第33話 選びな


 事務所の目途も立った。後は中川がOKしてくれればいいだけだ。できれば一緒に事務所に行って必要な物を確認したいが、本人次第なのでそれはおいておこう。


 次の日の学校も終わり、前日同様、村田と中川と3人で帰宅した。中川はまだ迷っているようで、OKだとは言ってこない。


 最寄り駅で村田と中川と別れ、日曜の仕事の漏れをきっちり片付けることにした。


 金村建設の影山正文に更地か悪夢か選ばせるつもりだ。


 ヤツの居場所は蜘蛛を取り付けていた関係ですぐわかった。どうやら、浪岡町の叔父さんの家を囲むマンション建設現場にあった仮設のプレハブ事務所の中にいるらしい。


『ステルス』からの『転移』で蜘蛛を頼りに転移して、そのまま早着替えでフルフェイスのメット付き戦闘服姿になる。


 今日は作業が中断しているらしく作業員たちの姿は現場には見えない。音を立てないよう事務所のドアを開けて中に入ると、1階にはだれもいないようなので、階段で2階に上がった。


 影山は、偉そうに1番奥の工事の進捗しんちょくと予定を書いた白板の前の座席にふんぞり返ってどこかに電話していた。自社ビル1棟が使用不可になったんだ、工事中やこれから工事するための図面や申請書類なんかもすぐには取り出せないだろう。どこかのバックアップサイトにでも保管していたのなら事業が継続出来るがろうが、そうでなかったらあの会社は仕事が長期間ストップする。


 いつ崩れるかわからないビルだ、書類や大切な物品を回収するには専門の業者でも雇うしかないだろう。そんな専門業者がいるかどうかは知らないけどな。



 影山一人しか事務所にいないことを確認して、俺は『ステルス』を解いて影山の目の前で姿を現した。


 影山が、目をいて急に現れた黒ずくめの俺を見るので、影山の左手をつかんで持ったいた受話器を電話に優しく置いてやった。


 おいおい抵抗すると手首が曲がっちゃいけない方向に曲がっちゃうぞ。


「だ、誰だ!」


「誰でもいいだろ、お前のやったことのお返しに来ただけだ」


「何を言ってる? 俺が何をしたって言うんだ?」


「おまえが花菱組を使って目の前の一軒家にトラックを突っ込ませたんだろう。忘れたのか?」


「俺は何も知らん。お前が何を言っているのか全くわからない」


「そうかい、忘れたのなら仕方ない。思い出させるためにひと手間俺にかけさせるわけだ。そいつはお前にとってかなり高くつくと思うぜ」


 そういいながら、アイテムボックスからヒールポーション(中)を取り出した。


「これはな、なんかの拍子に指が取れても、取れた指を元の場所にくっつけて上からこれを振りかければ元通りになるんだ。どうだい、すごいだろ。

 おいおい、蒼い顔すんなよ、あんたは人を殺しかけたんだぜ。指の4、5本で済むなら安いもんだろ?」


 おっさんが俺から逃げようともがくが、がっちり左手を掴まれているせいで逃げられない。トカゲの尻尾なら肘から先を外して逃げられたのに残念だったな。


 こら、あんまりガタガタしてるとほんとに手首が折れちゃうぞ。


 事務所の中に血だまりなんかが出来てしまうと面倒ごとになるので例の廃屋に『転移』


 拉致った影山をいつものスチール椅子に座らせようとしたら、前回蹴っ飛ばしてひん曲がったまま転がっていた。


 仕方ないので、そのままコンクリートの床に影山を放り出し、


「言っとくが、おしっこ漏らすなよ」


 真っ黒いダガーナイフをアイテムボックスから取り出し、影山が反応する前に、左手の小指を付け根から切り離してやった。赤い血がどくどくと流れ出る。


 黒曜石のダガーナイフ、スティンガーは切れ味がいいからそれほど痛くなかったと思うが、今ので影山が気を失ったようだ。ある程度、血の出る勢いが減ったところでちょん切った小指を元の場所にくっ付けてヒールポーション(中)を半分ほど振りかけてやったら、傷口から湧き出てくる血と混ざったポーションが一瞬淡く光った。これで指は元通り。


「おい、おっさん、起きろよ」


 ぺちぺちおっさんの頬を叩いていたら、やっと目が覚めたようだ。どうもこのおっさんは、根っから柔な体をしてるようで、軽く頬を叩いただけなのに鼻血を垂らし始めた。


「う、ううっ。 ゴホッ、ゴホッ、……」


 ようやくお目覚めのようだ。鼻血が喉に入ったのか今度はむせて咳込み始めてしまった。難儀なんぎなおっさんだ。


「おーい! それで、自分が何をしたのか思い出したのか?」


 影山が這って俺から逃げようとするので、スティンガーを革靴の上からコンクリートの床まで貫通させて縫い留めてやった。


「ひー、ひー。たっ、助けてくれ!」


「だから、お前のやったことを思い出したかって聞いてるんだろ? もう一手間かけないといけないのかな?」


 ぶんぶん頭を振っている。もう一手間かけて欲しいのかどうかよくは分からないがきっと思い出したんだろう。口が有るんだからちゃんと口で言ってくれないともう一手間かけることになるだろうが。


 どうも、このおっさんは痛いのが苦手らしい。悪夢を選んだ場合、メニューは「蟲」をイメージしてたんだが、「痛い痛い」にメニューを差し替えもありだな。


「思い出したなら、分かるだろ。選びな、更地か、悪夢かを。そしたら解放してやるよ」


 俺の言っていることが、ちゃんと理解できていないらしい。


「更地を選べばお前の家が無くなるだけだ、花菱組のビルのこと知ってるだろ? あんな感じだ。お前の家がどこにあるのか教えてくれればすぐに終わるぞ。もう一つの選択肢の悪夢は怖い夢を見るだけだ。それだとお前の財産に指一本触れない。これは約束しよう。さあ、もう一度聞く。

……、選びな、更地か、悪夢かを」


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