第21話 晩餐会

「おい、起きろ!」

「うーん、もう少し……」

 幌馬車の奥で藁束に包まっているクルルを無理やり引っ張りだし、彼女を連れて屋敷に戻る。しかし、

「まかり通りません!」黒人執事が入り口で立ちはだかった。「許可の無い奴隷を屋敷に入れるなんて! 何を考えているのですか? 常識で考えれば分かりそうなものですが?」

 執事は天を仰ぎ、やれやれと頭を振った。イーデンは度重なる侮辱に怒り心頭、いけ好かない執事に対して怒鳴り返す。

「こいつは奴隷じゃない!!」

「それでは、あなたの何だというのですか?」

「それは……」

 イーデンは言葉に詰まった。クルルは僕の友人というのもなんかしっくりこないし、もちろん恋愛感情など……。だとすると、お互いの利害で結ばれたビジネスパートナーが適当か? 言い淀む彼に代わってクルルが口を開いた。

「妻ですよ! ねぇ、おっと?」

「はぁ?!」

「まぁ! なんて事でしょう!? こんな幼くて汚らしいインディアンを妻に?! 何とけがらわしい!!」

 長身の黒人執事は口元を手で押さえ、驚きと侮蔑の混じった視線でイーデンを見下ろした。そのまま、執事にシッシッと追い立てられるように玄関から追い出された二人。


 イーデンたちは何処か侵入できるところは無いかと、屋敷の裏に周った。しかし、屋敷裏は庭園を取り囲むように高い塀が張りめぐらされていて、中の様子すらうかがい知れない。

「どうしたもんか?」

「夫はこの中に入りたいんですか?」

「その夫って言うの止めろよ!」

「フフフッ、イーデンをからかうのは面白いです」

「お前なぁ……」

「そうだイーデン。木を伝って入れば良いのですよ」

「木登りなんて、ガキの頃以来だし……って、おい! 待てよ!!」

 クルルはスルスルと手頃なプラタナスの木を登っていく。イーデンも後に続くが、もう少しでクルルが立っている枝に届くかという所で下を見てしまい、トンデモナイ高さまで来てしまったと顔を青くした。

「お、おい! どうやって渡るっていうんだよ?! 塀の向うの木まで距離があるじゃないか」

「こうやるんですよ?」

 幹に手をかけて立っていたクルルは枝の先に向って走り出し、先端の手前でジャンプし、着地の反動で枝をたわませ弾かれるように大きく跳躍した。そのまま壁の向うの木立の枝に掴まると、クルッと一回転して枝の上に着地したのだ。

「そんなバケモノじみたこと出来るかよ!」

「だったら、玄関から入ってくれば良いじゃないですか? もう、一人なんだし」

「確かに……」


 玄関から回って庭に出てきたイーデン。あまり大きな声を出してクルルが見つかるのはマズいと思い、小声でよびかける。

「おーい……、クルル……」

 しかし、広大なイングリッシュガーデンのいったい何処に居るやら見当もつかない。低い垣根と薔薇の花壇を進んでいくと、池の畔に建つ東屋に腰掛ける人影が見えた。近寄ってみると、その人物は立ち上がって彼に視線を向けた。

「お邪魔でしたかシスター?」

「いいえ、そんなことは御座いませんことよ。あなた、初めてお会いになるかしら?」

 愁いを帯びたハスキーボイスの主は、イーデンより背の高い20代半ばと思しき修道女。アイスブルーの瞳にギリシャ彫刻のような整った顔立ち、清廉で慎ましい衣装に身を纏いながらも、その美貌は隠しようが無かった。シャーロットとはタイプの違う大人の色気に、引き寄せられるように彼が近づいて行ったのも無理はない。

「ロンドンより参りました鉱山技師のイーデン・ウッドハウスと申します。今日着いたばかりで、右も左もわからなくて」

「あら、そうでしたの。はじめましてウッドハウスさん」

 シスターは、右手を上品に差し出してきた。イーデンは握手の代わりに片膝を着いてその手に紳士ぶったキスでキザな挨拶をする。

「はじめまして、イーデンで良いですよ。ええと……」

「イエスズ会のシスター・ジュスティーヌです」

「シスター・ジュスティーヌ! フランスの方ですね。イエスズ会のシスターがまた、なぜこんなところに?」

「辺境地域での伝道の手伝いをしておりますの。宗派は違えど、アレクサンダー卿には大変良くして頂いていますわ」

「これだけの美人を邪険には扱えないでしょ」

 シスターは微笑みのみを返した。その蠱惑的な微笑を見たイーデンの体をぞわぞわと震えが走ったのも無理はない。彼女の魅力にすっかり骨抜きになりそうなところへ、「イーデン! 見つけました!!」クルルが横からぶつかってきた。

 何時ものように――しかし、いつもより重たい衝突で――地面に押し倒され、抗議の声を上げるイーデン。

「危ないじゃないかクルル!」しかし、眼前にある顔はクルルのものでは無かった。「な、な、な、なんはこりゃー!!!」

「スゴイでしょ? こんなに大きな猫さん初めて見ました!」

 クルルが跨ったトラの頭から自分の顔を突き出して彼を見下ろした。

「と、と、トラじゃないか! なんでそんなものが居るんだ?! はっ! シスターが危ない!」

「シスター?」

「今まで僕と話していた女性だよ!」

「誰も居ないですけど」

「何言ってんだクルル? あ……」

 さっきまで会話していた相手は、東屋から忽然と姿を消していた。クルルは険しい顔をしてクンクンと周囲の匂いを嗅ぎまわる。

「なんか、邪悪な空気が漂ってます」


 クルルが言うには、数十頭のトラやライオンが庭園にはうじゃうじゃしているとの事だったので、早々と屋敷内に戻ることにした。その後、建物内を探索するも大した収穫は得られず、夕方には部屋に戻った。

