俺のコピーに命令し、三年後に会ったら最強になってた
kiki
第1話 コピーに命令
エルは勇者に選ばれてからもう三年になる。
三年の月日は長かった。魔王を倒し、世界は平和になった。そして今日、ここに帰ってくる。
そう、俺のコピーがな。
あれは勇者として城に呼ばれ、旅立ちを決意した夜にさかのぼる。
決意といっても、不本意だ。自分の意思ではない。誰だって命は惜しい。でも、勇者として周りには凛々しい姿を見せないといけない。恐怖を感じさせないたくましい表情を演出しないと批判される。
勇者のくせにとか、勇者でしょとか、色々言われてきたからわかる。
ふざけるな。勇者だって人の子だ。怖いときもあれば悲しいときも、怒るときもある。
ただの一般人Aが勇者として一目置かれるようになったのは、勇者確認の儀式があった十歳のとき。そこからの俺は勇者として振る舞わなくてはいけなかった。
荷物を持ったお年寄りがいると運ばなくてはいけない。
いじめがあると仲裁しないといけない。
女性には優しく接しないといけない。
いけない、いけない、いけないぃいいいいい!
周りの目、期待に応えなくてはいけない苦しみ。さっさと勇者という肩書きを下ろしたかった。そんなことを思っているとき、旅立ちの日がきてしまったというわけだ。
もしかしたら魔王に殺されるかもしれない。いや、もっとその手前の魔物で殺されるかも…そう考えると眠れなかった。勇者が殺されても別のやつが勇者として加護を受ける。なんだこの生贄システム、なめてんのか。
ただ、勇者に選ばれたものはスキルを授かることができる。まるで空から降ってきたかのように、神のお告げのようにそのスキルが使えることに気づく。エルのスキル、それは自分のコピーを作り出すことだった。
なんだそれ? そんなの何の役に…いや、待て。
エルは気づいた。
まず、俺のコピーを作る。そして、そのコピーに命令し、勇者を倒してこいと命令。俺はその間、どこかでひっそりと暮らす。そして、コピーが帰ってきたとき、俺とそいつは同化。果たして、勇者を倒した俺が完成するわけだ。
完璧すぎる計画。
俺って天才なんじゃ…と自画自賛。観衆がいたら拍手が起こるレベルだ。
問題は長い間、どこに暮らすかとか、生活費はどうするかとかだが、そのことよりも肝心なことを俺は今から試さなくてはいけない。そう、コピーのスキルだ。
エルはスキルを発動しようと、ベッドに腰かけたまま手のひらを向けた。ちなみにここは自宅の二階の自室で、六畳ほどの広さだ。
えっと…。スキル名はどうするか。「はっ」とかだと味気ないしな。…ええい、そんなものはどうでもいい。
「コピー」
単純明快なスキル名を言った。発動したのか、エルの身体に淡い光が包まれる。そして、目の前に裸の男が出現した。
っていうか、俺だ! 服はコピーできんのか! 自分の裸見るとか嫌だな…。
とりあえず適当に服を着させてあげる。自分では着れないみたいで、手間がかかった。
コピーのエルはボーっとしていた。まるで燃料が切れているかのごとく、生気が感じられない。スイッチがどこかにあるのか? と思うほどだ。顔をまじまじと眺めていると、自分の顔なので変な気分になって目をそらした。
「お前、わかるか? 俺はお前のコピー元。つまりご主人様だ」
「ご…ご主人様…」
「そうだ。俺の言うことは絶対だ。わかったか?」
「ぜ、ぜったい…。ご主人様のいうことはぜったい…」
「ああ。そうだ。今から…いや、明日の朝からだな。お前に重大なことを命令する」
「はい…」
「お前は俺の代わりに魔王を倒してこい。倒してきたら、ここに帰ってくるんだ」
「はい…」
「魔王、わかるか? 平和を脅かす悪いやつだ。まあ、その辺は街の人たちにでも聞くんだな。ところでお前、食事とか大丈夫なのか?」
「はい…。魔力を吸えば半永久的に活動できますので…」
それは好都合…。いや、待て。食事しないとなると怪しまれるな。旅の途中で、こいつがコピー人間だとばれたら厄介だ。俺も一日一食で大丈夫なほど少食だが、その辺りのことを細かくルール化しておくか。
「お前、一日一食は食事をとれ」
「しょ、食事…」
「そうだ。食べ物を口に入れることだ。できるな?」
「はい…」
「一日一食でいいのか? とか聞かれたときは、少食なんですと答えろ」
「少食…なんです」
「うん。あと、睡眠も必要だな」
