第26話 教会

 いきなり出現した怪物に、驚き慄いた兵士たちだったが、すぐに体勢を立て直して銃口をゴリアテに向けた。ゴリアテはイーデン達を隠すように前に出て、壊れた壁の木片を放り投げた。兵士たちは何とか身をかわし、反撃の発砲をする。

「バケモノがぁ!」

「イテェんだヨ! オメェら!!」

 しかし、マスケット銃の威力ではゴリアテに血を流させることは出来ない。次の瞬間には、その図体からは想像もつかないような素早さで兵士の一人に掴みかかった。

「ぎゃあー! 体が千切れる――!!」

 幼子が虫を引きちぎるように、兵士を掴んだ両手を捻ろうと力を込める寸前。

「止めてゴリアテ!!」

 シャーロットの叫びを聞いたゴリアテは、やれやれといった表情で首を振り、手に持った兵士をぞんざいに投げ捨てた。

「総員退避!!!」

 勝ち目が無いことを悟った兵士達は、我先にと屋敷の方角へ駆け出していった。


「このデカいのは、お前の知り合いなのかシャーロット?」

「気が付いたのね! お父様!!」

 バーチ氏は痣の出来た顔をさすりながらゴリアテを見上げていた。シャーロットは、父親が意識を取り戻したことにホッと胸を撫で下ろす。しかし、差し迫った状況に神経を尖らせていたイーデンは、急き立てるように彼に話しかけた。

「バーチさん。歩けるなら早く一緒に逃げましょう!」

「いや、私はいい。君らで早く逃げなさい」

「お父様、どうしてよ?!」

「狙いはお前たちだ。このままではこの先、私は足手まといになるだろう。ここまで逃げおおせたんだ。私一人で後は何とかするさ」

「バーチさん」

「ウッドハウス。いや、イーデン君。娘の事を頼んだぞ」

 グッと強く手を握られ、しっかりと目を見据える彼の視線に、イーデンは覚悟を読み取った。大きくうなずきあった二人は手を離した。

「行こう、シャーロット」

「お父様! 絶対戻ってきますわ!!」


「ホンじゃ、コイよオマエら」

 ゴリアテは二人を抱きかかえ、走り出した。その後、ゴリアテに抱えられた二人は、森の中を運ばれていった。柔らかな腐葉土を抉りながら、巨人は飛び跳ねるように駆けていく。目まぐるしく木々の間を、尋常じゃない速度ですり抜けていく恐怖に、イーデンはたまらず声を上げる。

「ゴリアテ! もっとゆっくり走れないのか?!」

「ア? ナンダって?」

「こっち向かなくて良い!! 前! 前! うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ゴリアテがよそ見したため、大木が間近に迫り、正面衝突しそうになったのだ。しかし、イーデンの悲鳴をよそに、ゴリアテは正面の大木に冷静に頭突きをかました。

「キャハハハハハハッ! 最高よ!! ゴリアテ!!!」

 大木は砕け散り、シャーロットは歓喜の声を上げた。イーデンは心底楽しそうにしている彼女を眺めて、一体どんな神経をしているんだと気後れせざるを得ない。


 やがて、道のりが緩やかな下りに入り、木々の先に光が見えた。

「集落だ!」

 どうやら植民地軍はまだ来ていないようだ。ゴリアテは歩みを止めることなく集落の中を突っ切って行く。

「ゴリアテ止まってくれ! 宿を過ぎてる!!」

 イーデンの訴えを聞くことなく、ゴリアテは走り続け、やがてそのまま彼らは集落の奥にある粗末な教会へとたどり着いた。入り口の前で降ろされた二人にゴリアテが促すように話す。

「ハイれ、オメェら」

「何だよ?」

「とりあえず、彼のいう事を聞きましょ? 助けてくれたんだし」


 ペンキすら塗ってない木造の礼拝堂に入っていくと、祭壇の前で待ち構える見知った二人の人物。

「エドガーとシスター・ジュスティーヌ?」

「いつのまに、あの美人と知り合いになったのイーデン!」

「痛い痛い!! 何で頬っぺたをつねるんだ!?」

 ゴリアテに押されるように、祭壇前までやって来た二人。粗末な建物の割には、祭壇の背後に飾られた磔にされたキリスト像や壁面を彩るステンドグラスはとても立派なモノだった。

「危ないところだったわねイーデン。もう少し早く情報を掴んでいれば、こんな手間はかけさせなかったんだけれど」

 シスターは妖艶な微笑みを湛えて、彼の頬に手を添えてきた。シャーロットは顔を赤くするイーデンの横っ腹にエルボーをかまし、一歩下がらせた。

「シスターにしては、ずいぶんとふしだらな感じがしますけど、いったいどういったご用件ですか?」

「ごめんなさいね。こんな格好でも殿方を虜にしてしまう罪な女で」

 余裕しゃくしゃくとしなをつくるシスターに怒髪天を衝く寸前といったシャーロット。やれやれと首を振ったブランケンハイムが割って入る。

「ミス・シャーロットはご立腹の様だから、私の方から説明して進ぜよう」

「頼むわ、エドガー」

 キッと睨みつけるシャーロットに対して大人の余裕ある微笑み見せるシスター。だから女どもは! といった感じでブランケンハイムは少し引き攣った笑みを貼りつかせたまま、用件を口にしだした。