 その後、大食堂での晩さん会に招待されたのはシャーロットと父親だけで、イーデンたちは鉱山技師たちと共に調理場横の食堂で召使たちと同じまかない飯を食べることに。

「喰えよイーデン」マイケルが言った。「見た目は悪いが、味は悪くないぞ!」

 チキンや野菜をごった煮にした黒いスープは、見た目こそ悪いが新鮮な材料を使っていて味は申し分ない。技師たちはがっつく様に貪っている。粗末な幌馬車旅に比べれば、かなりマシになっていたのだ。

「僕はちょっと出て来るよ。行くぞクルル!」

「待ってください! まだ、食べきれてな……」

 クルルは調理場から取ってきた野菜を口に詰め込みながらイーデンの後を追った。

 階段を昇り、とある窓の前にたどり着く。

「頼んだぞクルル」

「任せて下さい!」

 柱にロープを括りつけ、もう一方の束をクルルに手渡す。窓の外に躍り出た彼女は、器用に壁を伝って10メートル先に突き出した大食堂の屋根へとたどり着いた。

「よし、慎重に……」

 腰に巻いた命綱をクルルが伸ばしたロープに通し、窓の外へと恐る恐る足を出すイーデン。

「あと少しですよイーデン!」

「ああ分かってる……、って、おま!?」

 イーデンは目を疑った。何故なら、クルルの持つロープの先が何処にも縛りつけられもせずに彼女の手の中に有ったのだから。これでは命綱の役割は果たしてないことになる。そんな彼の心の内など知らないクルルはつぶらな瞳で彼を見つつ小首を傾げた。

「どうかしましたか?」

「お、お前な……。そのロープを何で結んで無いんだよ! 僕が落ちたら二人諸共地面に真っ逆さまじゃないか!!」

「大丈夫ですよ。クルルはイーデンより力持ちですから!」

「バカ! 屋根の上でどうやって踏ん張るつもりだよ?」

 イーデンの言うように、雨樋も無いつるんとした傾斜角45度の屋根では足の引っ掛かる場所が無いのは確かだ。

「うーん……。そうだ! ちょっと待っててくださいね!!」

 壁にしがみつくイーデンを残し、彼女は屋根を駆け上っていった。しかし、タイミングの悪いことに突然の突風が彼らを襲う。

「うわー!!!」

 哀れ、イーデンが地面に激突する前に、

「大丈夫ですかぁ?」

 間一髪、クルルが屋根の上にせり出した煙突にロープを引っ掛けたのだ。更に幸運なことに、壁から落ちたイーデンはロープを滑って、当初の目的地である大食堂2階の窓に張り付くことが出来たのだ。


 一方、大食堂では先に案内されたシャーロットと父親が大テーブルの末席で緊張の面持ちでアレクサンダー家の面々を待ち構えていた。

「お父様、まだ9席あるようですけど、アレクサンダー家は大家族なのかしら?」

「そうだね。ご子息ご令嬢が多いのかもしれないね。となると、もしや相手は長男ではないのか?」

 テーブルの中央に並ぶ燭台の蝋燭以外にも、各所に灯されたランプの光が銀のカラトリーや白磁の皿に反射し、華麗で煌びやかな彩りを添える。

「デイモン様以下ご婦人方のご到着です」

 執事の声が響き、扉が開かれた。アレクサンダー卿を先頭にその後に続く6人の美女たち。上座のアレクサンダー卿を挟んで左右には3人ずつ座った彼女らは、色とりどりのドレスに身を包んでいた。

「紹介しよう」アレクサンダー卿が言った。「こちらが新しい夫人候補、ミス・シャーロット。それにそのお父上だ」

 紹介された二人は立ち上がって、恭しく挨拶をした。

「それでは、わが妻たちを一人ずつ紹介しよう。右手前のこれが第一夫人のミセス・ゴールディ」

 立ち上がり挨拶したのはゴージャスな金髪と大きな胸が特徴的な白人女性。ド派手な金の装飾が施されたドレスと相まって大人の色気を存分にまき散らしていた。

「お次が左手、第二夫人のミセス・ブロンディ」

 プラチナブロンドの髪と小麦色の焼けた肌が健康的な第一夫人より違って若々しい色気を放っている。

「お次が、ミセス・マーベラス」

 打って変わって、長身細身の黒人女性。艶やかな肌とこんもりとボリュームたっぷりのチリチリした黒髪。そのスタイルは女性なら誰しもが憧れるような曲線美を帯びている。

 その後も、ミセス・シャンハイにミセス・ペルシャ、ミセス・インディアと紹介が続けられた。

 ここまで来て、ようやく事のおかしさにバーチ氏は気が付いた。

「あの」バーチ氏は恐る恐る口を開いた。「婦人方は分かったのですが、娘の相手のご子息はどちらに?」

「余に息子などおらんがの」

「え? 私共は、アレクサンダー卿のご子息との婚姻をするためにこちらに出向いた次第ですが……」

「ハッハッハ」アレクサンダー卿は高笑いをした。「なるほど! 手配師から間違って伝わっていたようだな」

 薄々感づいていたシャーロットは、思わず言葉を漏らした。

「やっぱり……」 

「余は世界中の美しい女性を求めている! そして、ミス・シャーロット。そなたは余の目に適った。ついては第七夫人として正式に迎えたい所存だ」

 窓に張り付き、一部始終を見ていたイーデンは思わず叫んだ。

「何だって――?!」

 大テーブルを囲んでいた紳士淑女たちが一斉に彼を見上げた。

「曲者!!」

 執事の悲鳴にも似た叫びの後、哀れイーデンは召使たちに捕らえられたのだ。

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