第27話 新聞

「ゴリアテ! 奴らを薙ぎ払え!!」

「ンダ……」

 ブランケンハイムの言葉で前に進みだしたゴリアテだったが、何故か動きが緩慢でゆっくりとしか進めない。焦りの色を見せるシスターが叱咤する。

「もっと急がせてエドガー!」

「分かってる! 分かってるが……。クソッ!! 息子は熱に弱いんだ」

 出口に立つ兵士たちが迫りくる怪物に銃口を向けるが、天を仰いだ格好をしているコットン・マザー牧師が発砲を止めさせる。

「大丈夫だ。神は我に味方している」

 牧師がそう呟いた次の瞬間、天井の一部が崩落しゴリアテに襲い掛かった。

「ブゥオオ――!!!」

 情けない断末魔を上げ、瓦礫の下敷きになるゴリアテ。シャーロットが一番に駆け寄り、何とかして覆いかぶさる木材を退けようと頑張る。

「しっかりしてゴリアテ! 大丈夫、私が助けてあげるから!!」

「まったく、肝心なときに役立たずね」

 シスター以外もゴリアテ救出に取り組み、何とか助け出すことが出来た。しかし、怪物は歩くことすらおぼつかないほど衰弱していた。

「スマネェ……、オイら、汗カケネェんダ」

「頑張ってゴリアテ。じっとしてなさい」

 額に汗を滲ませたシャーロット。彼の禿げあがった頭頂部にハンカチを振って必死に風を当て続ける。

 イーデンは不敵な笑みを見せるマザー牧師を睨みつけ、非難の言葉を口にする。

「それでも聖職者かコットン・マザー! いますぐ彼女を解放しろ!!」

「ああ良いとも! そのために連れてきたんだからのう!! この場でおぬしらと一緒に焼け死んでもらうためにな!!!」

 マザー牧師は、掴んでいたクルルを乱暴に突き飛ばした。何とか踏ん張りを見せる彼女だったが、数メートル進んだ所でうつ伏せに倒れ込んだ。マザー牧師は自らに酔ったように言葉を続ける。

「まさか、バケモノが火に弱いとはな。もちろん! 当たり前の事だが、それに気づかせてくれた君の友人だかいう新聞記者には感謝せんとな!」

「いったい何を言っているんだ?」

「冥途の土産に教えてやろう」

 マザー牧師はおもむろに新聞を取り出し、記事を朗読しだした。


「ボストン監獄火災の容疑者、無実を主張。本誌記者による独占インタビュー。先般、ボストン第二教会コットン・マザー牧師より喧伝される監獄火災の容疑者、イーデン某とクルル某の反論をここに記す。ショーマット半島より……まぁこの辺は関係ないから飛ばすとして、最後に、マザー牧師より魔女と名指しされる不思議な力を持つクルル某。しかし、彼女は火が極端に苦手で川べりで暖を取るために熾した焚火にすら近寄ろうとしなかった。火が近くに有ると力がまったく出ないそうだ。このことによりうんぬんかんぬん……。記サイレンス・ドゥーグッド」

「あのバカ……、要らない事まで書きやがって!」

 マザー牧師は彼に敵対的なニューイングラント・クーラント紙における彼に対する糾弾記事に目を通していたのだ。そして、毎度彼に対する批判を展開する謎の記者サイレンス・ドゥーグッド――正体はベンジャミン・フランクリン――から、クルルに対抗する方法を教わった事が余ほど痛快だったのだ。


「さてと、これで私は満足したぞ! さらばだ皆の衆!! 地獄に落ちるお前たちに最後の裁きを!!!」

 マザー牧師が右手を振り上げようとした瞬間、ブランケンハイムが叫んだ。

「みんなゴリアテの陰に隠れろ!」

 しかし、

「クルル!」

 イーデンだけは、取り残されたクルルの元へ駆け出した。時を同じくして、マザー牧師は振り上げた右手を振り下ろし、一斉射撃の合図を送った。

 ――パンッ! パンッ! パンッパンッ!!

