第25話 ストートン家の遺産
テイラーの乗った馬の後ろから、薄汚い恰好をした男がぬっと現れ、イーデンを指さした。
「あいつで間違いありやせん」
「お前は……」
イーデンは目を疑った。歯抜けの口から涎を垂らし、気味の悪い笑顔をみせる汚らしい長髪と伸ばしっぱなしの髭面。
「ヒッヒッヒ! 久しぶりだな嬢ちゃん!!」
やぶ睨みのモーガン。ゴルキン族に捕まったはずの山賊の一人。そして、イーデンに生涯残るようなトラウマを与えた男。
「こんな形で初対面になるとは、残念だよイーデン・ウッドハウス」
テイラーが馬上から彼を見下し、話しかけてきた。
「あのテイラーさん。それは僕も同じ気持ちです。それにストートン家の遺産とおっしゃられても何のことやら?!」
「しらばっくれても無駄だぞイーデン。私が言っているのは黄金を生み出す錬金術の秘宝の事。何よりソレが証拠になるではないか?」
テイラーは顎をしゃくって、地面に散らばる金の礫を示した。
「これは、王立協会に頼んで……」
「ほざくな小僧!」テイラーは将軍の威厳をもって叱りつけた。「こっちはコットン・マザーから色々聞いているのだ。貴様がボストン港に着いてから一ケ月もたっておらん。どうやってロンドンに知らせるというのだ?」
「それは……」
「観念するんだイーデン。貴様が持っているジョージ・スターキーの発明せし秘宝。哲学者の水銀をこちらに渡すのだ」
「これはスターキーの水銀じゃない。作り方は彼が考えたかもしれないが、作ったのは僕だ! それに、元々はクルルたちアメリカインディアンのモノじゃないか!!」
「ずいぶんと威勢の良い小僧だ。だが、私も忙しい身でね。いつまでも説得に時間を費やすほど暇じゃあない」
テイラーが含みのある笑みを湛えながら手で合図を送ると、兵士が結婚式の参列者ごと周囲を取り囲み、次の合図で一斉にマスケット銃を中央に向けた。
「我々は関係ないではないか?」
アレクサンダー卿が狼狽えつつも、代表して抗議の声を上げた。しかし、返答より先にテイラーの構えたマスケット銃が火を噴いた。
「ザコどもは大人しくしゃがんでろ!」
威嚇射撃であったが、関係の無い人々はそれ以上何も言えなくなった。
「僕を殺したら、哲学者の水銀を使えないぞ!」
「ハハッ! そんなことも考慮してない程、間抜けに見られちゃたまらんな!!」
そう言って天を仰いだあと、テイラーは横に控える山賊に視線を送った。モーガンは馬上の大将に大袈裟な敬礼をしてから、ひとり円の中へと入っていく。
「グヘヘ……。テイラー様のお許しが出たんでな。そっちのパツキン姉ちゃんよう! こりゃたまんねぇな!! おいらがたっぷりと! 可愛がってやっからよー!!」
「近寄らないでよ! このブサイク!! 変態!!!」
「グヘヘ……。もっと泣きわめけ! その方が興奮すっから!! ガハハハハ!!!」
「やり口が汚いぞテイラー! それでも将軍か?!」
モーガンの手が彼女に近寄ろうとゆっくりと歩みを進める中、突然、彼の目の前に立ちはだかる人物が現れた。
「娘には指一本触れさせん!!」
「バーチさん!」
「お父様!!」
勇敢にもモーガンの前に立ちはだかったバーチ氏であったが、背は高くとも体力に恵まれない彼では、百戦錬磨の山賊相手では勝負にならない。
「じゃまな爺はすっこんでろ!」
一発殴られただけでノックアウトされるバーチ氏。イーデンも彼女の前に立ちふさがるが、無碍なく掴まれ、地面に叩きつけられた。
「クッ……! なんで……だ?! 狙いは僕だろ!!」
「まだまだ青いなお嬢ちゃんよ。へっへっへ」
「錬金術師には五体満足で言う事を聞いてもらわないといけない。そのための何をすれば良いか? フフッ……、自ずとわかるだろイーデン?」
「さてと、その白い肌をたっぷりと味あわせてもらおうじゃねぇか!!」
「イヤァ――!!」
悲鳴を上げるシャーロットに飛び掛かるモーガン……。しかし、彼女に触れることなく地面にキスした。
「え?」
シャーロットはドサリという音に、顔を覆っていた手を退けた。彼女の左側には背中に矢を受けて倒れ込んでいるモーガンの姿。すると、イングリッシュガーデンを取り囲む背の高い樹木の上から、インディアン特有の雄叫びと共に弓矢の雨が植民地軍に降りかかった。たちまち結婚式会場は兵士と参列者が逃げ惑い、大混乱に陥った。
「内側に入るな! 拡がれ! 直ちに散開! 立ちどまるな! 戦列を立て直し、即時反撃!!」
テイラー将軍は建物の中に避難し怒号を上げ続けた。整然と整えられた庭園は踏み荒らされ、血と泥でグチャグチャに。
そんな騒乱の中、イーデンに呼びかける声が聞こえた。
『早く逃げるんだイーデン!』
「マイケル?! それにタスカローラ族?」
混乱の中、頭上の木の上に現れた鉱山技師マイケルと鉱夫服のまま武装したタスカローラ族。彼らは、イーデンたちの元へ飛び降りてきた。
「セント・ジェームズ(当時の宮殿)からお前の見張りを頼まれてたんだよ」
「え?! 王立協会じゃなくて王宮が?」
「詳しい事は逃げおおせてからだ! 仲間が逃走の準備をしてる。さっさと鉱山集落へ急げ!!」
マイケルが大英帝国のスパイだったいう事に驚きつつも、ともかくこのチャンスを逃す手は無いとイーデンは頭を切り替える。
「シャーロット、早く逃げよう!」
「お父様が!」
「二人で抱えて行こう」
イーデンとシャーロットはバーチ氏の腕を肩に回し、どさくさに紛れて庭園の奥へと駆け抜けた。広葉樹の林を抜けて行くと、背の高い塀に突き当たった。
「ああ、どこかに抜け道はないのか?」
焦りながら壁沿いをどちらに進むべきか躊躇していると、追手の一団が……。
「そこまでだ! 大人しく投降しろ!!」
兵士5人が等間隔で広がり、イーデン達の退路を狭めていく。
「クソッ、万事休すか……」
壁に貼りついて、迫りくる兵士を待ち受けていると。
――バリバリバリバリッ!!!
いきなり壁の両側から丸太のような腕が飛び出し、板塀ごと後方へと引っ張られた。
「うわっ、うわー!!」
「いったい、どうなってるの?」
「ハヤクいくゾ! オマエら!!」
「お前は……」
壁をぶち破って彼らを救出したのは、青白い禿げ頭の怪物。その名を、
「ゴリアテ!!」
シャーロットはしゃがみ込んでいるゴリアテに飛びついて、彼の頬に熱烈なキスのプレゼントするのだった。
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