第2話 前途多難なスタート

あの不合格から7日が経過し、いよいよ再試験当日を迎えた。


その日の朝、俺は茂みの中で目を覚ます。


1週間続いた地獄の特訓中、一度も布団で寝させてはもらえなかった。


朝から晩まで続いたミカドの鍛錬は、思い起こすのも嫌になる程、過酷なものだった。


痛む体を無理やりに起こし、いよいよ始まる再試験に向けて、準備を始めるとする。


ミカドは、俺よりもずっと早く起床し、既に支度を済ませていた。


「ったく、あと5分寝坊してたら蹴り入れるところだったぞ。だいたいお前はなぁ...。」


このミカドの説教も、1週間の間に何度聞かされたことか。


流石に慣れてしまい、もはや小鳥のさえずりと大差なく感じるまでになった。


説教は聞き流しつつ、今日の為に準備した選りすぐりの道具達を、鞄へと詰める。


結局、必要な物をあれこれ考えるうちに、大荷物になってしまった。


そんな俺とは裏腹に、ミカドは鞄ひとつ持たず、殆ど手ぶらの状態。


不思議に思ったが、朝のミカドは機嫌が悪く、話しかけるのはちと骨が折れる。


特に今日は、再試験が控えてる事もあり、より一層ピリピリしているようだ。


結局、手ぶらの理由は聞く事ができぬまま、身支度は終了した。


PM8時。本格的に照りつけ始めた日差しを背に受けながら、ビギナーの森を出発する。


集団場所の平和広場までは、およそ10km。


俺は試験に備え、少しでも体力を温存したい、そう考えていた。


だが、特訓中の熱が抜けていないミカド。当然の如く走って向かうと宣言しやがった。


もちろん反論したが、今のミカドに俺の言葉など届くはずもなく....。


結局、朝から10キロに及ぶマラソンをする羽目に。


荷物の多い俺は、前を走るミカドを見失わぬよう、ついていくので精一杯。


目的地に到着する頃には、大量の汗が鞄に染みを作っていた。


息も絶え絶えに周りを見回すと、ある事に驚かされる。


集合場所の広場には、俺の想定を遥かに超える大勢の参加者が、ひしめき合っていたのだ。


今や魂喰の森の悪名は、知らぬ者などいない程、世間に轟いているはず。


にも関わらず、ざっと見ただけでもおよそ30人程の参加者がそこには確認できる。



周囲には、森への入り口らしき大きな扉と、管理小屋が1つあるのみ。


そんな殺風景な場所を、沢山の若者が埋め尽くす、なんとも奇妙な光景が出来上がっている。


とりあえず、2人で小屋の影に腰を下ろし、上がった息を整える。



「思ったより多いじゃねえか。


てっきり命知らずのバカ野郎はお前だけかと思ってたが。」


ミカドも俺と同じく、その人数の多さに驚いていた。


だが、これはとんでもなく幸運な事であると俺は考える。


今から向かう森は、生還率0% 、まさに魔境だ。


しかし、これだけの人数がいればどうだろう。


他の参加者共を盾にすれば、生存率はグッとあがるはず。


俺にとってこの状況は、追い風となる事間違いないだろう。


思わぬ誤算に心踊らせていると、突如、管理小屋の扉が音を立て開いた。


中から、メガネの女が颯爽と現れ、群集の方へと足早に向かっていく。


スーツ姿のその格好から、明らかに参加者ではなく学校側の人間だと分かった。


他の連中もそれを察した様子で、一同の視線は彼女へと向けられる。


女は懐から冊子を取り出し、咳払いをひとつした後、大声で話し始める。


「初めまして。この度、案内役を務めさせて頂く、試験官の更田真子です。


これより魂喰の森ゲート開門までの10分間、簡単な説明を行わせていただきます。」


ゲートとは、あの大きな扉のことだろう。


危険な場所との境界なだけあり、開閉も厳重に管理しているみたいだ。


説明の前半部分は、魂喰の森の恐ろしさ、試験期間は一年間、といった以前にも聞いたことのあるものばかりだった。


そこまでは良かった。


が、話も終盤に差し掛かった頃、更田の口から耳を疑う内容が飛び出す。


「注意点と致しまして、こちらの世界の道具などは全て、森へ持ち込む事は叶いません。


唯一あちらに持ち込めるのは、己の体とカードのみ。


カード以外の物はゲートをくぐると同時に消滅してしまうので、ご注意下さい。」


カ ー ド の み 。


その言葉に、ハンマーでぶん殴られたような衝撃を覚えた。


それもそのはず、俺の所持カードは、何を隠そうたったの1枚。


自分でも不思議な話だと思う。


仮にも、俺がこれまで過ごしてきた場所は、カード採取の場として利用されるビギナーの森。


この事実だけ聞けば、これまでさぞかし大量のカードを獲得してきたのだろうと思われるに違いない。


しかしよく考えて欲しい。


俺が共に暮らしてきた男は、甘えなど決して許さない、まさにスパルタの権化。


「カードに頼ろうなんてヌルい考えは捨てろ!!」


これはミカドが特訓中によく口にしていたセリフだ。


その為、カードを入手するどころか、使用さえも制限されていた。


唯一、持つ事を許されていたカードと言えば、「ゴムロー」と呼ばれる、誰でも入手可能な最弱カードのみ。


