第20話 開拓地へ

 その後の部族内での話し合いの末、移民団の解放が決定された。

 これで問題も一件落着かに見えたが……。

『亡くなった夫を返して!』

『この怪我じゃ、当分働けねぇよ!』

 解放された移民団の中には、肉親を失ったり負傷した者など、ゴルキン族への恨みを爆発させる人々がいたのだ。

 言葉が通じないのならば諦めていたかもしれない事も、クルルが通訳出来ると分かったことで騒動に拍車をかけていた。

 酋長は彼らの意見を聞いて、真摯に応えたいと言った。

『死んだ人間の分をどうやって補償出来るって言うんだよ!』

 死の恐怖と隣り合わせの生活から解放され、反動で気が大きくなる移民団。怒号ともいえる嘆きが溢れかえる中、酋長の指示で5人のゴルキン族がやってきて跪いた。

 クルルが酋長の言葉を代弁する。

「我々はそなたたちの身内5人の命を奪った。お返しとして、我が民の命5つを捧げようと、言ってます」

『そんなんじゃ騙されないぞ!』

 酋長の言葉を聞いても、被害を受けた移民団の怒りは収まらない。しかし、酋長がおもむろにナイフを取り出して、跪く男の首にナイフを持っていくと、騒ぎ立てていた人々も戸惑いを見せざる負えない。

 近くで見ていたイーデンは慌てて止めに入った。

「待ってください! そんなこと本気でみんなが求めてるわけじゃない!」

 酋長はイーデンを見つめ、言葉を発した。それをクルルが通訳する。

「ならば、どうすれば良いというのだ? と、言ってます」

「ええと……、そうだ! 山賊から奪った物資を下さい。実際のところ移民団で死んだのは一人で、あとは案内人たちだ。物資の半分を夫を失った家族へ、残りは負傷者で分けれてあげれば良いと思います。どうですか皆さん?」

『まぁ、インディアンが死んだところで俺らに得はないし』

『稼ぎ手を失って、一体どうすればと思ってたから、貰えるものがあるなら……』

 流石の彼らも血を見る展開は望まない。ゴルキン族側も同意し、なんとか騒ぎは収まった。


 翌朝、旅立ちのときが来た。

 幌馬車は野営地から離れた場所に隠されていたので、見送りに来たゴルキン族は少数しかいなかった。

「色々あったけど、お前も頑張れよ! キンクワージ」

 イーデンは晴れがましい気持ちで彼に手を差し出した。キンクワージは彼の手を握り返すことなく、笑顔のまま自らの拳を後ろに引くと、思いっきりイーデンの頬をぶん殴った。受け身も取れず、強打を喰らったイーデンは地面に吹っ飛ばざる負えない。クルルはキンクワージの言葉を嬉しそうに通訳する。

「洞窟で気絶させられたお返しだそうです。かなりオマケしてやったと言っていますよ。凄いですねイーデン! 同じだけ仕返しするのがゴルキン族の掟なのに、オマケしてもらえたんですよ!!」

「イテテ……」左頬を撫でながら立ち上がるイーデン。「石でぶん殴られなかっただけマシだってか? チクショウ……。ふざけんなよ!」

 言葉が解らなくても、意味を察したキンクワージは声を上げて笑うのだった。


 森を出発した幌馬車隊は峠道に戻り、開拓地を目指して歩みを進める。山間を抜けた先も鬱蒼とした雑木林が続く。襲撃の際、半分ほどの幌馬車は打ち捨てられるか壊れるかしていた。なので、イーデンたちはどさくさに紛れてシャーロットの馬車に同乗していた。父親のパーシヴァル・バーチ氏も、流石にイーデンがインディアンからの解放に一役買っている事を知っているので、彼に対して強く出れないのだ。そんな苦虫を噛み潰すバーチ氏の隣で、イーデンは父親を挟んで反対側にいるシャーロットに質問した。

「ニューアレクサンドリアのアレクサンダー大王だっけ?」

「大王じゃないわよ。元々はリンカーンシャーのタルボット男爵だけど、開拓地をニューアレクサンドリアと命名して、自分はデイモン・アレクサンダー卿って名乗ってるの」

「それだけではないぞ!」バーチ氏が邪魔をするように口を挟んだ。「鉄鉱山の開発に成功し、製鉄所を経営する資本家でも有るのだ。ウッドハウス、君がいくら頑張ろうとアレクサンダー家の財力には太刀打ちできんぞ!」