「危ないイーデン!!」

 自分に駆け寄るイーデンを目にし、クルルは最後の力を振り絞り立ち上がった。イーデンに向けて放たれた銃撃を遮る形となり、無情にも一発の銃弾が彼女の背中に命中した。その反動で、彼女の体が慣性に逆らって仰け反る姿を彼の目は捉えた。その時点から時の流れが変わり、スローモーションで光景が変化していく。彼は言葉にならない叫びを上げ、崩れ落ちる彼女に必死で捕りつこうと手を伸ばした。重なり合った二人の体は燃え盛る教会の中心に横たわる。

「引き上げるぞ!」

 牧師の一団は去り際、入り口に油を撒いて火の勢いを上げ、出られないように外側から扉をしっかりと閉めた。退路は完全に閉ざされたのだ。


 イーデンは目を開け、眼前の彼女の顔を見る。その唇が僅かに動いたように見えた。

「クルル! しっかりしろ! 死ぬな!!」

「イー……デン。ダイジョ……です……か? ゴメン……なさい」

「謝るなよ! お前をレッドウッドの森へ帰すって約束しただろ? なぁ、約束は守れよ!!」

「イーデン。あなたに……会ってから、初めて……私……」

「もう喋るなクルル……僕が何とかしてやるから」

「私……クルル……、私が……私に成れた。ありがとう……イー」

 力なく首が垂れ、開きかけていた目が閉じられた。抱きかかえる彼女の体がぐったりして重く感じた。

「死ぬんじゃない! 死ぬんじゃないよ!! お前は最強なんじゃないのかよ? なんで、僕より先に死ぬなバカ!! 僕にはお前が、お前が、まだ必要なんだよ!!! うぅ……」

 彼女を抱きしめながら泣き崩れるイーデン。煙の勢いも増して周囲の視界も悪くなってきた。段々と意識が遠退き、クルルとの思いでが走馬灯のように彼の心に去来する。いきなり馬乗りになって睨みつけてきた初対面。監獄に捕らえられても、陽気さを崩さずイタズラ好きな一面を見せた彼女。初めて見せた涙にそれまで敵対していた彼女に心動かされそうになった事。頑丈で力持ちなのに植物みたいに火や海水に弱い所。甘いものに我を忘れるくらい目がない所。いつも元気いっぱいの笑顔で勇気づけてくれたこと。そんな彼女と僕の時はもう終わりを告げる……。


 イーデンは混濁していく意識の只中で、咳き込みながら近寄ってくる足音が聞こえた。

「ゴホゴホッ……。離れろ! まだ、手はある」

 イーデンは頬を叩かれて意識を取り戻させられた。見上げてみると、そこには口元を抑えたブランケンハイムが立っていた。

「水銀を寄こせ!」

「いまさら何を?!」

「こいつを助けるんだよ!!」

 ブランケンハイムは倒れて込んでいるイーデンの首根っこへ乱暴に掴みかかり、彼の首から哲学者の水銀入りの革袋を奪った。

「ゴホゴホッ、頼むぞ。予想が当っててくれ!」

 ブランケンハイムはクルルの銃創に袋の中身を僅かに垂らした。すると、緑色の閃光と共に、みるみるうちに傷口が塞がっていったのだ。イーデンが奇跡に目を見張る中、クルルは弱々しく目を開いた。

「飲むか?」

 ブランケンハイムに促され、袋の中身を口に入れるクルル。効果は即時現れ、血色を取り戻した彼女はすくっと立ち上がった。

「クルル! どうなってんだ?!」

 クルルの復活に煙で意識を失いかけていたことなど忘れ、彼女に抱き着こうとしたイーデン。しかし、ブランケンハイムがその前に阻止する。

「その前に、脱出だ! おい、何か方法ないか?」

 ブランケンハイムの質問に少し悩んだ末、彼女はある方法を思いつく。

「銀の水の袋を貸してください」

「使いすぎるなよ!」

「大丈夫です。皆さん目と耳を塞いでしゃがんでてください」

 クルルはそう言うと、袋に口を付け銀の水を口に含んだ。頬っぺたを膨らます彼女を見てブランケンハイムは慌てる。

「ああああ! 全部飲み干すなよ!!」

 彼女は、ニッコリと笑顔で返答すると、真上に向って銀の水の霧を吹きだした。

 そして……。

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