稚です。

 塩竈君みたいに勇気もなく、ただイキがってるだけですもん。

 そういえばあの黒髪の外ハネが特徴的な少年はどうなったんですかね。警察官と共には来ませんでしたけど。

 ま、いいでしょう。というよりどうでもいいです。


 どうにかして塩竈君のことを知って、お近付きになりたいものです。

 まあ友達経由で情報は手に入れるとして、うーんお近付きになる方法ですよね。

 それはどうにかするとして、人生は塞翁が馬だと決定して、とりあえず今日は寝ることにします。

 おやすみなさい、今日。


─────────────────────


 七月二十九日


 明後日から夏休みということもあり、どきどきしている絹衣 羽衣です。

 この日記を書いている張本人です。

 筆者とやらです。

 アイスクリームがやたらと美味しいこのごろ、はい。私にはセンスがない模様です。残念ですね。

 こんな書き出しはいいのでさっさと日記を書いていきましょうか。

 一年近く書いているこの日記の駄目な点は私の要らない情報を書きすぎることですからね。それが日記である、とか言われたらその通りなんですけどね。その通りで、終わりですよ。

 こうも毎日書いていると疲れてくるから無駄なことは書きたくないんですよね。


 閑話休題しまして。


 この日記上で打ち明けるのは初めてなんですけど、実は私、塩竈君に恋しちゃっています。

 それはもう確信的に。しっかりと。

 だけどあれ以降塩竈君をチラっと見た以外、私は塩竈君に関われる?ことが出来ていません。


 そして明日、私の学校は四時間授業なのです。

 つまり学校が終わってから塩竈君の中学校に行けば、あっちは六時間授業なので会えるということなのです!

 会って何が出来るんだよ、という感じはありますが、塩竈君という人に私という人間を知ってもらうにはこれしかありません。

 そして塩竈君の中学校の目の前にある坂はとても急だとか聞いていますが、まあ大丈夫でしょう。

 明日、私頑張ります。


 浅はかな希望を願いながら。


 ───────────ここで日記は終わっていた。

 レガートさんの言っていた絹衣が死亡した日は間違っていないようだな。

 というかやはり池田のことか。事件ってのは。

 彼女と絹衣が顔合わせしていたとは知らなかったけども。


 池田 花壇。

 彼女は中学一年生の時に強姦されかけていたのだ──数人の男に。

 僕はなんと愚かなんだろうな。

 僕は僕の学校内で考えていたから事件が思い付かなかったのだ。僕の学校の生徒内で考えたら普通に思い付くはずだ──。

 この事件の良かった点を振り絞って言うならば──それは未然に防ぐことには成功したことだろう。

 塩竈のおかげでな。


 と言ってもなんだよな。

 彼女の身体は守られたが、彼女の心が守られた訳では無いからな──傷は彼女の心にそれはもうザックリと入ったに違いない。

 その証拠としては正解なのか、不正解なのかは分からないが、彼女は事件の一週間後、どこかへと引っ越してしまったらしいし(夏休み後に知ったので、正確な日にちなのかは僕に教えてくれた赤倉次第だ)。

 まあそれは彼女の両親が強姦未遂事件を我が子に思い出させないようにするためなのかもしれないが、とにかく彼女は引っ越した。


 彼女が引っ越した──それ故に塩竈は自分を恨んだ。

 憎んだ。

 蔑んだ。

 呪った。

 嫌った。

 守れなかったと自分に殺意を覚えた。

 だから塩竈は誰かを守ることをやめてしまった──そして誰かに誰かを守らせる彼のやり方が誕生した。

 してしまったと言うべきなのかもだけどな。


 あ、そういえば──。


「なあ絹──」


「…………」


 僕は絹衣に話しかけようとしたが、絹衣は目を瞑り、紅色とかそのレベルではなく真っ赤な口紅レベルの赤面をしていたため話しかけるのをやめた。

 というか今回やっと日記を見れたことにより、脳内では色々な記憶が脳内に流されているのだろう──濁流のように、自分のことを思い出しているのだろう。

 今、絹衣に話しかけるのはやめておくべきだな。


 てか日記を見るに絹衣のしたいことって塩竈への告白か──。

 好きという気持ちを伝えたいのか……なんていうかこの日記を僕と二人で読んだのは悪手だったのかなあ──塩竈と二人だったら、ここで告白して、この物語は終わるのにさ。

 逆に僕がこれを先に読んでしまったら、状況が悪くなる可能性があるからな。

 まあもうたらればだけどさ。


 因みに先程絹衣に言おうとしたことは「絹衣の日記に出てきた『黒髪の外ハネが特徴的な少年』って僕だよ〜」だ。

 いや言わなくていいか。

 そんなことをわざわざと。

 僕は警察官が来るまでの少しの時間を稼いだだけだし、気絶しそうになるまで殴られながらな。

 警察官がアイツらを追いかけている時に僕も逃げたんだけどな。面倒くさそうだったから。

 塩竈を置いていった理由は明らかに僕の怪我のレベルとは違くて、どこかしら折れているんじゃないかと思ったからだ。

 それと池田が以前から塩竈に恋をしていたのは知っていたから、まあここは僕がお邪魔かな? 的なね。


 ハッ、笑えるぜ。

 本当にこの物語はさ──僕がメインキャラじゃねぇんだな。

 マジで僕、傍観者じゃないか。

 神定さんにこの考え方言ったら、笑われそうだな──と僕は思いながら、神定さんの笑い方を真似してみた。


 僕は溜息を吐き出しながら、絹衣でもなく、彼女の日記でもなく前を向いた。

 そしてそこにはいつの間にか、気付かに間に塩竈──塩竈 大和がいた。

 というか塩竈は僕達が考え事にふけっていると知ってか、ドッキリを仕掛けようとしていたのだった。


「バレちったな〜ドンマイドンマイだわ」


「危ねぇな、もう少しでビックリして月にまで飛んでいくところだったわ」


 あ、そういえば塩竈──と僕。


「絹衣の日記、見られるようになったからお前──」


「え……?!」


 塩竈は嬉しそうな表情をしなかった。した表情は何故か曇りだった──喜びの驚きではない。悲しみの驚きをした。

 その瞬間──刹那──瞬きの間、塩竈は踵を返して走り始めた。


「…………………は?」


 訳の分からない塩竈の行動に僕は言葉を漏らした。

 絹衣の方をちらっと見てみる──彼女は体育座りをして、顔を腕の輪っかの中に沈めている。


 あーもう。

 どういう意味なんだよ。

 塩竈が絹衣の日記や真実、気持ちには気付いていないはず……。



 ──あ。



 ああ、そうか。

 そうだよな。

 塩竈は知らなかったけど──気付いたんだ。

 いつからかは知らないが、気付いていたんだ。

 気付いてしまったんだ。

 彼女の全てを察していたんだ。

 勘が良いから。

 鋭すぎて人が殺せてしまうほどの勘を持っているんだ。

 まるで一本の鋭い刃物のような勘の鋭さを脳内に隠しているんだ。

 「鋭塩」って妙にカッコイイ渾名が着くぐらいには──隠してるのがバレバレな証拠だけど。

 仕方ねえ。


 この考えが整理し終わる頃には僕は駆け出していた。塩竈の元まで。

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