よく弾むボール状のモンスターで、幼児の玩具に目と鼻をつけたような、およそ武器とは呼べない代物だ。


だからこそ、俺は今日の為にあらゆる武器を用意し、カバンに詰め込んできていた。


しかし、その頼みの綱であるこいつらが持ち込み不可となると、黙っていられるはずもない。




「ちょっと待ったああああああ!!!」


「ちょっと待ってください!!!!!」



「んぁ?」 「え?」



俺の叫びに重なってもう1つ、男の声が辺りに響いた。


声のした人混みに目を向けると、その声の主もまた、俺の方に注目していた。


その男と、自然と目が合う。


そして、お互い静かに頷き合い、更田へと視線を戻すのだった。


やはり、この理不尽な説明に不満を持つものは俺だけではなかったのだ。


「おい、試験官!開始10分前にこんな事知らされてどうしろってんだよ!!


カードの支給くらいあってもいいんじゃねえのかよ!」


「自分も彼と同意見です!何かしらの支援はないのでしょうか!」


俺の言葉にヤツも賛同し、2人で更田に異議を唱える。


しかし、必死の抗議を前にしても、更田の表情には一切変化がない。


それどころか、俺らの主張を遮り、キッパリとこう言い放った。


「ご自身のカードは、ご自身の力で現地調達でお願いします。

カードの確保も試験の一環となっておりますので。」



そう冷たくあしらうと、納得出来ない男2人を放置したまま、説明は再開された。


まさかの返答を受け、俺は膝から崩れ落ちる。


この最弱カード一枚で、一体どう身を守れというのか。


絶望感で、頭が真っ白になっていく。その後の説明など、まるで耳には入ってはこなかった。





「それでは間もなく出発となります。各自準備を済ませておいて下さい。」


話を終えた更田が姿を消した後、ミカドがこちらに駆け寄ってきた。


「おい、いつまでボケっとしてんだよ。

ほら、早くこれに着替えてこい。」


そう言ってミカドは、上下無地の服を手渡してきた。


どうやら、衣服も消滅の対象らしく、先程学校側からカードアイテム製の服が配布されたという。


放心状態で固まっていた俺の分も、貰ってきたくれたようだ。


正直裸でも構わないから強力なカードを支給しろ、そう思いながら用意された上着へと袖を通した。



持ってきた大荷物からは解放されたが、俺の気分はすっかり重くなってしまった。


着替えを済ませ、ゲート前へと向かうと、更田が開門作業をしている最中だった。


扉横のレバーが回されると、軋み音を立てながら大きな扉はゆっくりと開き始める。


僅かに開いた隙間からは、冷たい風が吹き込み、扉の向こうは、漆黒の闇に覆われている。


扉が完全に開くと同時に、参加者の間にも緊張感が漂い始める。


「では、これよりゲートへの入場を開始致します。

お一人ずつ、お通り下さい。」


いよいよ、魂喰の森への入り口が開通した。


こうなったら、誰よりも先に突入し、強いカードを入手しなくては。


そう思い立ち、急いで向かおうとした瞬間、ミカドに肩を掴まれる。


「待て、そう慌てるな。

俺達は、一番最後にゲートを通過する。いいな?」


「はぁ?一体どういう事だよ。」


理由を尋ねると、ミカドの答えはこうだった。


ここから先の地は、何が起きるか予測不能。


もし、ゲートを通過してすぐ、怪物でも待ち構えていたらどうなるか。


最初に突入した人間は、まず真っ先に襲われるだろう。


が、2番手、3番手ならば、標的がバラける事により助かるかもしれない。


あくまで生き残る事が今回の試験の目的。


ならば、最後尾での通過が一番得策だ、こういう考えのようだ。


なるほど、これは確かに一理ある。


こういったミカドの抜け目ない性格は、やはり馬鹿に出来ない。


かくして俺達は、最も安全な最後尾での出発をを目論む。


ゲート開門当初は、未知への恐怖からか、中々通過しようとする者が現れなかった。


しばらくして、1人、妙に張り切った男がゲートに向かって歩き出す。


男は、そのまま躊躇う様子もなく中へと消えていった。


それを皮切りに、1人、また1人と次々とゲートをくぐり始める者が出始めた。


(その先にいるかもしれない怪物の腹を、少しでも満たしておいてくれよ、お前ら。)


しめしめと他の連中を見送りつつ、着々と小さくなっていく人だかりを眺めながら待つ。


そして数分後、いよいよ残るは俺とミカドの2人だけとなった。


ここまできたらもう、どちらが先でも大差はあるまい。そう言ってミカドは先に通過していった。


そして、見事最後尾での出発権を獲得した俺は、遂にゲートへと足を踏み入れる。


中に入るとヒンヤリとした空気が体を包み込む。


外との気温差で、ここから先は別世界なのだと、改めて実感させられる。


背後から扉が閉まる音が聞こえ、徐々に差し込んでいる光が弱まる。


完全に扉が閉ざされ、闇が視界を支配すると、より一層気持ちが引き締めらた。


不安、自信、好奇心、様々な感情が渦巻く中、俺はひとり、暗闇の中を進んでいくのだった。

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