第3話 取り残された者達

暗闇の中を10分ほど歩くと、出口に着いたのだろうか、急に目の前が明るくなる。


差し込む光で目が眩み、思わず顔を手で覆う。


ゆっくり目を開けると、目の前には自然豊かな美しい景色が広がっていた。


そびえ立つ木々のどれもが、元いた世界の樹木が幼木だったのかと思わせるほど、巨大な物ばかり。


そんな巨大樹の根元に、何やらたくさんの人影が見える。


どうやら先行組の奴らのようだ。連中に混じってミカドの姿もそこにあった。


誰一人欠ける事なく、ピンピンしている所を見ると、俺達の予想は取り越し苦労だったようだ。


怪物に襲われた様子など微塵もなく、話す元気もあるらしい。


「これで最後の1人も揃ったようだね。


取り敢えず、この辺りは霧がかっていて視界も悪い。少し移動しようか。」



先頭で指示しているのは、最初にゲートを通過していったあの張り切り男だ。


その一言で、みなぞろぞろと移動を始める。


とりあえず、俺も最後尾からついていく事に。



30分ほど森を歩くと、霧が晴れ草木の少ないひらけた場所に出た。


「視界良好、広さも十分。よし、ここを拠点としよう。」


またもや張り切り男の一声で、一同腰を下ろし、各自、生活スペースの確保に取り掛かる。


俺とミカドも落ち葉で寝床を作ったりと、最低限の住処を作成する。


そんな全員の作業の様子を、何やら見て回る張り切り男。


すると、急に手を叩き出し、皆の注意を自分へと向けさせた。



「ちゅうもーく!!

全員、住む所はだいぶ整ってきたようだね。


じゃあ、次は親睦を深める為にも皆で自己紹介するのはどうだろう。

やはり、お互いの事を知るのは大事だと思うんだ。」



ちょっと待て。こんな所まできて、最初にやる事が自己紹介だと?俺は耳を疑った。


食料調達、周辺の偵察など、他に優先すべき事柄は山ほどある。


それに、この男の仕切りたがり屋の性格、さっきからどうも鼻に付く。


そんな俺の苛立ちを察してか、ミカドが声を掛けてくる。


「シュン、お前の気持ちは分かるが、今は抑えるんだ。

ここで変に揉めたりしてみろ。初対面の人間に囲まれているこの状況だと、すぐに孤立しちまうぞ。」



ミカドに言われ、ハッとする。確かにそうだ。


感情のまま、あいつに突っかかっていればどうなっていたか。


この森で孤立する事だけは、何よりも避けねばならない。


結局、自分の感情と身の安全を天秤にかけた結果、グッと堪え、自己紹介への参加を決めた。


「じゃあ、まずは言い出しっぺの僕から失礼するよ。

名前は黒田 赤城、歳は16さ。僕の生まれた場所は〜〜〜。」


張り切り男の名前は、どうやら赤城と言うようだ。


赤城は、故郷の話、この再試験に懸ける思いなど、いらぬ情報まで長々と話した後、満足した様子で次へとバトンを渡した。


後の者達は、簡単な情報だけの短いもので、簡潔に済ませいく。


俺もそれに習い、名前、年齢だけ告げ自己紹介を終えた。



「よーし、それじゃあいよいよ森の探索と行こうか!

そこで提案なんだけど、チームで分かれて行動するのはどうだろう?」



もはやすっかりリーダー気取りの赤城。


奴の事は気に食わないが、チームを作るという意見には賛成だ。


この大人数だと何をするにしても目立つし、効率もあまり良くない。


「では各自、気になる人に声を掛けて、自由にチームを作ろう!


時間も限られている事だし、チームができ次第、すぐにでも探索を開始してくれて構わないよ。」



赤城が話終わるや否や、全員一斉に散らばった。


皆、優秀な人材を確保しようと必死なようだ。


ミカドと俺で2人として、最低でもあと2.3人は欲しい所だ。


俺も負けじと動き出そうとしたその時、背後から何者かに声を掛けられた。


「ねぇ、君達。僕とチームを組まないか?」


なんと、自分が勧誘を受けてしまったではないか。


ふふふ。俺達を選ぶとは、なかなか見る目のある奴だ。その面を拝もうと、声のした方へと振り返った。


「な....!?お前....!?」


後ろに立っていたのは、まさかの黒田赤城であった。


予想だにしない展開だ。よりによってこいつに勧誘されるとは。



「君達2人、参加者の中でも抜きん出て体格がいいよね!

