第19話 数多の夜と昼
イーデンは地面へうつぶせに崩れ落ちる際、時間がとてもゆっくりと流れるのを感じた。これが死ぬ間際に感じるというアレか……。諦めの境地からか、雑念が取り払われ、周囲を騒ぎ立てる音が耳に入ってくる。
銃声を聞きつけた山賊が洞窟の外に飛び出してくるドタドタした足音。その後に聞こえた、「ウッ!」という短い呻き。「ギャー!」という情けない叫び。
「何?」
異変に気付いた時には、地面が目前に迫っていた。
「痛てっ!!」
受け身を取れずに、地面に衝突したイーデンは強かに顔面を打ち、その痛みに声を上げたのだ。そして、気付く。
「あれ?」
地面を転がって反転し、額に手を当てると血が流れている。しかしそれは、倒れ込んだ拍子に木の根に当って出来た傷。頭を下げて前を見ると、矢を背中に受けて突っ伏している狂犬エディが見えた。エディの銃は矢を受けた拍子に天に向けて発射され、イーデンに当たることはなかったのだ。
そして、洞窟周辺では天に向けて滅茶苦茶に銃を撃っている山賊たち。しかし、彼らは徐々に何処からともなく放たれた弓矢の餌食になっていく。
戦いは一方的な虐殺に終わる。山賊4人が死に、3人が負傷した時点で彼らは武器を捨て命乞いをした。
木立の陰から音も立てずにゴルキン族の戦死が6人現れ、その後に続いて……。
「イーデン!」クルルが叫んだ。「無事で良かったです」
地面にへたり込む彼に飛び込んでいくクルル。
「痛てっ」
衝撃で後頭部を地面にぶつけたイーデンだったが、羽毛の様に軽い彼女に抱きしめられて、嬉しさと安らぎの入り混じった喜悦に全身が包まれた。
「ありがとうクルル。でも、どうしてこんな早く?」
「モーガンさんが色々教えてくれて、酋長が10人しかいないなら夜襲出来るって」
「山賊も口は軽いんだな」
「はい。中々喋ってくれなかったんですけど、クルルが虫さんたちに協力してもらったらすぐに話してくれました」
普通の人には計り知れない拷問がモーガンに対して行われた事を察し、イーデンは目の前で微笑むクルルにそこはかとない恐怖を覚え、抱き着く彼女からそっと離れた。
倒れたままのエディを避けて、洞窟の前に来ると、ゴルキン族たちが倒した山賊の頭皮をナイフでそぎ落とす作業に取り掛かっていた。余りにも残虐で残酷な光景に慌てて引き返したイーデン。
「うへぇ、見てられないや! なぁ? クルル……」
しかし、反対側でも信じられない光景が広がっていたのだ。
息絶えたものと思ってた狂犬エディ。しかし、それは偽装だったのだ。彼はクルルに背後から取りつき、首筋にナイフを突きつけていた。
「やり方が汚いぞ!」
「俺も、海千山千を生き抜いてきたベテランなんでな」エディが言った。
周囲が緊迫した空気に包まれる中、特に怖がる風でもないクルルが口を開く。
「放した方が良いですよ」
「何言い出すんだクルル?!」
「イーデンに言ってるんじゃありません! クルルを掴まえてる白い人に言ってるんです!! さぁ、クルルを放しなさいです。じゃないと痛い痛いですよ?」
「ハッハッハ! これは、肝が据わった嬢ちゃんだ! だがよ……。大人をからかうのはいけねぇな」
エディが首に回した腕を締め上げた。
「ぐぐっ……、苦し……」
「止めろ!!」
「まずは、縛り上げた仲間を解放してもらおうか?」
「クルルしか、その女の子しか通訳できないんだ! 腕を緩めてくれ!」
「フッ……、言葉が解らなくても、お前なら何とかできるだろイーデン? 嬢ちゃんを死なせたくないなら、気持ちでインディアン共に伝えたらどうだ?」
「そんな……」
イーデンは後ろに振り替えった。ゴルキン族たちは手を止めてこちらを見ているが、慌てる様子も無く、その表情は沈着冷静そのものだった。イーデンは、やはり身内じゃ無ければそんなものなのかと落胆して視線を戻した。しかし、クルルの顔――特にその瞳――を見て、安堵し、顔をほころばせた。
「どうした? 絶望しておかしくなったか?」
「違うよ……。希望に打ち震えているんだ」
