第52話 ちょっとシャンハイまで


 土曜日。


 喫茶店の名前も決まったし、前日の学校帰り適当に看板を発注しておいた。うちの家族が喫茶店の看板を見たら何か考えるかも知れないが、まさか俺がオーナーだとは想像もしないだろう。


 朝の早い時間に森本のおっちゃんからの連絡で、森本興業で使っている税理士が事務所にやって来るそうだ。


 おっちゃんの電話から30分ほどしてやって来た税理士はちゃんとスーツを着てまさにビジネスマンといった感じだったが、そもそもちゃんとしたビジネスマンなんだから当たり前か。


「どうぞ」


 挨拶の後、ソファーに座っている俺たちに、中川が気を利かせてお盆に載せた緑茶を持って来てくれた。


 まず、税理士さんに会社を作った場合のメリット、デメリットなどを聞かされたが、特に問題はなさそうなので話を進めることにした。


 結局俺の方で必要となる書類は全部税理士の方で揃えてくれるそうで、最後に金さえ払えばいいらしい。今後の1か月当たり数万の顧問料と決算時の特別顧問料を支払う契約を結ぶことで帳簿類の作業を任せることができるそうだ。今回の会社設立の費用は顧問契約を会社設立時と同時に結ぶのでサービスということになった。


 まあ、その分顧問料が上乗せになるのだろうがどうってことはない。10日ほどで事務作業は登記も含めて完了するということだが、この先連休もあるので、結局連休明けに俺の会社が出来るらしい。


 もちろん会社の登記名は『KIRI-YA』だ。そして、俺が代表取締役社長ということになる。そんなものは自称だから何でもいいか。なんなら、今どきの会社みたいにCEOシーイーオーとか名乗ってみるか。


 資本金については取り敢えず100万としておいた。俺は当初から運転資金以上に収益が上がると見ているので資本金の多寡は問題ないだろうし、社長一人の全額出資なので適当でいいと思うのだが、元手として適当な金額を会社名義ででき上がる銀行口座に入れておかなくてはならないらしい。


 100万程度の金を持ち逃げされることもないだろうと思いその場で税理士さんに100万の札束を渡して「適当にやってくれ」と言ったら最初は嫌がられたが、結局引き受けてくれた。


「よろしくお願いします」


「おまかせください。それでは失礼します」


 これで、俺も本当に学生起業家になるわけだ。




 今日は他にやることもないし、シャンハイにいる蜘蛛も回収したい。そろそろ、大陸の連中に対して決着をつけようと思い立ち、日帰りだがシャンハイ旅行としゃれこむことにした。


 かの国の通貨は持っていないが、買い物をするにしてもクレジットカードがあれば何とかなるだろう。だめなら今回乗り込む高層ビルで、そこらに落ちているものを拾っていけばいいだけだ。どうせビルごと壊れるんだから、俺が有効利用してやっても問題ないだろう。


「中川、ちょっと一仕事してくるから、適当にやっていてくれ」


 返事を待たずに『ステルス』からの戦闘服への早着替え、そして蜘蛛のいるシャンハイのビルの前に『転移』


 でかいな。見上げた先にあるこの高層ビルが連中の本拠地だとすると、何か表の顔が有るのかもしれないがどうでもいいか。


 さて、まずは蜘蛛を回収するとしよう。今蜘蛛のいるところはこのビルの地下で何かの資料室のようだ。


『転移』


 なんだ? この部屋は。


 妙に肌寒い部屋だ。壁や天井はステンレスのような金属で出来ていて、青白い照明で照らされている。部屋の中には、俺の胸くらいの高さで同じくステンレス製のようなキャビネットが何列も並んでいた。


 蜘蛛はどういった経緯でこんな部屋に入り込んだのだかわからないが、キャビネットの隅から出て来たところを回収した。これでこの部屋にはもう用はないのでここから出ていこうとしたのだが、どうもこの部屋が気になる。


 並んだキャビネットの中に何が入っているのか気にもなる。目の前のキャビネットにはラベルが付いていて『肝』と書いてある。キャビネットは4段の引き出し式で、それぞれの引き出しの取っ手の脇に暗証番号を入れる文字盤が付いていた。


 部屋の中に並んだキャビネットを1つ1つ見ていくと、そこに貼られたラベルには『肾脏』、『心』、『眼球』。こんなのが並んでいた。まさか、ここにあるのは、人の臓器じゃあるまいな。


 中身を確かめるべく、アイテムボックスからスティンガーを取り出し、『肝』と書かれたキャビネットの一番上の段の引き出しの文字盤に刃先を突っ込んでこねくり回してやったら錠が壊れたようで、引き出しがゆっくり手前にせり出て来た。


 引き出しから白い冷気が立ち昇り、中にクーラーボックスのような箱が4個ほど並んでいた。適当に1つの箱の蓋を開けると、厚手のビニールにくるまれた赤黒い肉塊が入っている。他の3個のクーラーボックスにも同じような肉塊が入っていた。


 『肾脏』とラベルの貼られたキャビネットも開けてみたところ、同じようにクーラーボックスが並んでいて、その中に小ぶりな肉塊が入っている。これは、腎臓か?


 また別のキャビネット、これは、心臓だ。


 ……こっちのは、…‥‥。


 こいつはどう見ても臓器販売用の臓器だ。そして、ここは販売用臓器の倉庫だ。


 この引き出しの中に並んだこの瓶の中に入っているのは何だ? つい最近この引き出しに入れられたのか表面のガラスが曇っていない瓶を引き抜いて中を覗くと2つ目玉が何かの不凍液の中に浸かっていた。


 あれ? この目ん玉、どこかで見たことが有る。記憶をたどっていく……


 これは、あの倉庫の中にいたドジョウ髭の目ん玉だ。変わり果てたものだ。損失の償いにわが身を差し出すことになったわけか。哀れなもんだ。まあ、なんだ、ドジョウ髭のおっさんの仇を取る気はないが、仇を取ってやることになってしまうな。感謝しろよドジョウ髭。


 この部屋にある臓器をどこかに売り捌くことが出来れば、それなりの大金になるのだろうが俺でもそれはできんな。もうしばらくしたら、ここを瓦礫の山にしてやるからそれを墓標にして安らかに眠ってくれ。


 日本に帰還して以来、物は壊しても、極力死人は出さないようにと心がけていたがもうやめた。人を人と思っていない連中だ。こいつらのことを気にかけてやる必要はない。


 さーて、このビルはどんな感じで作られているのかな。


 自壊したような感じで壊したいので目を凝らしてビルの構造を把握していく。日本のビルと比べ思った以上にもろそうだ。単純に同じ大きさの鋼材を組み合わせて枠組みを作ってそれを積み重ねて行っただけのビルだった。これでは積み木と一緒だ。ジェン〇以下だ。


 今いる場所は地下5階のようでこのビルの最深部だ。ビルそのものは地上50階を超えた超高層ビルのようだ。こんなビルを犯罪組織が使ってるわけだ。このビルの中には犯罪組織に無関係なテナントも入っているかもしれないが、これから起こることは天災と思ってあきらめてもらおう。






[あとがき]

会社設立については想像ですので、ご容赦ください。

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