最終話 まんまと騙される
今は木曜日の午後。デイケアで大事な話がある。それは、新しいプログラムを考えること。既にミーティングは始まっており、メンバーさんに先ずは意見を求めた。だが、誰も発言しようとはせず、黙りこくっている。因みに司会者は僕。
「皆、何かしたいことは無いの?」
そう声掛けすると、
「あのう……」
川森りあが恐る恐るといった感じで、小声で挙手しながら言った。
「おっ、川森さん。どうぞ」
僕がそう言うと、
「あたし、思ったんですけどデイケア通信というような名前で、新聞を作ったらどうでしょう?」
僕は思わず高木紀子主任の顔を見て表情を窺った。パッと明るくなったように見えるが、発言したのは、大沢恵だ。
「りあ! それいいじゃん。さすが読書が好きなだけあるね!」
他のスタッフの顔を見渡しても、感心しているようにみえる。
川森りあは、二十歳で無職。デイケアに来るようになって約一年になる。外見は、茶髪で髪型はボブ。背は高い方だと思う、多分百六十センチは超えていると思う。彼女が言うには、細い目つきのせいか、町を歩いていると若い奴らに因縁をつけられると言っていた。可哀想に。でも、性格は気が小さいし優しい。病名はうつ病なはず。特技はハンドメイドでサイトに出品しているらしい。なかなか器用な子だと思う。僕が知っている限りでは、パズル、手芸、ゲーム、読書などが好きらしい。川森りあの行動を見ていると、病気の治療が早かったからか調子はいい様だ。でも、人間関係を上手く構築出来ない様子。得意なハンドメイド等では話せるが、その他では上手く話せない。能力のある子だからデイケアで訓練して、世に出て働いて欲しいと僕は思っている。人込みが嫌いらしく、外食は出来ないし、満員電車も乗れないと言っていた。
大沢恵に褒められたから、
「恵さん、ありがとうございます」
お礼を言っている。僕がデイケアで働き出した頃は、メンバーさんやスタッフに何かして貰っても、ありがとう、すら言えなかった子だ。でも、最近では少しずつではあるがお礼や会話が出来る様になってきた。進歩している証拠だと思う。僕は、川森りあに質問した。
「すぐには決まらないかもしれないけれど、どんな記事を載せたいと思っているかな?」
彼女は黙った。考えているのかな。
「うーん、そうですね。デイケアのプログラムなどはいかがでしょう?」
少しの笑みを彼女は浮かべた。自信があるのか、それとも嬉しいのか。
「それを決めるのはまずメンバーさんの意見を訊いて、それからスタッフで検討しようかな。折角、案を出してくれたからね」
高木紀子主任はそう言った。
「わかりました」
「記事を載せるなら、デイケアのことや院内の事になると思うよ。今まで色々なことをやってきたけどその中から抜粋して記事にするっていう案もあるわ。メンバーさんで他に意見があるなら発言してね。あくまでも、今言ったのは例えだから」
高木紀子主任は出しゃばりだと思う。そこまで言ったら他に意見はあるのだろうか。デイケア室の中は静寂に包まれた。やはり、案は他に無い様だ。僕は、
「いつまでに決めたらいいですか?」
高木紀子主任に訊いた。すると、
「早ければ来月からがいいかと思うけど」
という返事が来た。なるほど、と思った。
「遅くても再来月からだね」
「分かりました」
急いでいるのかな? 僕が言い出したことだけれど。まあ、だらだら先送りにするよりはいいけれど。こういう話の流れは、スタッフが決定するような形だから、あまり良くないと思う。プログラムを組むのはスタッフがやる。でも、プログラムの内容はスタッフが決めても、行動を移すのはメンバーさんが率先してやってほしい。その都度、スタッフの声掛けが無くても動いて欲しいと僕は思っている。だから、敢えて見守る時もある。でも、周りのスタッフが助け舟を出してしまうから僕の行為が無駄になる場合がある。でも、助けを出さないで欲しいとは言えない。新人だし。
午後三時にデイケアでの活動は終わり、これから掃除の時間。デイケア室を掃除機かけてテーブルや手すりを拭いたりして、その後、除菌して一通りの掃除を終えて解散、という感じ。メンバーさんが掃除しているところはスタッフがその様子を見ている。少しの汚れは仕方ないけれど、はっきりわかる汚れは落としてもらう。なので、掃除がスムーズにいけば帰るのも早いし、汚れが酷いと帰りも少し遅くなる。
いつものように送迎を終わらせ、スタッフルームでミーティングが始まった。勿論、テーマは新しいプログラムについて。高木紀子主任は、
「来月からは早いかしら? メンバーさんを焦らすような気がして」
と言った。上原博さんは、
「確かに沢山時間があるわけではなさそうですね。焦るかもしれません」
発言した。上田志穂さんや、笹田亮子さんも同意見だ。再度、高木紀子主任は言った。