「単刀直入に言おう。イーデン、我々の仲間にならないか?」

「ちょちょっと! どんな組織かも判らないのに、いきなり仲間になれなんて……」

「我々の名は薔薇十字団ローゼンクロイツァー。ヨーロッパに広く勢力を伸ばす、言うなれば秘密結社だ。我々は互いの宗教や国家を超えて過去から現在にいたる叡智を収集している。その目的は、個人や国家という枠組みを超えた宇宙的調和を目指すものだ。簡単に言えば世界平和を目的とする組織ともいえるかな。イーデン。君が手に入れた奇跡は世界に破滅をもたらす可能性がある。特にイギリスやニュートンのような独善的な輩に渡った場合はね」

「いきなり何を言い出すんだエドガー! 助けてもらった事は感謝してるけど、そんな得体の知れない組織にはいそうですかと入れるわけないだろ!」

 イーデンは、またも訳の分からない厄介事に巻き込まれ途方に暮れた。

「それに」シャーロットが口を挟む。「イギリスを悪く言うのは、あなた達がフランス人とプロイセン人だからでしょ?」

 彼女の問いに対して答えるシスター。

「エドガーは国に捨てられたわ。もしくは捨てたのだったかしら?」

「シスター・ジュスティーヌ!」

「あら、ごめんなさい。交渉には関係ない話だったわね。私は見ての通りイエスズ会のシスターだし、フランス政府とも繋がっているわ」

「なんだ。国家間の争いなんじゃないか! 曲がりなりにもイギリス人の僕がフランスの手先になるわけないだろ!!」

「では、質問するけど。あなたはこれまでの旅で、インディアンにどれだけ遭遇した?」

「ボストンに行商に来ているのは少し見たし、ここに来る直前は、森の中のゴルキン族集落で過ごしたけど、それがどんな関係が有るんだ?」

「元々アメリカ大陸はインディアン達が大勢いたはずよ。彼らは何処に消えたの? なんで街中に彼らの姿がほとんどないの? 街道沿いに彼らの畑が無いのは何故?」

「そんなの僕が知るかよ! 奴ら小さなテント暮らしの狩人だろ? いつも森の奥深くを移動してるから見えないんじゃないの?」

「インディアンが狩猟生活だけをして暮らしているわけではないわ。元々大きな家も持っていたし、畑だってしている」

「じゃあ、通り道沿いにたまたま居なかっただけだろ」

 いったい何の話に付き合わされてるんだと呆れ気味になっていたイーデン。しかし、シスターの突き付けられた次の言葉が彼の心に重くのしかかることになる。

「殺されたのよ」シスターは呟いた。

 イーデンは一瞬言葉に詰まった。何て答えれば良いのか頭が真っ白になった。そんな彼の代わりにシャーロットが口を開く。

「争いになれば、双方、死人は出るわ。そんなの戦争では当たり前でしょ?」

「違うわ。イギリス人のやっていることは虐殺、民族浄化ジェノサイドよ。土地を奪うために、皆殺しにするか、彼方へと追い立てたのよ。フレンチアメリカ(ハドソン湾から五大湖、ミシシッピ川流域のメキシコ湾まで連なるフランス領アメリカ)には多くの難民が押し寄せてきているわ。フランス政府は少なくとも、彼らを無理やり追い立てたりしてないし、共生して暮らしてる。インディアンの住む場所に教会を建てて啓蒙だってしているわ。哲学者の水銀を手に入れたイギリスがこの先、その豊富な資金を使って我々の土地に攻め入ったらどうなると思う?」

「それは……」

「それに、あなたの大切なインディアンの彼女。その故郷はどうなるのかしら?」

「あ……」

 イーデンにとって他人事だった話が急に自身に近いものなる。クルルの故郷、レッドウッドの森はフランス領の奥地、もしくはさらに深い未開の地にある。そこまでイギリスの覇権が拡がったら一体どうなってしまうのだろうか……。

「どうなのイーデン?」

「それは……」


 イーデンが返す言葉が見つけられないでいると、突然、爆発音と共に、教会の四方の壁から火の手が上がる。

「一体どうなってるんだ? イギリスの連中はこの手で残らず始末したはず……」

「何だって?! どういうことだシスター?」

「ともかく外に逃げましょうイーデン!」

 祭壇から正面の扉へ向けて一同が駆けだすと、正面の扉が開き、数名の兵士と共に一人の牧師が現れた。そして、その手には憔悴した表情のクルルが捕らえられていた。イーデンにとってクルルが捕まったことも驚きだが、目の前に現れた年老いた牧師の顔に目を疑った。

「何をしているんだ! コットン・マザー!!」

「悪魔に魅せられし愚か者どもめ! 業火をもって地獄に叩き落してくれるわ!!」

 燃え盛る炎の先で叫ぶ狂気の瞳。イーデンはまたしても絶望の淵に立たされるのだった。

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