「睡眠…」
「ああ。人間はな、まあ、人間に限らないが、睡眠は七時間ぐらい必要だ」
「七時間…」
「夜、ちゃんと寝ろよ。寝ているふりをするのでもいい。とにかく、人間のように振る舞うんだ。わかったか?」
「はい…」
無表情なので、こいつ本当に理解しているのかどうか不安になる。それからコピーに色々なことを教えた。買い物をどうするかとか、まずは最初に武器を買ったり、仲間を集めたり、酒場で情報を聞き出せてきなことを、だ。
そんなことをしていたら、朝になった。朝日がカーテンの隙間から部屋の中へ漏れ出てくる。
「よしっ。今から実行だ」
「ご主人様は?」
「当然、俺も一緒に家を出る。とりあえず、お前はここにいろ。母に別れの挨拶をしてくるから」
部屋を出る。一階のキッチンへ行った。母は朝ご飯を調理中だった。
「母さん。もうすぐ俺、旅立つから」
「そうかい。朝ごはんは食べるんだろう?」
「いや、いいよ。すぐ出る。出迎えもいい」
「出迎えもいいって、それはダメよ。息子の晴れ姿、母さんに見してくれないの?」
「い、いや、でも…」
「とにかく! 出発するときは声をかけてちょうだい」
聞かない母だった。まあ、わからんでもない。学校に行くのとはわけが違うからな。
しかし、まいったぞ。あいつを外に待機させておくか? 裏に隠れておいて…。うん。そうするか。
エルは部屋へと戻った。旅の準備などを始める。生活費はどうするかなど、バイトして稼ぐしかない。パジャマから私服に着替え、リュックに色々なものを詰め込んでいく。しばらくは帰ってこれない。いや、こっそり帰ってくることはできるだろうが、バレたらアウトだ。そのリスクを負うことはできない。重要なのはお金だ。王様、母からもらったお金十万ゴールド手元にある。ただ、コピーにも必要だろうから、どう分けるかが悩ましいところだ。
…ところで旅の途中、コピーが死んだらどうなるんだ? というか、こいつ、死ぬことはあるのか?
「おい。お前、死ぬことはあるのか?」
「死…。消滅?」
「そうだ」
「魔力がなければ消滅する」
「刺されても大丈夫なのか?」
「自動修復する」
お前はゾンビか。もうこの時点でかなり強いんだが。
「とにかく、お前絶対消滅するなよ。わかったか?」
「はい」
もし死んだとしたら、その悲報が国を駆け巡り、俺は死んだことになる。そうなると母の元に帰ることはできない。…いや、できるのか? まあ、とにかくかなり面倒くさい展開になりそうなことは確かだ。
となると、こいつにもお金は必要か。う~ん。本当なら八対二ぐらいにしたいところだが、六、四にしておくか。こっちも生活費でこれから大変だしな。あとはリュックも必要だ。
コピーには四万とリュックを背負わせた。そして、先に外に出て、家の裏側で待機するように命じる。勝手口があるほうだ。
「母に見つかるなよ」
「はは?」
「下の階にいるおばさんだ。俺を生んだ女性だよ」
「わかった」
ゆっくりとした足取りで階段を下りていく。そして、ドアが開き、閉じた音がしてホッと胸を撫でおろした。
「よし。俺も行くか」
やや重い荷物を背負い、部屋を出ようとしたところで振り返った。
この部屋に戻るのはいつになるのだろうか…。
そんなことを思うと寂しさがあった。長年過ごしてきた部屋、思い入れがある。
行かなきゃ、な。
エルは意を決し、ドアを閉めた。そして、階段を下りる。キッチンのほうに行き、母に声をかけようとした。が、いなかった。
「母さん?」
勝手口のドアが開き、母が入ってきた。息子の姿を見ると、「わっ!」と驚きの声をあげる。
なんだ? なにをそんなに驚いて…って、まさか。
「な、なんであんたがそこに? あれ? さっきのって…」
先に外出したコピーを見たってことか? し、しまった。
「あ、ああ? なに言ってんだよ。母さん。ぼけたか?」
「いや、ぼけるわけないでしょ。だって、さっきあんた、外にいなかった? 声かけても寝てるんだか起きてるんだか、ボーッとしてて声かけてもなにも反応ないし…」
「いや、それはだな、その…」
とっさのことに焦ったが、嘘を思いつく。
「ス、スキルだよ。そういうの。ほら、テレポートてきな」
「あ、そうなの?」
納得したのか、母の表情が落ちつく。
「そうそう。テレポートで移動したんだ」
「でも、さっきのあんた、すごい顔してたわよ?」
