クズじゃない、全力なだけ。〜ダメな男に拾われた少年〜

@tabenoko

プロローグ

幼い頃の俺は、絵本や物語に登場する正義のヒーローに対して、不信感を抱いていた。



何故、最初から必殺技を使わないのか。



相手の弱点を狙ったり、人質をとって戦えば、もっと確実に勝つことが出来るのではないか。



だがそれをしてしまうと、悪者と同じだと皆は言う。



例え、悪い奴が相手でも美しく戦って勝つ、それが人には喜ばれるらしい。



だが俺は、そんな戦い方をして万が一負けたら元も子もないだろう。そう思えて仕方がなかった。




そんな少し変わった俺の人生が一変したのは、6歳の時だった。



その日は日曜日。



朝起きると、机の上には置き手紙と少しのお金。それは見慣れた光景だった。



俺の父と母は、毎日のようにモンスターの生息地へと足を運んでいた。



まだ見ぬ伝説のカードを求めて、ありとあらゆる場所へと赴き、夜遅くに帰宅する。



その間、俺は一人で留守番をする。いつもそうだった。



寂しくはなかった。1人での過ごし方以外を知らなかったので、これが当たり前だったのだ。




だが、その日はいつもとは違った。



日が暮れても、翌朝になっても父と母が帰って来くる事はなかった。



それから3日後の夜、俺の叔父を名乗る人物が家を訪ねてきた。



叔父に連れられて向かった先は、葬式会場だった。



その時初めて、俺は、父と母の死を知らされた。



2人の死因は、モンスターに襲われた事によるものだったと、叔父は話してくれた。



あまりにも危険な場所だった為、遺体の回収すら叶わなかったという。



俺はそれを聞いても、不思議と涙は出なかった。



物心ついた時から、両親との思い出は殆ど無いに等しかった。


目を覚ますと既に家にはおらず、俺が寝てから帰ってくる為、顔を合わせる事自体珍しかった。


今思えば、自分は可哀想な子だったのかもしれない。


その後、俺はしばらく叔父の家で過ごす事となった。


叔父は無口で、俺に関心がない様子だった。



他の親戚の人達も、俺が気に入らないのか冷たい態度だった。


彼らは毎晩のように、誰が俺を引き取るかで揉めていた。



ロクに働きもせず、カードばかりを追っていた父と母を、親戚一同疎ましく思っていたらしい。



そんな2人の子である俺を、全員で押し付けあっているようだった。



薄い壁の向こうから聞こえてくる大人達の怒声。



俺は、そんな争いが嫌で仕方なく、いつも耳を塞ぎながら夜を過ごした。



自分はきっと、ここに居てはいけないのだ、そう思えて仕方がなかった。




そして両親の葬式から10日後の夜、俺は叔父の家を飛び出した。



行くあてなどなかったが、とにかく走り続けた。



出来るだけ遠くへ、あの醜い大人達の声が聞こえない所まで。



がむしゃらに走った俺は、いつの間にか森の中へと迷い込んでいた。



そこは、初心者カードコレクターがよく利用する、ビギナーの森と呼ばれる場所だった。



草木の葉擦れの音に混じって、不気味な鳥の鳴き声が聞こえる。



辺りに人は住んでおらず、月明かりが僅かに差し込むだけで、辺りは闇に支配されている。



そんな暗い森の中、1人立ちすくむ俺の前に、突如、赤い獣が姿を現した。


「な、なんだよ....こいつ...。」



大きな口からよだれを垂らし、光る目でこちらを睨んでいる。



ジリジリと間合いを詰められ、いつ襲われてもおかしくない状況だった。



いくら初心者用の森とは言え、丸腰の子供が敵うモンスターなど、そこには存在しない。



恐怖で声も出せない俺は、ひたすらに心の中で助けを願った。



しかし、誰も俺がここにいる事など知るはずもなく、無慈悲にも獣は跳躍の構えを見せた。




獣が飛びかかるその刹那、父と母もこんな風に死んでいったのだろうか。ふと、そんな事を思っていた。




どうせ生きていても厄介者扱いされる。



ならば、ここで襲われて死ぬ方が、大人達には喜ばれるのかもしれない。




食われる、そう覚悟した瞬間、突如獣に何者かが襲い掛かった。



そいつは獣の首を掴むと、思いっきり頭突きをかまし、尾を掴んで振り回す。



その容赦ない戦い方は、偶然にも俺が正義のヒーローに求める戦闘スタイルそのものだった。



男は、気絶させた獣片手に俺へと顔を向ける。



長髪にびっしりと髭を生やしたその顔は、まさに悪人面という感じだ。




無機質な目で、ジロリと俺を睨みながら、低い声で話し出す。



「こんなとこで何やってんだよガキ。てめえも一緒に食っちまうぞ。」


怯える子供に掛ける言葉とは、到底思えないそのセリフに、俺は度肝を抜かれ、恐怖した。


だが同時に、憧れの感情をその男に抱いた。


これだけ強ければ、何にも邪魔されずに、好きに生きれるのだろうか....。



これが、俺と「ミカドゼン」の、今も尚続く関係の始まりの日の出来事である。


今思えば、俺は、この夜に死んでいた方が幸せだったのかもしれない。


この日の事を思い返しながら、俺はそう思った。


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