是非ともその肉体を僕の元で役立ててはくれないか?」


確かに普段の生活の質もあってか、俺達の体つきは他の連中とは違った。



辛く苦しかったあの日常の成果が、初めて人に評価された気がして、少し嬉しくなった。


なんだ、こいつ案外いい奴じゃねえか。


「ま、まぁ、他に誘われてもないしよ、別にチーム組んでやってもいいけど。」



「本当かい!?嬉しいなぁ!」


「あのさ、一応行動を共にする者同士、カードを見せ合わないかい?

チームメンバーの事はなんでも知っておきたくてさ。」


「おう、いいぜ。確かにお互いのカードは把握しておきたいもんな。」


早くもチームを結成でき、いいスタートが切れそうだ。


俺は、上機嫌でポケットからゴムローのカードを取り出し、赤城に差し出した。



「え....?たったこれ...1枚だけ?」



先程まで、にこやかだった赤城の顔が一瞬にして真顔に変わる。



「あ、あぁ。そうだけど....。」



俺の一言で、急に赤城が吹き出した。


「フッ.....!!

ッハハハハハハハ!!アーッハハハ。」




腹を抱え、大笑いする赤城。何だかわからんが、笑われるのはあまりいい気持ちはしない。


「おいっっっ!何がそんなに面白いんだよっ。」



「いやぁ、ごめんごめん。なんだかおかしくなっちゃって。」



笑いすぎて出た涙を拭いながら、赤城は更に言葉を続ける。



「うん、フフ...ゴムローね。確かにいいカードだよね。

柔らかくて弾力があって...フフ...枕代わりに最適なカードだと思うよ...アハハッ。」


「なっ.....。」



こいつ...あろうことか俺のカードを寝具扱いしやがった。



加えて、さっきから人を馬鹿にしたような態度。もはや喧嘩を売られているとしか思えない。


「ふっっっざけんなよ!...お前!!」


我慢ならず、赤城の胸ぐらを掴む。



こいつの事をちょっとでもいい奴だなんて思った事を、今激しく後悔している。



「おっとぉ!!暴力はいただけないなぁ!!」



平然と被害者ぶる赤城、その姿にますます腹が立ってくる。



完全に頭に血が上り、赤城目掛けて拳を振り上げた。


「おい!シュン!何してんだ!!落ち着け!」



慌ててミカドが止めに入るが、構うものか。既に、俺の堪忍袋の緒はプッチンしているのだ。



「邪魔すんなっっ!こいつだけは許せねえ!!!」



「いいから落ち着け!!そんな事をしたらどうなるか分かるだろ!!周りを見てみろ!!」


周り....?そうだ、こんな事をしたら....。


慌てて周囲に目をやると、そこにあったのは俺に向けられる冷たい視線の数々。


しまった...やってしまった....。


連中は険しい顔で、俺を睨んでいた。


隣同士囁き合い、まるで俺が悪者のような雰囲気を醸し出している。


その光景で自分の失態を自覚し始め、赤城を掴む手も自然と緩んでいく。



赤城は俺の手を払いのけ、乱れた襟元を正す。


「ふぅ....。残念だけど、君のような野蛮人とはチームを組めそうもないな。失礼するよ。」


そう言い残すと、1人足早に去っていった。


その後の展開は、おおよそ予想がつくだろう。



この件以降、誰一人、俺に声を掛けるどころか、近づこうともしなかった。


魂喰の森到着からわずか30分で、俺は完全に浮いてしまったのだ。





それから数十分後、既に殆どの参加者はチームを組み、拠点を出発していた。


現在拠点に残っている者は4人。


シュン、ミカド、宇佐美 涼、そして山田優斗。


山田優斗は今、激しく悩んでいた。


(自分と同じく、取り残されている3人。果たしてこの人達に声を掛けるべきだろうか。)


山田は、人よりも少し太っていた。その体型からか、運動も苦手であった。


持っているカードも、胸を張れるような性能ではなく、自分に自信を持てずにいた。


そんな性格が災いしてか、チームを作る時間も、自分から積極的に動けず、気づけば見事に取り残されてしまった。


なんとかせねば、山田は焦りを募らせる。


このままチームに入れなければ、1人で森の探索をする事になりかねない。



山田は意を決し、口を開く。


「あ、あのぉ!!皆さん!!」


その第一声で、3人は一斉に山田に注目する。


(うわぁ...。き、緊張する....。)


