第34話 更地か、悪夢かを
「さあ、もう一度聞く。選びな、更地か、悪夢かを」
「悪夢が何だかは分からんが、悪夢を選べば俺のものに手を出さないんだな?」
「ああ、言った通り約束する。それじゃあ悪夢でいいんだな」
影山が頷いた。足がよほど痛いのか顔をしかめている。
「悪夢を見せる前にお前の足を治しておいてやろう」
コンクリートに影山の足を縫い留めたスティンガーを引き抜いた。おいおい、ナイフを引っこ抜いた程度でそんなに痛がるなよ。太い血管は切れていなかったようでそんなに出血していないように見える。それでも靴の中は血で一杯だろう。
ヒールポーションの残った半分を振りかけてやった。現実に過大な痛みを感じていると、気絶してしまって『フェイタル・イリュージョン』の効きが悪くなるかもしれないからな。
青ざめた顔の影山の頭に右手をそえ、
「フェイタル・イリュージョン」
夢の世界で十分反省してくれ。まあ、無理だと思うがな。
◇◇◇◇◇◇
俺の名前は影山正文。中堅建設会社、金村建設の社長室で課長をしている。今まで会社のため
今俺は、ジャングルのようなところで、右も左もわからず突っ立ている。遠くの方で、鳥だか猿だかわからないが奇声が響いている。この感じは、いつか見たドキュメンタリーのジャングルそのものだ。幸いスーツを着ているので、蚊などは露出した手と顔に気を配ればいい。
キーー! バサバサバサ。
ジャングルの中でいろいろな音が聞こえてくる。
今俺がいるところは
痛い!
ズボンの中で右足のスネ辺り急にぴりっと痛みを感じた。何かいるのか?
ズボンをまくってスネを見ると大きな顎をした蟻が噛みついている。手で払ったら顎の付いた頭部を残して胴体から下が飛んで行った。噛まれたところから少し血が出てきたようだ。
ポトッ!
うわっ! なにかが首筋に落ちてきた。首筋を触るとぬめぬめしたなにかがくっ付いている。慌てて指で引っ張ったところ、首の皮膚に先端がくっ付いているようで、伸びはするが引きはがせない。これはヒル?
ヒルにはタバコの火を押し付ければいいとどこかで聞いたことがある。あわててタバコをポケットから取り出しライターで火を点け恐る恐る火のついた先端をヒルに押し付けた。
ジュ。
そんな音がして、ヒルが首から外れ地面に落ちて丸くなった。その丸くなったヒルを革靴で踏みにじる。潰れたヒルから真っ赤な汁が出て来た。ヒルに噛まれた跡が思った以上に痛い。手をやってヒルに噛まれた跡を調べてみると指先にべっとり血が付いている。
ポトッ! ポトッ!
ポトッ、ポトッ、ポトッ、…‥‥
無数のヒルが落ちてきた。
首から、足から痛みが走る。頬にも痛みが走る。
先ほど火を点けたタバコは最初にヒルに押し付けた時に消えてしまったようだ。焦って、体に取り付いたヒルを引きはがそうとしたが指も滑るし、カミツキが強く引きはがすことが出来ない。
こんどは腹の辺りから激痛が走った。慌ててワイシャツのボタンを外して中を見ると、下着のシャツまで食い破ったヒルが腹の中に潜り込もうとすでに半分くらいからだが中に入っている。もう、下着もワイシャツも自分の血でべちょべちょだ。
ポトッ! ポトッ!
血の匂いに誘われ、ヒルが集まって来たのか、まだまだ頭の上から降ってくる。
痛い! 痛い! 体中に激痛が走る。体の中で何かが動いている。
誰か、誰か助けてくれ! 余りの痛さに立っていることが出来ず、うずくまってしまいそのまま倒れてしまった。
痛さと失血の中で、少しずつ気が遠くなってきている。自分の腹を見ると不自然に膨らんで凸凹になった部分がうごめいている。俺は生きたままヒルに喰われているのか? 助けてくれー、……。
俺の名前は影山正文。中堅建設会社、金村建設の社長室で課長をしている。さっき俺はヒルに喰われて死んだはずだが今は何ともない。その代り、さっきと同じ、ジャングルの中で突っ立ている。
キーー! キキーー! バサバサバサ。
足元を見ると、30センチもないすぐそばに緑色に濁った川がゆっくり流れている。
ズボンの中で右足のスネ辺り急にひりっと痛く感じた。何かいる。
ズボンをまくってスネを見ると今度も大きな顎をした蟻が噛みついている。同じように手で払ったら噛みついた顎の付いた頭を残して胴体から下が飛んで行った。噛まれたところから少し血が出てきたようだ。指先で残った頭をつまんで、噛みついた顎を足から取ろうと引っ張ったら傷口が広がり出血が止まらなくなってしまった。大した傷ではないが地味に痛い。
どこに行けばいいのかわからないが、いま立っている場所は足元が悪い。少し川から離れた方が良いだろう。
川から離れようと手を伸ばして木の枝からぶら下がった蔦を掴んだところ、気味の悪いぬるっとした感触があった。慌てて手を引いた拍子にバランスを崩し、足が滑ってしまった。
うつぶせに倒れ、手をついたと思った地面が動いた。何だ? 今のは何だったんだ? 滑った拍子にすぐそばを流れる川に靴が入ったようで革靴の中に水が入って来た。
なんとか恐る恐る立ち上がろうとしたが、何かが足に絡みつき俺を引っ張ってズルズルと川に引き込もうとしている。何とか川に引き込まれないよう両手で突っ張りながら後ろを見るとヘビが川の中から俺の両足に絡みついて鎌首を上げている。
牙はないようなので毒蛇ではなさそうだ。そいつが俺を川に引きずり込もうとしているようだ。しかもすごい力で足を締め付けている。その力がだんだん強くなってきて、余りの締め付けに骨が
ボキッ!
激痛とともに変な音がした。足首とむこうずねが折れたようだ。あまりの痛さに突っ張っていた手の力が抜けてしまいそのまま俺は川の中に引きずり込まれてしまった。濁った川の水が肺の中に入って来て水の中でむせさらに苦しくなる。
そのとき、顔から首から手から足から、要するに露出している部分全部から激痛が走った。喰われている。俺は何かに喰われている。あまりの痛さに悲鳴を上げたが水の中で声にはならない。
5分ほどいい夢を見せてやった。いい経験をしたようで、顔がげっそりやせ細り、この前のおっさん同様ぴくぴくしている。これで妙なことをする気力はなくなったんじゃないか? 将来の犯罪を未然に防ぐ。これこそ社会貢献ではなかろうか。
影山をそのまま放っておいて廃屋を出ると、てっきり廃車になっていたと思っていたあの黒塗りのワゴン車が置いてあった。
あれ? 砂糖じゃ車はダメになんなかったのか? てっきり廃車になったかと思っていた。最近の車は丈夫みたいだ。
前回入れた砂糖はうまくエンジンまで行かなかったようだ。それならガソリンに砂糖を適量溶かせばいいわけだ。液体洗剤にメイプルシロップで作った特上カクテルを今後の為に作っておこうじゃないか。タンクに入れたら良く溶けるよう少し攪拌してやろう。今回は勘弁しといてやる。ありがたく思えよ。今度見つけたらきっちり壊しといてやるからな。
[あとがき]
燃料タンクに砂糖を入れてもフィルターが有るので当初の目的達成は難しいとのご指摘を受け、急遽代替案を考えました。この方式ですと確実に自動車の……ゲフン、ゲフン。何でもありません。良い子はマネしちゃだめだぞ。
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