「担当は山崎君、いいかしら?」
笑みを浮かべながら言った。
「はい、勿論です! やらせて頂きます」
「じゃあ、よろしくね」
「はい!」
「内容については山崎君、考えたら教えてもらえる? 一応、見てみたい」
「わかりました」
新しいプログラムについての話しを終えた後、それぞれ日報を書いていた。
僕は午後六時頃に帰宅して神崎奈々にLINEを送った。
<今、帰って来たよ>
数分で返信が来た。
<おつかれー! あたしは大学の課題やってたよ>
僕はすぐに返した。
<おつかれ! 相変わらず勉強頑張っているな。偉い!>
<エライしょ! もっと褒めて(笑)>
彼女は面白くて可愛い奴だ。僕は、
<今日も会えるの?>
暫くしてから返事は来た。
<ごめん、今日は約束があって……>
<そうなんだ、残念>
<じゃあ、電話は出来る時間あるの?>
僕が質問すると、
<うーん……。帰りが早かったら連絡するね>
何だかいつもと様子が違う、おかしい。まあ、そういう時もあるか。そう思うことにした。
因みに友達って男性かな、それとも女性かな。気になる。女性ならいいけれど。男性ならがっかりだ。一応、訊いてみよう。
<友達って男性? 女性?>
<何で?>
<気になったから>
嫌な予感がする。少ししてから、
<男性だよ>
やっぱり! 続けてLINEを送った。
<その男性とはどういう関係?>
<うーん、ぶっちゃけて言うね。彼氏だよ>
えっ! マジか! 今までの僕との関係は何だったんだろう……。ショック……!
僕はそれ以上LINEを返すのをやめた。友人の谷川徳治は何故、彼氏のいる女性を紹介してきたのだろう。それと、僕のこの気持ちはどうしてくれる。もう好きになってしまったのに……。そう思うと腹が立ってきた。文句を言ってやる。僕は谷川徳治に電話をかけた。今は午後七時前。きっと、仕事は終えているだろう。でも、何度呼び出し音を鳴らしても繋がらない。何でだ。まだ、仕事中なのか? それとも谷川徳治に騙されたのか。でも、もし騙したとしたら、なぜ、そんなことをしたのだろうという疑問が残る。僕は女性との経験が少ない。出会いもそんなにないし、出会って好きになって告白してもフラれるし。女運がないのかな、それとも、見た目が酷いからフラれるのかは分からないけれど。
少ししてから谷川徳治から電話が折り返しかかってきた。
「もしもし」
『山崎、電話くれたろ? どうしたんだよ』
「谷川! おめえ、何で彼氏いる女を紹介したんだよ? 騙したな!」
『ええ! そうだったのか? それは俺も知らなかったぞ』
「マジか! じゃあ、あの女が隠してたってことか?」
『きっとそうだわ』
「でも、なぜそんなことをしたんだろう」
『わからん』
「畜生! この僕の気持ちはどうなるんだ!」
『どうなるって、山崎、お前まさか……』
「ああ、そのまさかだよ! 好きになっちまった!」
『かー……そうなのか……。それは悪いことしたな。俺ももっとよく奈々のこと訊いておけばよかった。本当に彼氏がいないのかを』
「だけど、そんなにしつこく訊いたら奈々、怒るんじゃないの?」
『うーん、どうだろうな。それは分かんないな』
僕はフラれたも同然だと思った。それを谷川徳治に言うと、「まあ……な」と、気まずそうにしていた。
「諦めるしかないよな。訊くまでも無いことだけれど」
『そうだな、すまん……』
彼は本当に悪いと思っているようだ。
「いや、いいよ。謝らなくても。仕方ない。諦めるよ」
『そんな簡単に諦められるのか?』
「奈々に文句言ってから諦める、それしかない」
谷川徳治は何も言わなかった。電話を切ってから僕は奈々に電話をかけた。だが、
「この電話番号は現在使われておりません」
というアナウンスが流れた。
「くそっ! あいつ、電話番号変えやがった」
LINE通話もしてみたが繋がらない。このままじゃ、腹の虫が収まらない。奈々の家に谷川徳治と行って来るか。その旨を再度彼に電話して伝えると、
『そこまでしなくていい』
と一蹴された。
「このままじゃ、気が済まん!」
『でも、そんなことをしたら家を教えた俺が悪者になっちまうよ』
「くそったれ! どいつもこいつも!」
僕はそれっきり谷川徳治や神崎奈々とは連絡を取るのをやめた。連絡先なども全て消した。谷川徳治に関しては、奈々に彼氏がいないかどうかちゃんと確認しなかったからそのバツだ。腹の虫が収まったら谷川徳治のLINEを復活させる。いつになるかわからないが。
奈々のLINEは使えないから抹消する。勿論、電話番号も。こういうことがあって以来、僕は彼女を作る気が無くなってしまった。また、欲しくなったら作ればいい。そういうことだ。
(了)
帰路 遠藤良二 @endoryoji
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