恥ずかしくなり、山田は思わず俯いてしまう。

しかし、勇気を振り絞り、言葉を続ける。


「僕と....良ければチームを組みません...か?」


震えた声で、なんとか最後まで言い切った。


山田の精一杯の頑張りは、すぐに結果となって表れた。


ズドドドドドドッッッッッ


話し終えてすぐ、物凄い足音を立て、山田の元へ駆け寄る3人。


そして一斉に山田に返事を告げた。



「よろしく頼む!」「よろしくな!」「入ってやってもいいぞ!」



全員、言い方はバラバラだが、全てイエスの返答だった。

自分の行動が身を結んだ、初めての出来事に山田は歓喜した。


(頑張って良かったぁぁぁ...。)


これを機に、少しだけ山田は自信がついた。




シュンとミカドはもちろんの事、もう1人、宇佐美 涼も、山田と同じ安堵の気持ちだった。



(一時はどうなる事かと思ったが、なんとかチームに入れて助かった。このぽっちゃり君には感謝してもし切れねえな。)


ひと安心した宇佐美だったが、その心の平穏は長くは続かなかった。



自分がチームを結成した立役者になれた、その事実は少しだけ山田の気を大きくさせてしまったらしい。


「ねえ、皆!良かったら全員のカードを見せ合わないかい!?

お互いのカードを把握しておくのは大事だと思うんだ!」


少し前の彼なら、きっと進んで意見を提案するなんてしなかっただろう。


この山田のらしくない発言は、結成して間もないチームを大きく揺るがした。


まず真っ先に反応したのは、やはりシュンだった。


「カードの見せ合いだぁ?絶対にやなこった!」


先程の赤城との件で、カードの見せ合いに対し、嫌悪感を抱くようになっていたシュン。



そんな事情を知らない宇佐美と山田は困惑した。


「ご、ごめん。なんか気に障ったなら謝るよ...。」


自分の提案でシュンを不快にさせてしまったと反省する山田。


山田のしょげる姿を見て、宇佐美は少しムッとした。


(なんだこいつ、感じ悪い奴だな...。)



「おい、お前。確かシュンとか言ったっけか。何怒ってるのか知らねえけど、カードくらい見せればいいじゃねえか。」


宇佐美の言葉は、シュンの機嫌をますます悪化させた。



「あん?なんだお前は!...って、あれ、お前どっかで...。」


今、初めてこいつの顔をちゃんと見たが、なんだか見覚えがある。


一体いつだ....。必死に記憶を辿ると、すぐに答えは見つかった。


そうだ!出発前、試験の説明を聞いていた時だ。


あの時、俺と目が合い、共に更田に抗議した男とこいつ、正しく同一人物だ。


そうなると、だ。俺と同じくあの消滅の件に反感を持ったという事は...。ははーん。



「おい、お前。宇佐美とか言ったな。なら、お前のカード見してみろよ。」


「え...。」


俺の言葉に、宇佐美は顔をひきつらせる。この反応は確定だ。こいつ持ってるカード、相当に弱い。


俺も人の事は言えないが、赤城の件もあってストレスが溜まっている。ここは思いっきりこいつのカードを馬鹿にして鬱憤を晴らそう。



「さぁ、どうした?カードくらい見してくれるよなぁ?」


「お、俺だけ見せるのは不公平だろ!!お前から見してみろ!」


こいつ....小賢しい事を..。宇佐美の予想外の反撃に少し焦る。


「お、お前から見せろ!」「いいや、お前からだ!!」


この押し問答がおよそ30回程繰り返されたのち、宇佐美から同時に見せ合おうと、提案される。


正直、一方的に奴のカードを確認したかったがこのままでは埒があかない。


ここまで宇佐美が粘る所を見ると、こいつのカードの弱さはよっぽどらしい。


「よーし、分かった。じゃあ3.2.1でな!ズルすんなよ!!」


「お前こそ変な真似すんなよ、いくぞ!3.2.1!」


お互い、取り出したカードを同時に相手へと見せつける。


2人の目に映ったカード、それは...ゴムローだった。


そう。宇佐美とシュンの所持カードは、全く同じものであった。


「え....」 「あ....」


さっきまでの威勢は何処へやら、急に大人しくなる2人。


「ま、まぁ....中々いいカードじゃねえか。」


シュンが、顔を歪ませながら呟く。


「お、お前こそ...。」


同じく苦しそうな表情の宇佐美。


相手のカードを貶す事、それはすなわち自分のカードを貶す事になる。


それから数分間、両者お互いのカードを褒め合う、なんとも苦しい時間が続いた。

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クズじゃない、全力なだけ。〜ダメな男に拾われた少年〜 @tabenoko

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