第1話 成り上がる為には

あの夜から10年が過ぎ、俺は16歳になった。


体も成長し、幼い頃の面影など微塵もない。



現在では、昔の苗字を捨て、ミカド 瞬と名乗っている。


朝6時、いつものように獣の遠吠えで目を覚ます。


起床後、寝ているミカドに蹴りを入れて起こす事から、俺の一日は始まる。


10年前、俺はこの男に拾われた。いや、正しくは拉致されたと言えよう。


行く当てのなかった俺は、雑用係兼弟子としてこの家に担ぎ込まれた。


ビギナーの森の一角に建てられたボロ屋で、毎日、自給自足で暮らしている。



半ば無理やりに始まったミカドとの生活も、今ではすっかり慣れた。


「さっさと起きろ!!バカ!!

俺、今日は学校に行かなくちゃなんねえんだ。

留守番してろよ!」


ミカドを起こし、朝食を済ませた俺は、急いで家を出た。


学校まで片道2時間、己の足で走って向かう。


何を隠そう本日は、俺の人生を左右する大切なイベントが控えている。


実は、先日受験した「最果学園さいはてがくえん」の合否が今日、発表されるのだ。



今や生活の全てにおいて、カードの力無しでは生きてはいけない時代。


カードには主に、2つの種類が存在する。


下位と上位のカード、この2つだ。


下位カードは比較的入手難易度は低く、なんなら子供の小遣い程度の金で買えてしまう。


そしてもう一方の上位カードと呼ばれる物は、それ1つ所有するだけで、まさに王様のような待遇を受ける事ができる。


それほど、強力な力が上位カードには備わっているのだ。


更にこの上位カードのレア度を底上げしているのが、譲渡が難しいという点。


上位カードを扱うには、そのカードに封じられているモンスターを倒したという戦いの記憶、もしくはモンスターが所有者を認めたという共戦の記憶、いずれかが必要なのだ。


その記憶を持たない者が上位カードを手にした所で、それはただの紙切れ同然なのだ。


その為、古くから続く名家では、上位カードのモンスターを、現所持者が命令で拘束し、反撃不可にさせ、その状態のモンスターを次の継承者に倒させる事により、受け継がせるという。


そんなこの世界で、名家の生まれでも、金持ちでもない人間の殆どは、この最果学園を受験する。



学園に入学し、カードの知識や扱いの技術を学び、優秀なカードコレクターを目指すのが、最も一般的な進路である。


この最果学園には、成績優秀者上位3名に上位カードが授与されるという、特別な制度が存在する。



所有するカードの強さで、社会的地位が決まるこのご時世。


俺みたいな奴がのし上がるには、この制度を利用する以外に方法は無いと言えるだろう。



中には死んだ父と母のように、まだ見ぬカードを探し求め、一発逆転を狙う奴らも存在する。



だが結果は皆、2人のように儚く散っていく者が殆どであった。



一方、家柄に恵まれた者は、代々強力なカードを譲り受け、何の苦労もなく権力を手にできる。



しかし、そんな理不尽を嘆いても仕方がない。



それに俺は、多少だが自分の実力に自信があるのだ。



ミカドに出会った6歳の頃から今日まで、ビギナーの森で命懸けの生活を送ってきた。


ミカドは修行と称して、まだ少年だった俺をあらゆる危険なモンスターと対峙させた。



ある時は、身体中に肉を括り付けて、夜の森に放置したり、またある時は、巨大魚の棲まう沼での泳法えいほう特訓など、何度死にかけたか数え切れない。



そんな地獄の日々を生き抜いた俺は、同年代の奴らには負けない、確固たる自信があった。


さぁ、いよいよここから、俺の人生逆転劇が始まりを告げるのだ!!






最果学園の正門前、受験番号が張り出された掲示板の前には、人だかりができていた。


ある者は歓喜の声を挙げ、ある者は絶望の表情を浮かべ立ち尽くしている。



そんな後者の絶望組の中に、俺はいた。


何度掲示板を見返しても、俺の受験番号は見当たらない。


どうしても信じられず、頬をつねって見たがしっかりと痛む。



「はは....なんだこれ...現実なのか....。」



決して夢などではなかった。俺は不合格になってしまったのだ。



成績優秀者に選ばれるどころか、まさかスタートラインにすら立たせてもらえないなんて。



今になって考えてみれば、この結果に、何も不自然な事などなかった。



俺が、この10年でミカドに教わった事といえば、敵の急所の狙い方だの、罠の張り方だの、勉学とはあまりにも掛け離れたものばかり。



今回行われた筆記試験も、思い返せば、名前すらかけていたかどうかも怪しい。



呆然と立ち尽くす不合格者を置き去りに、教員に連れられ、合格した者達は学園内へと消えていった。



きっと中では、暖かい雰囲気の中、歓迎式でも行われているのだろうか。



残された不合格者はみな、俺を含めその場を動けずにいた。


その時、校門から色黒の大男が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。



そのゴリラ似の男は、ゴミでも見るような目で一同を見回した後、大きな声で怒鳴り出した。



「私はこの学園の教員、岩垣 剛だ!


落ちこぼれのクズ共!私は、諸君らに再試験のチャンスを与えにきてやった!」



チャンスをくれる、その言葉で全員が一斉に顔を上げた。



「その再試験の内容というのは.....。」



魂喰こんじきの森で、一年間生き延びろ!!