「製鉄所ねぇ。こんな奥地で製造して、運搬するのも大変そうだけど……。いったい何を作っているんですか?」

「そんな詳しい事は知らん! 但し、とてつもなく儲けている事だけは確かだ」

「ところで、そのアレクサンダー卿の息子って……」

「詳しい事は分からないのよ。お父様も話してくれないし」

「じゃあ、トンデモナイ爺さんと結婚させられるかもしれないのか!」

「それだけは無いぞ! アレクサンダー卿はまだ40代と聞いている。年寄りの息子と婚姻させられることは有り得ない!!」

 口では大きな事を言っていても、見る人が見れば焦りの色が隠せないバーチ氏。すでに結納金として50ポンドを受けとり、借金の返済に充てていた彼としては、細かいことを気にしている余裕など無いのだ。


 やがて正午を過ぎて、辺りに霧が立ち込めてきた所で開けた場所に出た。ゆっくりと幌馬車が進んでいくと、白樺の並木道が現れ、奥に古代ギリシャ風のファサード(建物の正面)を設えた大きな建物が姿を見せた。

 幌馬車を降り立ったイーデンがポカンと建物を見上げて口を開いた。

「何とも、悪趣味な……」

 大理石でできた白亜の支柱は一メートル以上の幅があり、後ろに控えるゴテゴテした装飾を施したコロニアル風の白い本館と合わさって成金趣味全開に感じられたのだ。

「ゴホン!」突然、柱の陰から執事っぽい正装と白い鬘を被った黒人男性が現れた。「これより、アレクサンダー卿がお出迎えになります。どうぞ静粛にお待ちになってくださいませ」

 彼の言葉とは反対に騒然とする移民団一行。しかし、黒人執事が「静かに!」と、叱りつけるかのように叫ぶと、ピタリと騒々しさは収まった。ねめつける様な執事の視線に委縮しながら待っていると。両開きの玄関扉が開け放たれ、屈強な黒人とインディアンからなる召使いが担ぐ台座の上で、玉座のようなロココ調の絢爛豪華な椅子に威風堂々と鎮座する恰幅の良い壮年男性が現れた。

 台座が下ろされ、椅子から立ち上がった男の服装は、古代ローマ人が着るトガと呼ばれる一枚布を巻きつけた物。頭もこの時代には珍しく短髪で、白髪交じりの頭頂部まで禿げ上がった頭に金で出来た枝葉の王冠を戴いていた。

「アレクサンダーなのに、見た目はブヨブヨしたジュリアス・シーザー気取りかよ……」

 イーデンは思わず感想を漏らした。いつの間にか横にやって来ていた鉱山技師マイケルが耳打ちする。

「噂には聞いてたが、予想以上の変人だなこりゃ」

 またざわつき出した一同に、執事の喝が入り、静粛さを取り戻したところでアレクサンダー卿は口を開いた。

「良く来た皆の衆。この地上の楽園たるニューアレクサンドリア。その更なる発展のために尽力してくれることを期待しておるぞ。今日のところは長旅で疲れておるだろう。ゆっくりと静養するがよい」

 彼は発言が終わるとすぐに椅子に腰かけ、召使たちの手によって館に戻っていった。扉が閉まるのを見守っていた執事がまたこちらに目を向けた。

「これより、仮の住まいに案内する。開拓民は後日、与えられた土地に住居を作って移り住むまで寝泊まりに使ってよい。労働者は明日、それぞれの寮に振り分ける予定だ」

「もし!」バーチ氏が声を上げた。

「なんだね」執事が慇懃な視線を向けた。

「私目は、パーシヴァル・バーチ。娘のシャーロット共々、アレクサンダー卿にお招き預かり、大変感謝しております!」

「ああ! これは失礼いたしました。バーチ殿、それにミス・シャーロット。館に部屋を用意してありますので、どうぞこちらへ。お疲れでしょうから、主との対面は夕食の時にいたしますゆえ」

 執事がへりくだっているようで、どこか軽蔑めいたものを言葉の端々に忍ばせているのをイーデンは傍から見ていて感じた。何か嫌な予感がすると彼は思わずにはいられない。

「おい!」マイケルが玄関に向かう執事に向けて叫んだ。「俺らも案内してくれよな! 呼ばれてきたのは一緒なんだからよ!!」

「ちょっとそこで待ってろ」執事が振り返り答えた。「まずは賓客が先だ」

「けっ! いけすかねぇ野郎だぜまったく」


 その後、黒人執事とは違う召使いが出てきて、鉱山技師たちを部屋へ案内した。イーデンはというと、同僚のふりをして彼らと一緒に館の中に入り込み、個室を確保することに成功した。

「はぁ~。久々にまともなベッドだ!」

 真新しいシーツに顔を埋め、至福の時を満喫するイーデン。しかし、先ほど湧いた疑念に思いが及び、アレクサンダー卿と屋敷の内部を探ることで、婚約を解消させ、シャーロットを助け出す事が出来ないだろうかと考えるのだった。

「クルルにも協力してもらえば……って、あ?!」

 イーデンはがばっと起き上がった。幌馬車の奥で眠ったままの彼女を置き去りにしてきたままなのを思い出したのだ。

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