第32話 どれ事務所でも
3人で最寄り駅を出たのだが、村田は何を遠慮したのか一人で帰って行った。
俺と中川とで駅前のスタ〇に入って注文した飲み物を持って、人の少なそうな奥の席に座った。もちろん、自分の分は自分で払うという中川をおさえて俺がコーヒー代を払っている。
「霧谷くん、私を一生雇うってどういうこと? はっきり言ってくれるかな」
中川のヤツ、熱でもあるのか? 顔が赤いぞ。
「文字通り俺が中川の雇い主になって中川が俺の為に仕事をするってことさ。当面の仕事の内容は土日の週二日、電話番と物品の受け渡しだ。いや、受けはないから金を貰ったら品物を渡すことだけだ。その品物も基本重くはない。電話番をしている合間は、遊んでいようが、勉強していようが自由に過ごしていていい。そうだな、高校生なんだし、本棚とか勉強机を用意してやろう」
「え、えっ! そっ、そうなの?」
「ああ、そういうことだ。俺の仕事をするということは、いずれ俺の魔法以外の秘密を知ることになるだろ? 一時しのぎの雇用だと、その後でよそで言いふらされる可能性が有るからな。だから一生と言ったわけだ。もちろん仕事をしてもらった分の対価は支払うぞ」
「ふうん。そうなんだ。……、それで、品物って何なの?」
あれ、なんだか中川の
「さっき話していたポーションだ。いまは俺がお得意さんのところに出向いて
中川を見ると、なんだか意味不明な顔をしている。意外と表情の豊かな女の子だ。見ている分には面白い。
ああそうか、いくら何でも時給1000円だとちょっと安いか。それに、タイムレコーダーを用意してそれで時間を計算するのも面倒だから日給制にするか? いや、これも面倒か。それじゃあ月給でいいか。どうせ、金ならこれからいくらでも稼げるし、税金は払う予定もないから適当でいいし。
「時給制だと、払うのもめんどくさそうだから月給制にしよう。1日1万見当で月30万でどうだ? 土日の週2回朝9時から夕方5時までの勤務時間で月30万なら悪くないだろ?」
「霧谷君、あなた、高校生のくせに何をバカなことを言ってるの?」
あらら、中川は俺が冗談を言っていると思っているみたいだ。
「中川、別に俺は冗談を言っているつもりはないぞ」
そう言って、100万円の束が10個積み重なった1000万の万札ブロックをアイテムボックスから取り出して中川の目の前に置いてやった。ついでに、先ほど電車の中で話していたエリクシールの白く輝くポーション瓶も1本出してやった。
「金なら、十分持っている。それでそのガラス瓶に入っているのがエリクシールだ。信じる気になったか?」
中川が、エリクシールを食い入るように見つめて、おそるおそる瓶を手に取り顔に近づけた。エリクシールは小さな瓶の中で白く輝きながらうごめいている。
俺は白く輝くエリクシールに照らされた中川の指先が白くて細いことに驚いた。
エリクシールを中川から受け取り、
「返事はそのうちでいい。できれば今週中がありがたいが、その気になったら言ってくれ」
ミルクの大量に入ったコーヒーを飲み終え、俺達は店で分かれた。
いちおう、中川も考えることがあるのだろう。中川がOKしてくれなくても事務所は構えるつもりだ。中川がダメなら向こうの世界から誰か連れてきてもいいからな。
事務所の内容は、事務室に1部屋、休憩室、物置と小さなキッチンとトイレ、トイレはビル内だと共同かもしれない。そうそう、エアコンは必要だな。忘れるところだった。
こんなところか。後は固定電話。これで事務所にしよう。基本電話番とポーションの受け渡しだけだからな。こんなところでいいんじゃないか。使ってみて問題があるようならまたその時だ。
事務所の概要が固まったので、いつものように森本のおっちゃんのところに行って何とかしてもらおう。
「社長さん、俺、事務所が欲しいんだけど、どっかにいい物件無いかな?」
「いきなり訪ねて来たと思えば、こんどは事務所かよ」
「社長さんのところに薬を卸しに俺がいつも顔を出すわけにもいかないだろ? 事務所があれば社長さんにも便利だろうし、俺が考えてるのはこんなところなんだけど、駅前あたりで手に入らないかな?」
先ほど考えていた、事務所の希望をおっさんに教えた。
「それなら、駅前にいい物件が有る。ビルは古いが別にいいだろ。家賃をここ4か月ほど払ってないってんで、駅前の不動産屋がわしのところに何とかしてほしいってな。よし分かった。この際だから、追い込みかけてそいつをビルから追い出してやる。土曜までには何とかしてやるから、土曜の朝にでもここにきてくれるか?」
「さすがは、俺の見込んだ社長さんだ。それで、月いくらくらいで借りられそう?」
「そうだな、20坪の物件って不動産屋が言ってたから月25万くらい欲しいが、お前さんの頼みだ月20万でいいぜ」
「あんがと。それで、家賃の支払いやらなにやら大変だから、社長さん悪いけど、社長さんの名義で銀行口座とそこから引き落としするクレカを作っておいてくれないか?」
「面倒な奴だな。まあいい、作っといてやるよ」
1000万のお札ブロック2つ机の上に並べて、
「社長さん、恩に着るからさ。そしたら、口座にこの金を入れといてくれるかい? それじゃ土曜楽しみにしとくよ。さよなら」
「よお、ちょっと待てって」
「なんだ?」
「花菱組のビルがぶっ壊れたのは、まさかお前がやったわけじゃないよな?」
「当たり前だろ。大方手抜き工事の金村建設製のビルだったんじゃないか」
「まあいい。そういうことにしとこう。それで、今あの薬は持ってるかい?」
「いくらでもあるぜ」
「そしたら、高い方10本と安い方50本欲しいんだがさすがに今は無理そうだな。あるだけでいいから売ってくれるか?」
「いくらでもって言っただろ。ほら」
ヒールポーション(中)10本、ヒールポーション(弱)50本を空のアイテムボックスから学生カバン経由でおっちゃんの机の上に並べてやった。
「代金は1000万だからそれも出来た口座に入れといてくれればいいよ」
「わかった。税務署がうるさいから、あんまり俺の名前で大金を動かしたくねえんだがな」
「1000万、2000万なんかはした金じゃないか。迷惑がかかった時は、その分くらいは社長さんを儲けさせてやるよ。それじゃあ、口座とクレカ、それと事務所。頼むな」
「ああ、そんじゃな」
事務所の方は楽しみだ。どうせ、家賃を滞納するようなヤツは、おっちゃんのところで追い込みかけたら夜逃げするかもな。そしたら居ぬきでいろんなものが手に入るかもな。
[補足]
居ぬきとは、前に入っていたお店の内装や厨房設備、空調設備、什器などの設備が残ったままになっている物件のことです。by Wiki
[あとがき]
拙作をここまで読んでいただきありがとうございます
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