第22話 シャーロットの選択
「クッソ! クッソ!! クッソー!!!」
イーデンは叫びながらツルハシを岩盤に振り下ろしていた。ここは屋敷から数キロ離れた所にあるニューアレクサンドリアの鉄鉱山。晩餐会の夜、たちまちのうちに捕らえられイーデン。シャーロットが庇ってくれたので、屋敷の座敷牢に入れられる事は免れたものの建物中からはつまみ出され、翌日から作業に取り掛かった鉱山技師に混じり――というより情けをかけてもらい――鉱夫として働かせてもらっていた。
「それなりに良い男だったら、諦めがついたものを……」
振り下ろされるツルハシが岩盤を砕く。
「あんな色ボケ変態親父にシャーロットを売り渡すなんて!」
跳ね返る礫などものともせずに、力いっぱい怒りをぶつける。
「金にしか興味がないのか? あの守銭奴野郎が!! クッ……」
ツルハシが岩の裂け目にハマり抜けなくなる。足を掛けて踏ん張り何とか抜き取ることに成功するも、連続で打ち付けていた疲れがドッと出た彼は、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
「ハァハァハァ……。クソッ……親父めが……」
「まったく、ひどい父親よね」
「へ?」
疲れすぎて幻聴でも聞いたのかと思ったイーデンだったが、見上げると、そこにはシャーロットその人が佇んでいた。膝を着いて息も絶え絶えに立ち上がるイーデン。
「何してるんだシャーロット?」
「逃げてきた」
「何だって!」
「嘘よ。見学したいと言って来させてもらったの」
「これはチャンスだシャーロット! 一緒に逃げよう!!」
荒い息のままにじり寄った彼は彼女の両手を掴んだ。しかし、素気無く振り払われる。
「無理ね。坑道の外には護衛が待ってるから」
「そんな奴ら、僕が倒してやるさ!」
「ありがとう。でも、父を置いては行けない」
「何でだよ! あんな金で娘を売るような奴、親でもなんでもない!!」
――バチンッ!!
イーデンはグーで殴られ、またしても地面に倒れ込んだ。
「そう見えたとしても、今まで大切に育ててくれた父親なのよ!」
叫ぶ彼女の瞼からは涙が溢れ出ていた。
年頃の女性特有の感情の起伏に戸惑いつつも、イーデンは頬の痛みをこらえて立ち上がり、彼女の肩に手を回して慰める。
「泣くなよシャーロット」
「今まで男手一つで育ててくれた、その恩を返さないで飛び出すなんて私にはできない。父があんなにお金のことで困ってるなんて海を渡るまで知らなかったもの。それにさ、相手はあんなだけど、七人いる婦人のうちの一人だし、子どもが居ないことから考えれば、あっちの方も不能だと思うわ。だから、なんとか我慢できると思うの。貞操を奪われても心は奪われないんだから。あとは勝手気ままに贅沢をして楽しくやってくのよ」
両手で顔を覆っていた彼女も、徐々に自分自身の言葉に奮起し、最後には泣きはらした顔を上げてイーデンに対して微笑んで見せた。しかし、彼の方はそんな彼女の言葉をそのまま受け入れることなどできない。
「そんなこと言っても、君の一部だってあいつの手にかかることを僕は我慢ならない」
「じゃあ、結婚を決めた私に、何ができるっていうの?」
「シャーロット……、せめてこのひと時だけでも僕を……」
「イーデン……」
二人の距離が近づき、唇が触れ合おうかという刹那、
「見つけましたイーデン!」
天井から聞こえてきたクルルの声に慌てふためいて距離をとる二人。
「どっから出てくんだよクルル! お前はコウモリか!!」
「クルルはどちらかというとリスさんに近いですよ」
天井からくるっと回って着地するクルル。
「お前のボケは不思議すぎて訳わかんないんだよ!」
「クルルのことを分かったなんて思うのは百年早いですよイーデン」
「へっ、そんなに経ったら、僕は墓の中だ。一生お前のことを理解するなんて無理だな」
「人の子は寿命が短くて可哀想です」
「人の子じゃなかったら、お前は何なんだよ?!」
