第8話 侵攻部隊


 アガタリア軍侵攻部隊司令部幕舎。


「強大な魔力反応を検知しました。これは、魔王キリーヤに間違いありません。消滅していたキリーヤが復活したに違いありません」


 観測員が魔力観測装置を見ながら大声で報告する。


『報告だけしてくれ、感想は不要だ。観測員は訓練が行き届いていないようだ』


 軍団長を務める陸軍中将、アイゼン侯爵は事態にあまり関係のないことを思う。


「軍団長閣下、早急に撤退の指示を出しませんと、このままでは攻略軍が、魔王の待ち受ける魔界に突っ込んでしまいます。この司令部も早急に撤退しなくては危険です。領軍の2個師団は殿しんがりに残しましょう。少しでも時間を稼ぐ必要があります」


 俺の領軍を犠牲にする前提で、副官が当たり前のこと、わかりきったことを言ってくる。 


「わかった。参謀諸君は各師団に作戦発起点まで後退するよう命令書を至急作成せよ。命令書が出来次第、各師団に速やかに撤退するよう伝令を出せ! 我々司令部も後退する」


 ……


 アイゼンは出来上がった命令書にサインしながら自分の横に控える副官のことを考える。


『この男は、中央から派遣された男だ。副官と言えば副官なのだろうが、大方、俺の監視役か。子爵で大佐らしい。この男に言わせると魔王が居なければ魔王城を落とすことなど簡単だそうだ。

 今まで何ら妨害もなくすんなり軍が展開できた。それで自信でも付いたのか? 魔王の領域外で何を我々がしようと魔王軍は手を出さないこともこの男は知らんのか。

 そんな男だが軍を引くくらいの理性はあるらしい。いや、自分が助かりたいだけか。問題なのは、この男が殿に残せという領軍は、俺が育て上げた領軍だぞ。こいつわかって言っているのか? 俺から言わせれば魔王が居まいが、6個師団と1個魔導師団程度では魔王城の攻略など不可能だ。この10倍は必要だ。魔王がいるならこの100倍でも無理だ。王命だから攻撃を開始してしまったが、今となっては、6個師団は、撤退を完了する前に消耗してしまうだろう。いや、魔王の気分次第では文字通り消滅してしまうだろう。魔導師団は魔法を打ち尽くせばすぐに撤退する手はずなので、助かる可能性は幾分あると思うが、それも魔王軍次第で5分5分か。

 しかしこの子爵で大佐の副官は目つきが悪い。その上小太りと来た。生理的に俺には合わん。中央からの命令じゃなければ、こんな男を副官などにしなかったのだが』 




「軍団長閣下、殿しんがりは置かないのですか?」


「殿は不要だ。全軍速やかに撤退する」


「軍団長閣下、殿は必要です!」


「くどい!!」


「軍団長閣下、このことは王都に戻った時に、王国軍司令部に報告します」


 こいつは無事に王都に戻れると思っているのか?


「好きにしろ。おいだれか、目ざわりだからこいつをどっかに連れってってくれ」


 子爵で大佐の副官は警備兵に連れられて行かれた。 


『せいせいした。もっと早くあいつをどっかにやっておけば良かった』


『これで、300年の歴史を持つアガタリア王国も終わったかもしれんな。俺の領地が魔王の領域、魔界に隣接してたばかりにとんだ貧乏くじを引いてしまった。魔界への侵攻を反対していた俺が侵攻軍の司令官にされてしまうとは。領軍2個師団、王都より派遣された歩兵4個師団と、1個魔導師団。俺も含めて、これらが消えてなくなるかも知れん。これまで魔界への攻撃は、攻撃した者だけが報復の対象となっていたが、今回はそうはいくまい。空き巣のごとく魔王の留守をあてにして攻め込んだのだからな。……

 司令部の外が騒がしくなった。伝令たちが、馬に乗って出発したらしい。どれ、俺もそろそろ移動するか。そういえば勇者さま(笑)たちも来てたんだったな。まあ、好きにしてくれ』


 ……

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