無の扉

結城彼方

無の扉

少し先の未来。日本で安楽死が合法化された。ただし、安楽死をするための手段は法律で厳しく制限され、1つしかなかった。その手段とは、政府主導で開発された「無の扉」を使用することである。


「無の扉」とは、文字通り「無」へと繋がる扉のことである。政府直属の研究所によると、研究所は「無」の生成に成功し、これを利用したものが「無の扉」であるという。プロモーションビデオによると「無の扉」を開けると、その先は完全に真っ暗であり、中に入った者は完全に消失するという。実際、そのビデオの中でも、「無の扉」に棒を入れると、入れた部分だけが完全に消失していた。


この扉は、各都道府県に1つ設置されている。しかも、死ぬ意志が明確か試すために、全て山奥に設置されている。そして僕は明日、その扉に入るつもりだ。


決行日の朝。僕は前日に用意した山登りの道具をリュックに入れ出発した。険しい山道を一歩、また一歩と進んで行く。もうどれくらい歩いただろうか、日はとっくに沈み、周囲は真っ暗になっていた。まだかまだかと思いながら足を進める。それくらい、僕の意思は硬いのだ。


やっとのことで、GPSが指し示す「無の扉」の場所へ到着した。周辺を懐中電灯で照らすと、大きな金属製の壁があり、その真ん中に「無の扉」があった。恐らく扉周辺のどデカイ壁は「無」を生成する装置と技術を外部に漏らさないためのものだろう。扉の横には最後に意思確認をする書類と、それを投函するポスト、それと荷物置き場があった。荷物置き場には、恐らく先客の物と思われるリュック等が置かれていた。僕も荷物を全て置き、書類にサインをしてポストへ投函した。そしてついに「無の扉」を開いた。事前の情報通り真っ暗で何も見えない。少し恐くなったが、中途半端な事をすれば、プロモーションビデオの棒と同じように体の一部だけが消失してしまう。


僕は一旦、扉から距離を取り、助走をつけて「無の扉」に飛び込んだ。


僕は飛び込んですぐ違和感を感じた。あれ?おかしいぞ?「無」の中に飛び込んだはずなのに、まだ意識がある。それに体に浮遊感がある。もしかしてこれ、落下してるんじゃないのか?


真っ暗な「無」とやらの中で僕は悟った。政府は「無」の生成に成功などしていなかったのだ。仮に成功していたとしても安楽死なんかのために使う気なんてさらさらなかったんだ。そう。僕はただ、崖に飛び込んだだけだった。あの壁はそれを隠すための物だったんだ。


気付いた時には全てが遅かった。僕はこれから確実にやってくる「無」を受け入れるしかなかった。

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無の扉 結城彼方 @yukikanata001

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