これを達成できた者にのみ、我が学園への入学を許可する。以上だ!!」




魂喰の森、その単語が男の口から出た瞬間、みなの表情が一斉に曇る。



魂喰の森。それは、今から10年前に発見された、別次元に存在するモンスターの生息地だ。



10年前、突如現れた次元の歪み。

その森には、これまで500を超える人間が足を踏み入れた。


そして、誰一人として生きて帰った者は報告されていない。



その余りの死者数から、魂を喰らう森、魂喰の森という名称でいつからか呼ばれ始めた。



しかし、犠牲者の数は、そこに生息するモンスターの強さの表れでもある。



それらを入手し、人生逆転を狙う命知らず共が、毎年後を絶たないのだ。


かくいう俺も、数年前に魂喰の森への潜入を志したことがあった。


しかし、その時はミカドの猛反対に遭い、諦めざるを得なかった。


魂喰の森の話になると、ミカドは人が変わったように激情する。


その為、最近ではその名を出す事自体控えていた。



不合格者の殆どは、話を聞く前とさほど表情の変化はなく、依然落ち込んでいた。



「魂喰の森に行くなんて死にに行くようなもんじゃないか....。」



「きっぱり諦めてもらう為の体のいい口実か....。」



そんなネガティブな発言が、彼方此方から聞こえてくる。


しかし俺は、チャンスだと思った。


そもそも筆記試験なんかで俺の実力が測れる訳がないのだ。



こういう実技試験を、俺は待ち望んでいた。



最後に岩垣は、試験日時と集合場所を告げ、去っていった。



試験日は、1週間後の8月17日、時間はPM9時。


集合場所は、魂喰の森の入口がある、平和広場。


忘れないよう、もはや用済みになった受験票の裏にメモを取った。



帰宅した俺は、ミカドの許可を貰うべく、話し合いに臨んだ。


きっと前回同様、反対されるに決まっている。



しかし残された道は、再試験を受けること以外に存在しないのだ。



案の定、ミカドの説得は荒れに荒れた。



「バカッッッッ!!!何言ってやがる!!!」



ミカドの声は、怒りと迫力に満ちており、ボロボロの我が家を震わせる。


幸い、周辺にはモンスターしか生息していない為、隣近所に迷惑はかからない。


入学する為には、魂喰の森へ行くしかない。何度そう説明してもミカドはダメの一点張り。


やがて口論は、掴み合いの喧嘩へと発展した。


今まで幾度となく争っては来たが、この日は歴代1の激しさとなった。



2人共、攻撃の手を休める事なく、お互いの主張を繰り広げる。


「自分の親の死因を忘れたのか!!!お前もそうなりに行くようなもんだ!」


「あの学校に入れなきゃ、死んだも同然なんだよ!!


それに俺だって少しは強くなったんだ。いい加減子供扱いはやめろ!!」


お互い更にヒートアップし、ここから先は命懸けになる、そう覚悟した。


「なにぃぃ!?偉そうに口答えしやがって!!

お前みたいなガキ1人に、一体何ができるってんだよ!!!」


ミカドの鉄拳は、どんどんと威力を増していく。


やはり、こいつを説得するなど、始めから無理があったのかもしれない。


諦める、その選択肢が頭をよぎったその時、俺の何気ない一言で事態は一変した。



「1人で何が出来るってぇ!?


じゃあ、1人じゃなきゃいいとでも言うのかよ!


なら、お前も一緒にこい!!それなら問題ねえってのかよ!!!」



1人では何も出来ないというのならば、1人じゃなけれいいのか。



それは、売り言葉に買い言葉で出た、苦し紛れの一言だった。



しかしその言葉で、ミカドの拳の雨は突如止んだ。



ミカドはそのまま腕を振り上げた状態で、しばらく固まったままでいた。



数分後、落ち着きを取り戻したミカドが、ゆっくりと口を開く。



「しょうがねえな.....。お前がそこまで言うなら仕方ねえ。


あーあ、めんどくせえけど、ついてってやるかぁ。」



「え?マジで...?」



思わぬ展開で、何故か許しを得てしまった。


俺は困惑しつつも、とりあえず安堵した。



いや、だが待て。


ミカドは現在、仮にも俺の保護者であると言える。



保護者同伴で試験を受けるというのは、とても恥ずかしい事なのではないのだろうか。



これじゃまるで、親離れ出来ない甘えん坊小僧じゃねえか。



「おい、ちょっと待て!やっぱ今の話はなかっt」


そう言いかけた瞬間、再度ミカドの目に火が灯り、みるみるうちに眉間にシワが寄っていく。


まずい、あの顔は本気でキレる3秒前の表情だ。


この10年間で培われた、俺の野生の勘が、大音量で危険を知らせている。



結局、ミカドの同行を条件に、俺は再試験を受ける事を許可されたのだった。



その夜、疲労感と達成感から、泥のように眠りについた。



翌朝、自分の体が回転する衝撃で目を覚ました。


「いつまで寝てんだ!バカ野郎!」



ミカドに布団を剥ぎ取られ、何が何だかわからぬままの俺。


「今日から試験開始までの間、出来る限りの鍛錬をお前に施す!!覚悟しとけ!!」



そう叫ぶミカドは、これまでに見た事がないほど、覇気と気合いに満ちていた。



その宣言通り、試験開始までの1週間、史上最凶クラスの特訓メニューが俺を襲う事となる。


果たして俺は、魂喰の森での再試験を、乗り越えれるだろうか。


なによりまず、俺は、無事に1週間耐えることが出来るのだろうか。


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