「クルルはクルルですよ?」
「あー、また始まった!」
二人の言い合いを見つめるシャーロット。その眼差しは、まるで幼子を見守るようにやさしい。しかし、細めた目の際からは涙の粒が輝いていた。
「私、もう行くわ」
「待て、シャーロット!」
「招待するから結婚式には二人して来てよね。絶対よ!」
屋敷に戻ってきたシャーロットを父親であるバーチ氏が玄関で待ち構えていた。
「あら、どうしたのお父様?」
「これから一緒に、アレクサンダー卿の所へ正式に断りに行こう」
「いけないわお父様!」
バーチ氏は娘の手を取って、強引に引っ張っていく。
「すぐに断れなくて悪かった。第七婦人など聞こえの良いこと言っているが、要は愛人じゃないか! 大事な一人娘を妾などにしてたまるか! 金のことは心配するなシャーロット。人夫でも船乗りでも何でもやって返してやるさ!」
「ご自分の歳を考えて! お父様。体が強いわけでもないのにそんなの無理よ」
アレクサンダー卿の部屋の前で、シャーロットは掴まれていた手を振り解いた。
「シャーロット……」
「今まで育てて頂いて感謝しております。でも、これは私の意思……」
今度は逆にシャーロットが父の手を取り、部屋に入った。
部屋の中では、マホガニー材のデスクの向こう側で男爵が書類を検分しサインをしていた。彼は訪問者に気づいて立ち上がった。
「どうしたのかね?」
「アレクサンダー卿」シャーロットは胸を張って一歩前に出た。「正式に求婚を受け入れたいと思います。つきましては、早急に、結婚式の日取りと詳細を決めていただけないでしょうか?」
「ああ、もちろんだとも」
最初のうちは怪訝な顔をしていた男爵も、最後には満面の笑みで大きく何度も頷くのだった。
二週間後……。
イングリッシュガーデンに結婚式の準備がなされていた。バラにカサブランカにトルコキキョウ、色とりどりの花が飾られ、初夏の空の下に華やかな舞台を彩っていた。
白亜の檀上で待つアレクサンダー卿は、珍しく金の鬘を被り、エメラルド色に金の刺繍が入ったコートの下には幾重にも重ねられた白いレースのフリルを戴いたシャツ。数多の参列者と共に新婦の到着を待ち構えていた。
「新婦の入場です。拍手でお出迎え下さい」
執事の高らかな宣言の下、ファンファーレと共にオーケストラれによる演奏が流れる。父親に連れられて純白のウェディングドレスに身を包んだシャーロットが現れると、その神々しいほどの美しさに歓声が沸くほどだった。
緑の芝生の上に敷かれた真紅のヴァージンロードを進むシャーロット。両側からは色とりどりのバラの花びらが撒かれ、ひらひらと舞い落ちる。彼女が壇上に上がると共に音楽はフェードアウトし、不釣り合いな新郎新婦に向けての誓いの言葉を牧師が唱えだした。
「(来てないのね)」
シャーロットは、ここに来るまでに周囲の様子を伺い、イーデンの姿を探していたのだ。それぞれの誓いの言葉も終わり、牧師が口を開く。
「それでは、異議が無いようであれば、ここに両名の婚姻を認める。誓いのキスを」
「ちょっと待った!!!」
後方から叫ばれた声に一斉に振り返る会場の人々。その視線の先には、薄汚れた作業着を身にまとったイーデンが、高らかに革袋を捧げて立っていた。ヴァージンロードを汚して壇上に駆け込もうとする彼を警備の者が殺到する。
「バーチさん! これを受けとって!!」
羽交い絞めにされる直前、イーデンが革袋をバーチ氏に放り投げた。
「何だねこれは?!」
「良いから中身を出して!」
手前で落ちた袋を拾おうと手に取るバーチ氏だったが、思いのほか重たい袋に手が滑り、中身を地面にぶちまけてしまった。
「これは……!!!」
会場全体がどよめきに包まれた。何故なら、それは眩く光る金の礫。それも、価値にして一万ポンドは下らない。
「持参金を受けとれバーチさん!」
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