第53話 シャンカイ


 このビルの基部は下の地盤に対してはわずかばかりの杭が打ち込まれその上に鉄筋コンクリートでビルの土台としているようだ。この土台でビルのすべての荷重を支えているわけだ。要するにビルの土台となっている鉄筋コンクリートを壊してしまえば、荷重を支えるものが無くなり、ビルそのものが地面に沈み込んでいくだろう。もちろんまっすぐに沈み込むことはない。1メートルも不等沈下してビルが傾けばこのビルは持たないんじゃないか。


 さっそく実験開始だ。俺のアイテムボックスの容量はかなり大きいからいけるだろう。


『収納』


 ビルの土台の下、縦50メートル×横50メートル×厚さ10メートルの土砂を収納してやった。


 ほう。これくらいでは何ともないらしい。それじゃあと3個、同じ大きさで土砂を収納。これで合わせて100メートル×100メートル×10メートルの空間が土台の下に出来上がった。


 来た、来た、来た。


 足元で小さな振動を感じる。ちょっとずつだが土台のコンクリートにヒビが入ってきたか? 


 ゴゴゴ……。


 今度は地鳴りのような低音と、かなりの振動があった。


 物がこすれあうような、割れるような複雑な音が近くでしたかと思ったら、目の前の床に大きな亀裂が走っている。いままで部屋の中を照らしていた青みがかった照明が消え辺りは真っ暗になった。ギシ、ギシとキャビネットを固定していた金具が軋む音がする。


 ビシッ!


 という金属の破断音に続き、何個かキャビネットが床に倒れる音が響いた。天井にも亀裂が走り破片が落ち始めた。床も傾き、たわみ始めている。そろそろここから退散して特等席からビルの崩壊を見物するとしよう。



 いったん地下室からビルの外に出た俺は、近くに目に付いた高層ビルのてっぺんに『転移』で移動して、ビルの崩壊するさまを高い場所から見物することにした。この高さだと風が強いがちょうどアンテナのような物が立っていたので、そこに摑まって様子を見ている。


 前方のビルの1階の出入り口からは自分たちのビルの異変に気付いた人間がわらわらと走り出て逃げまどっている。無秩序に人間が拡がっていく様を蜘蛛の子を散らしたようだとはよく言ったものだ。そのせいかは分からないが、前の道を走る車同士がぶつかったようで道路では渋滞も始り、ビルの前は自動車で埋まって来た。


 これからぶっ壊れるビルの近くでうだうだやってるとどうなっても知らんぞ。


 鋼材の枠組みを積み重ねただけのビルの一番外側の部分が外壁と一緒にビルから剥がれ落ちて粉塵が大きく吹き上がった。露わになったビルの断面から各フロアにまだそれなりの人数がいることがうかがえる。エレベーターも動かないだろうし今見えている連中はもう助からないだろう。


 今度は、さっき一部が剥がれ落ちた面とは反対の方向にビルが傾き始めた。外壁の破片をぼとぼと道路に落としながらビルが折れ曲がっていく。ガラスの破片がキラキラ輝きながら下に落ちていくのだが、その破片1つでも人に当たれば当たったところはバッサリ切れる。まさに凶器だ。そんなものが無数にばら撒かれているわけだ。


 とうとう、ビルの先端部分が隣のビルに衝突しそのまま突き刺さってしまった。大きな破片が下の道路にも落下し、その中のいくつかが路上の車に直撃したようで何台も車がぺちゃんこになった。漏れ出たガソリンにでも引火したのか火を噴いている車も見える。この距離だと下の連中の悲鳴は聞こえないがおそらく阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図のはずだ。


 ビルの先端部分が隣のビルに突き刺さって荷重が分散されたおかげか、これ以上は崩壊は進まず、何とも無様に折れ曲がった高層ビルと、とばっちりビルが出来上がってしまった。どちらのビルももう駄目だろう。十分楽しめたし、そろそろ事務所に帰るか。


 ドドドドー、ゴゴゴゴー


 事務所にそろそろ帰ろうと『転移』しかけたところで、腹に響く重低音が轟いた。折れたビルを抱きかかえていたビルがその重さに負けて、下から座屈崩壊が進み、崩落を始めたようだ。


 吹き上がる粉塵。もちろん折れた方のビルもただではすまず一緒に崩壊していった。ニューヨークのように高層ビルが林立していれば高層ビルの将棋倒しが見れたかもしれないのに、おしいことをした。


『どうも、地震の少ないところの建物はもろくてかなわんな。これじゃあ、上海シャンハイじゃなくてシャン壊シャンカイだ』


 俺の率直な感想である。


 アイテムボックスの中に土砂を入れておいても邪魔なだけなので、粉塵で何も見えなくなった2棟のビルの崩壊現場の真ん中あたりに、さっき抜き取った10万立方メートルの土砂を排出しておいた。本当は火葬したかったが、土砂はかなりの水けを含んでいたから崩壊現場から出火することはないだろう。


 大騒動になるだろうが、所詮大陸のこと。


 前回のサヨナラは何だっけな? 再見だったっけ? もうこんなところに来ないだろうから、再見はないな。


『じゃあな』。日本人ならこれでいいか。



◇◇◇◇◇◇


「中川、ただいま」


「あら、霧谷くん。お帰りなさい」


「留守中なにかあったか?」


「仕事の方は何もなかったわ。その代わりシャンハイが大変なことになってるみたいよ。今ネットで流れてたんだけど、超高層ビルが2棟も同時に倒壊したって、動画もあるから見てみる?」


「いや、もう見なくていい。この近辺でここんとこビルが倒れているから何かと建築基準がどうとかの話が流れてたけど、超高層ビル2棟が同時に倒れるとは大陸の方はスケールがでかいな」


「もう見なくていいって、霧谷くんもこの動画見てるの? やっぱりといってはいけないけれど、大陸の方は建物がもろいのかしら」


「脆いな」


「妙に実感がこもってるわね。何かあったの?」


「ちょっと胸糞展開があったんだが最後はそこそこ楽しめた」


「???」


「ま、気にするな。昼は過ぎてしまっているけど、もう昼は済ませたか?」


「これから、食べに行こうと思ってたところ」


「俺もまだだから、一緒に食べに行くか?」


「そうね、今日は何にしようかしら」



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