deep in me
相手の体で好きなところを挙げろと言われたら、絶対に欠かせない部位がある。
初音は目元がそんなに綺麗じゃない。本人は一重瞼が密かにコンプレックスらしい。首筋は、女性としては極めて珍しいと思うのだけど、少し喉仏が出ているように見える。筋張っていて男の子みたいな体つき。一転して、デコルテの下からはとても女らしい。胸は確かに小ぶりだけど、肋骨から脇腹にかけての柔らかさなんて今まで見た中でいちばん綺麗だ。くびれだってしっかりとなだらかなカーブを描いているし、骨盤はそんなに大きくないけどお尻にかけては少しだけ肉付きがいい。体の中で最も柔らかい箇所。
何せ2年間、1日たりとも欠かさず観察してきた。私の彼女への並々ならない執着はとてもじゃないが、言語化できない。気持ち悪くて結構、自覚はある。問題なし。
話を元に戻すと、そんな魅力だらけの初音の体の中で、私を最も幸せにするのが指だった。
ベーシストの指っていうのは、特別だ。ギターに比べて格段に太い弦を押さえ、暴れる低音を使いこなす彼女らの指は、しなやかな見た目に反して相当力強いし、曲げたい方向に曲げることができる。何を言ってるかわからないと思うけど、関節の曲がる向きが多少無茶だったりしても十分な力を込めることができるし、もちろん第一関節だけ曲げることもできる。体質によっては一般人でもできるらしいけど、初音は別に右手の第一関節を曲げることはできない。左手だけだ。弦を押さえる方の手が、弦を押さえるためだけに進化した。私はそう思っている。
「ん」
散々キスをした後で、キスだけで終わらせたくない夜は、その指先を口に含む。初めは爪に唇を重ねるだけ。握りしめる手からだんだん力が抜けてきたら、音を立てて唇に含む。舐めるのはさらに後で、指の腹をそっと舌先で掠める。
弦を押さえ続けた左手の指の腹は分厚い。擦って、皮がむけてを繰り返しているうちにこんな手になったのだという。肉体労働者みたいだ。そういうと笑っていたけど、間違っても女の手ではない。
舌で軽くふやけるほど舐め続けたら、次に軽く吸ってみる。あんまり強く吸うと鬱血してしまうから、たまに息を吸いながらやんわりと。まだ奥へは入ってこない。歯で軽く噛んだりしながら、初音の反応を見る。
「んー……」
「どうしたん」
「んん」
涼しい顔をしている。人の口の中に指を突っ込んで、その顔はなんだと聞きたくなるけど、彼女の無表情は今に始まった事ではない。噛んだら怒られるから、歯を立てるのも力を込めず、慎重に。まだ初音のスイッチが入っていないから、ここは急いてはいけない。
「言いたいことはあろうが、口埋まっとるものね」
舌の中央をやんわりと押さえられる。まだ痛くはないし、力を込められてもいない。私は舌を少しでも動かして抵抗しようとしたけど、なかなかのたうちまわるばかりで不自由だった。
「熱いねえ、舌」
初音の薬指がまるで楔のように私の舌を押さえる。でもまだ浅いところを押さえているから唾液で滑ってしまって、ずるん、と舌が蠢いた。初音の指をぐるりと舐め上げてしまって、初音の眉が一瞬、寄った。
「じっとしとれんし」
中指が割って入ってくる。舌を上下で器用に挟み込んで、完全に私の舌を掌握する。何がきっかけかは知らないが、少し機嫌を損ねたらしい。篭る力が少し大人気ないからすぐわかる。
うねるように上下させようとしたけど、できなかったから唇でしゃぶった。まるでアイスキャンディーを舐るように、はくはくと唇を動かして懸命に、食べるように動く。無力な、何もできない、私の中の被虐心に火をつけられる。こうなると、初音の思うツボだった。
「どうした? 苦しそうじゃね」
こくこく、と頷くと満足げに目が細められる。どこかへ飛んでしまっているのは私だけではない。
「でもたかだか指2本じゃろ」
もう1本、今度は人差し指。ああ、いちばん硬い指の腹が、上顎の内側を擦る。決して強くない、でも弱くもない力で、舌と口蓋を同時に責め立てられる。口の中は粘膜だ。性感帯だっていっぱいある。そんな中に、強靭な彼女の指を迎え入れてしまっては、正気ではいられない。とてもじゃないが。
「普段みたいな気取った顔できんことなっとるよ、多喜」
「ふ……」
「涎、服汚すで。こないだ買うたばっかりじゃ、言いよったね」
親指で涎を拭う。そして緩慢な所作で、長い指たちが私の口内を休む間も無く愛撫する。何がこんなに気持ちよくて、何に乱されているのかわからない。
頭がぼーっとする。そして美味しいと思う。人の指を。猟奇的だ。
「多喜。顎引かんで、噛んだら許さんけえ」
「んん」
「ええ子」
右手で私の頭を撫でる。蕩けた目の焦点の先に、同じように蕩けた目がある。冷たいように見えて上気した頰は、私のあられもない姿に釘付けになっていた。見られてる、初音に、こんな姿を見られている。服なんて一枚も脱いでないのに、どこも触られていないのに、既に息は上がって呼吸さえままならない。下着だってきっと、大変なことになっているだろう。スカートの中身を気にしたら負けだ。
「綺麗にしてくれるん」
初音の指に絡んだ粘度の高い唾液を綺麗に舐めとり、ごくんと喉を鳴らす。これは奉仕だ。だから褒めてもらえると嬉しい。最後に唇を親指でなぞりながら初音の手が離れていく。名残惜しい、美味しい手。でも結局、口から離れたからといって、僻むことはない。
「もう出来上がっとるんじゃろ?」
「や、やだ、言わんで、そう言うの」
「欲しいて、言われとるみたいなが」
ここ、と初音の右手が私の下腹部を撫でる。そこの奥にあるところを意識しろと命じるように、何度も何度も往来した。微かな熱を持つ指先が煽るので、私はまた膝を内側に擦り合わせて耐えるしかなかった。
「入れてええ?」
許可なんて求めてないくせに、訊くようなていをとるのはなんの嫌がらせなのだろう。私は泣きそうになりながら頷いた。初音の長い指がもう少し、そこから少し下に降りてきて、スカートの裾から分入ってくれることを期待して頭がいっぱいになっている。分け入るように下腹部を撫でる。次第に初音の息も荒くなっている。不思議だ、私まだ何も触ってないのに。
「なんで」
「ん?」
下腹部を撫でながら、さっきまで暴れていた左手が私の頬を甘くつまんだ。
「この口が喧しいけえね、声に出さんだけで」
甘く宥めるようなキスで始まり、舌を絡めてからは、先ほどの指のように複雑に動く。
左手の指は、私の声の在り処をよく知っていた。目を閉じるのも怖いほどの大きな悦楽に向けて背筋の下が甘く震える。暴いて、奪って、欲しい。初めてでもないから、そんなことはいちいち言わないながら、いつだってその思いは変わってこなかった。
初音のよく動く舌を口内で感じながら、私は頭の奥のぼうっとした感覚が全身に広がって、少しずつ、少しずつ殺されていくのが嬉しいと思った。
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