次の瞬間、クルルの瞳が放つ光が夜の闇を緑に染めた。すると、森の中から無数の黒い筋がエディに集中した。
「なっ?! 一体どうなってるんだ?」
四肢に巻きつく茶色い蔓。瞬きする間に、彼は地上から3メートル以上高くに吊るされていた。周りの木々から伸びた蔓に手足がぐるぐる巻きにされ、四肢が限界まで引き離されていた。
「た、助けてくれ! 腕が千切れる!!」
情けない叫びを上げるエディをよそに、イーデンは力を使い切りへたり込むクルルのもとへ駆け寄った。
「クルル! 大丈夫か?!」
「うにゅにゅ……、疲れちゃいました」
そう言い残すと、彼女はすぐに眠りに落ちた。イーデンは帰路、クルルを背負い歩く。ゴルキン族は残りの山賊たちのうち、頭目を含む負傷者2名を殺した後、頭皮を剥いだ。これで計6名の仕返しは終わったことになる。残りの山賊たちに荷物を持たせて一緒に居留地に向けて出発した。
荷物が多かったことも有り、休憩を挟みながらの行軍になった。空が白み始めた頃、クルルがようやく目を覚ました。
「ふわぁ~、おはようございます」
「大丈夫か? 何処か痛めてないか?」
「クルルは丈夫だから大丈夫ですよ」
イーデンの心配をよそに、いつも通りマイペースに返事をするクルル。襲撃隊のリーダーは彼女が起きたのを見てとり、休憩の指示を出した。小鳥のさえずりが森の夜明けを知らせる。座り込んだとたんに居眠りを始める山賊たち。ゴルキン族の戦士は、パイプに火を点けてタバコを燻らせている。
クルルと並んで座ったイーデンは、彼女に質問する。
「お頭を縛り上げたあの蔓。アレも種の力なのか?」
「違います。森の木々にお願いしたんですよ。だって、種を植えなくても、いっぱい木が居るんだから」
「じゃあ、木が生えてたら、何処でもあの力を出せるという事か?」
「弱ってる木だとお願いを聞いてくれないかも。でも、あの森はみんな生き生きしてたから、クルルの言う事を聞いてくれました」
「でも、木って普通はあんなに早く成長しないんじゃないか?」
「それは、クルルがクルラを分けてあげれば可能なのです」
「じゃあ、木じゃなくて動物や人間にもクルラを分けることは可能か?」
クルルにとって予想外の質問だったのか、それまでと違って答が返ってくるのに時間がかかった。
「できなくは無いですけど、あんまり意味は無いですよ」
「どうして?」
「だって、知恵の無いまま大人に成っても意味は無いとクルルが言ってました」
「そのクルルって、どのクルルだよ?」
「クルルはクルルですよ」
「まぁ、いいや。レッドウッドの森に着いたら、そのクルルを紹介してくれ」
「もちろん!」
その後は休憩することなく目的地を目指して行軍した。居留地に到着すると、待ち受けていた人々の中にシャーロットがいた。彼女はイーデンを見つけると、すぐに駆け寄ってきた。
「もう! 何度心配させれば気が済むのよ!!」
「そのことについては、大変申し訳なく……」
イーデンは身構えていた。何故なら、過去の経験上この後の展開は決まって彼女の暴力による制裁と相場が決まっていたのだから。しかし、その予想は大きく裏切られることになる。彼女はイーデンに抱き着き、彼の肩で泣き出したのだ。
「もう、心配させないって約束して! あなたが死んだら私……」
「縁起でもないこと言うなよ。大丈夫だよシャーロット。僕は悪運だけは強いみたいだから」
彼は彼女の頭を優しく撫でてやる。こんなにも自分の事を心配してくれる彼女に胸が熱くなった。
そんな二人の姿を遠くから眺めるクルル。彼女の傍にゴルキン族の酋長がやってきて話しかけた。
「彼らはお前とは違う。理解し合えたと思っても、それは月夜に見た幻と同じく、日が昇れば消え失せるだろう。数多の夜と昼を過ごしたお前に分からぬとは思えんが」
クルルは答えることなく、酋長の顔を一瞥し微笑んだ。そして、その場を離れ、彼女のティピーへと入っていった。
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