「眠たかったからな。まあ、それは置いておいて、俺、今から旅立つから」
「え? あ、そうなの? じゃあちょっと玄関のほうで待っててちょうだい。すぐに行くわ」
バタバタと慌ただしくエプロンを外す母。その間、エルは玄関で靴をはき、リュックを背負って待機していた。
あ、あぶねえ。あいつの顔、すごい違和感があるんだな。指導しておこう。
母がやってきた。
「それじゃあ、行ってくるよ」
ドアを開ける。
「必ず、帰ってくるのよ」
心配そうな母を見るとなんだか悲しくなる。ただ、まあ、俺は無事なことはほぼ確実だ。心配はいらない。
「ああ」
エルは家を出て、広場のほうへと向かった。後ろを振り返ると、ドアがガチャッと閉まったことを確認後、すぐにUターン。家の裏に回り込み、石像のように突っ立っているコピーに声をかける。
「おい。今から実行だ」
「はい」
「お前、表情なんとかならんのか?」
「表情…」
「笑ったり、怒ったりだ。くれぐれも人の死に遭遇して笑ったりとかするなよ。みんなが笑ってるのに怒ったりするのもな。できれば優しい男になれ」
「はい…」
「周りの人の反応をマネしろ。そうすればじきに慣れてくる」
大丈夫だろうか。ちょっと心配になってきた。だが、こいつの心配よりも自分の心配が先だ。これから一人で生きていかねばならないのだから。しかも、勇者とはバレずに、だ。
「じゃあな。俺は行く。お前も行動しろよ。まずはなにをするのか、覚えているな?」
「酒場で仲間集め。武器購入」
「よし。じゃあ、また会おう。…そうだ。魔王を倒したあと、再会場所は…ここの宿屋だ」
「はい」
こうしてエルはコピーと別れた。
それから三年経ち、現在に至る。魔王を倒したことはすぐに国中に広がり、城下町ではパレードが行われた。エルもこっそりと行き、コピーと仲間たちを眺めた。彼は笑っていた。作り笑いではないことはすぐにわかる。表情も学習したんだろう。仲間は男戦士、女魔法使い、女僧侶の三人。戦士は屈強な筋肉男で、女性二人はどちらも可愛らしかった。みんなから祝福され、美女二人に囲まれている。その光景を見て、軽い嫉妬心を抱いた。
ま、まあいいさ。俺が同化するまでの間、いい気分を味わっておくがいい。
エルは故郷の町、その宿屋の一室に泊まっていた。あのときの約束を覚えているとするならば、彼はここに訪れる…はずだ。
チッチッチッチッチ…。
時計の針の音だけが耳に届く。エルは暑苦しいので、顔を覆っていた布をとった。顔を隠す必要があったので、外出するときはいつもつけていた。それも今日でおさらばだ。肌は日に焼けていた。三年間、外でバイトをしていた。肉体労働だ。人と話すことは少ないが力は使う。そんな職場だった。毎日、毎日、同じことの繰り返しにイライラしていたとき、魔王を倒したという噂が広がってきた。
この労働から解放される、そう思うと嬉しさがこみ上げてきた。
それにしても遅いな。時間指定してなかったのがまずかったか。いや、待てよ。もしかして忘れてる? …いやいやいや。ご主人様の命令は絶対だ。忘れるなんてことはない。現に、俺の命令通りに魔王を倒した。だから約束を破ることなんてしないはずだ。
とうとう、夜になった。
今日一日だけ待ってみて、様子をみるか。本当に忘れていたのだとしたら、直接会いにいくってことも考えないと…。
そんなとき、コンコンとドアがノックされた。
「は、はいっ!」
緊張で、声が裏返った。久しぶりの再会。こっちが緊張してしまう。
ドアが開く。そこにいたのは、俺だった。鎧や武器の装備はなく、長袖長ズボンの私服だ。ただ、表情はどこか硬い。パレードで見たあの喜びに満ちた表情はそこにはなかった。
「約束通り、きたな」
「…」
コピーは黙っていた。イスに座らず、立ったままだ。
「よくやった。魔王を倒してくれたこと、感謝する」
「…」
「それでだ。ここに来た理由、お前わかってるな? 俺と同化することだ。お前は複製。子は親の元へ戻る必要がある。近くへこい」
コピーは命令に従わず、その場にいた。そして口を開き、はっきりとした口調でこう言ったのだった。
「断る」
俺のコピーに命令し、三年後に会ったら最強になってた kiki @satoshiman
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