知らなかったのか?音楽は死んだんだ

ネコ エレクトゥス

第1話

 新しい音楽に全く感動しなくなってずいぶん長いこと経った。それもそのはず、音楽は死んでしまっていたのだから。それではなんでそんなことになってしまったのか。理由ははっきりしている。音楽が生活から分離して消費財になってしまったから。今の僕らの食事についても同じことだがこんなことをイメージしてもらえばわかりやすいと思う。食事とはかつて楽しむものであると同時に栄養を摂るための物であり、エネルギーを摂るための物であった。現在僕らは楽しむために食事をし、栄養やエネルギーは錠剤や栄養ドリンクなどからとっている。音楽も僕らの生活の奥底から切り離されてしまったのだ。


 遡ってかつて音楽の民と呼ばれた人たち、ユダヤ人がそうであり、ジプシーといわれたロマ族の人たちがそうであり、もちろん近いところではアメリカの黒人たち、さらにはピアノの詩人といわれたポーランドのショパン、彼らはみんな「社会的に一段劣る」といわれた人たちだった。そういう人たちだからこその心の底からの叫び、神への祈りが音楽に乗り移り僕らの魂を揺さぶったのだった。

 アウシュヴィッツ以降ユダヤ人はユダヤ人であるがゆえに保護され特権化されている(「お前はナチス主義者か?」が彼らの守り神)。聞くところによるとロマ族の人たちはかなり社会システムの中に組み込まれているという。そして黒人には市民権が与えられた(ブルースを歌って感動させることのできた黒人シンガーはマイケル・ジャクソンやホイットニー・ヒューストンとかあの辺の世代までじゃないだろうか)。とにかく社会の一部として立派に認められ定位置を得たがゆえに皮肉なことに音楽から遠ざかってしまった。

 こんなことを考えていた時に象徴的なことがあった。一連のコロナウィルス騒ぎの中でアメリカの黒人による中国人差別なるものがあったという。これでは彼らにブルースを期待できないわけだ。


 こういうことを書いているとこんな反論があるかもしれない。

「あなたはユダヤ人やロマ族や黒人の人たちは社会の底辺に押し込めたほうがいいと言うのですか?」

 その反論は正しい。ただその代償として音楽を失ったことは音楽を心から愛する人にはあまりに大きい。世界はままならぬ。


 今の世界の傾向を考えた時にいつか音楽が甦ることがあるのだろうか。個人的にはそうは思わない。少なくとも近い将来のうちにはないだろう。とするといつかこんなことが起こるのか?

「お父さん、むかし音楽ってものがあったんだってね。」

「ああ、野蛮な時代の話さ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

知らなかったのか?音楽は死んだんだ ネコ エレクトゥス @katsumikun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る