第18話 ギリギリの選択

「まったく」ブランケンハイムは単眼鏡を覗き込みながら呟いた。「また、ややこしい状況になったもんだ」

 イーデンの後をずっと追い続けていた彼らだったのだが、ゴルキン族による襲撃の際は、渓谷沿いの狭い一本道だったため後れをとっていた。その後、何とか居留地までは追いつき、ゴルキン族を叩いて彼らを逃がそうかと計画していたところで上司からストップがかかっていた。

「やっぱり、あそこで襲うのが一番だったじゃないか! そう思うだろゴリアテ?」

「ンダ」

 この洞窟での顛末にしても、山賊たちはすぐそばまで迫っていた。それを、ちょっとした妨害工作――ゴリアテに行く手を塞ぐ大木を倒させるなど――で遅らせるという手間のかかる方法を取ったのも、彼らに自分たちの存在を気付かれない為だ。

「こっちの苦労も知らないで、山賊の連中に飛び込んでいくなんて! あの命知らずのクソ馬鹿野郎めが!!」

「オチツケよ。パパ。聞コエチャウぞ」

「あのクソガキ。最後は、手足をズタズタに引きちぎってやる」



 陰から監視されていることも知らずに、イーデンは10人からなる山賊と対面していた。山賊たちにしてみても、洞窟の前に佇むズタズタに服を破かれた見知らぬ青年とインディアンの死骸一体を目にして、何事かと色めき立たざるおえない。

「誰だお前?!」

 先頭に立つ、モーガンよりはキレイな身なりのちょび髭の男が問いかけてきた。イーデンは両手を上げて叫び返す。

「敵じゃない! 銃を下ろしてくれ!!」

「だから、誰だって聞いてんだよ!!」

「僕はジョン。ジョン・スミス! 農園から逃げてきた奉公人だ!」

「信用できねぇ! モーガンは何処だ?」

「長い髭ずらの男か? 彼ならインディアンに連れて行かれたよ」

「なんだって?!」

 男が驚愕の表情をしたところで、後ろから威厳のあるスキンヘッドの壮年が集団から出てきて、周りの者に銃を下げるよう合図を送った。彼はひとりでイーデンの傍まで近寄り話しかけてきた。

「ボウズ。詳しい話を聞こうか」

 深い皺が走る笑顔に枯れた声、一見優し気に思える語り口の陰に得体の知れない残忍さが隠れているようにイーデンは感じずにはいられない。全身が震え上がりそうになるのを必死で抑えて、彼はホラ話をでっち上げる。

「オールバニから逃げてきたんだ! 東の方は捕まりそうだから西へ。旅の途中で耳に挟んだんだけど、峠の向うに新しい開拓地があって、良い条件で労働者を探してるっていうから、そこへ向かってたんだ。だけど、峠の途中で軍の部隊と出くわしてさ。捕まったら大変と山に逃げ込んだんだ。そして、偶然ここにたどり着いて、洞窟の中で寝ていたんだ。そしたら、外の騒がしさに目が覚めて、覗いてみたら、ヒゲもじゃの男がインディアンに襲われてたんだ」

「インディアンは何人いた?」

「3、4人かな? 隠れてたんで良く分からないけど、モーガンって奴なのかな? 男が銃で応戦してたけど、最後には弓矢にやられて連れて行かれたんだ」

「洞窟の中には入ってこなかったのか?」

「モーガンを倒した後、洞窟に近寄って来たから、慌てて僕が近くに有った銃を中から撃ったのに驚いて逃げてったよ」

 イーデンが話し続ける間、男は彼の目をずっと見据えていた。しばしの沈黙の後、男は聞いた。

「話は終わりか?」

「え? あぁ……」

 イーデンがしどろもどろに返事をすると、男は後ろを振り返り、叫んだ。

「おい! 洞窟の中を見てこい!!」

「へい」

 最初のちょび髭が、洞窟の中にすっ飛んでいった。数分間沈黙が続いた後、洞窟の中から男が駆け足で戻ってきた。

「箱は開けられてますが、ブツは取られちゃいませんぜ!」

「なるほど」スキンヘッドがイーデンに顔を向けた。「ボウズの手柄って訳か?」

 スキンヘッドの不気味な笑みに恐怖しながらも、イーデンは勇気を出して口を開く。

「あの! あなたがお頭ですよね?」

「まぁ、そんなところだな」

「あの、あのですね……。僕もお仲間に入れてもらえないでしょうか?!」

「ボウズ。俺たちを何だと思ってんだ?」

「それは、ええと……。山賊?」

 スキンヘッドの顔が無表情になり、辺りに緊張が走った。イーデンは、言葉の選択を誤ったと自分自身を呪った。しかし、

「ガッハッハッハッハ!!!」今までのクールな印象と打って変わって大きく口を開けて笑うスキンヘッド。

 どうやら上手くいったと胸を撫で下ろすイーデンだったが、次の瞬間、スキンヘッドが両手を伸ばして彼の頭を両側から掴んで来た。

「気に入ったぞジョン。かなりすっとぼけたところが有るが。お前さん、クソ度胸がある野郎だぜ!! ガッハッハッ!!!」

 笑いながら頭を揺すぶられ、目を回すイーデン。計画は上手くいったものの、ホントにこれで良かったのだろうかと後悔し始めていた。

 時を同じくして、近くの茂みがガサガサと音を立てた。

「撃て! お前ら!!」

 頭目の号令の下、一斉に茂みに向けてライフルを撃ちまくる山賊たち。辺りに轟音が響き渡り、硝煙が視界を曇らせた。

 ――キキー! キキー!!

「なんだ、サルか」

 その攻撃への切り替えの早さに、イーデンはこいつらは一筋縄ではいかない相手だと警戒心を強めるのだった。



 イーデンと山賊共が洞窟に消えた頃、音のした茂みの奥に隠れる二人の人物。

「ダイジョウブか? パパ」

「はぁはぁ、全く命拾いしたよ。お前が盾になってくれたからなゴリアテ。しかし……」

「ナニよ?」

「猿の泣き声は無いだろ。あいつらが間抜けだから気づかれなかったが、北アメリカ大陸には野生の猿は居ないぞ」

 ゴリアテはただただ悲しい顔をするのみだった。

 ブランケンハイムとゴリアテはイーデンの危機が去ったのを確認した後、再び距離を取るため森の奥へと消えた。



 夕方になり、洞窟の前では火が焚かれ、街で手に入れたステーキとチリの夕食が振舞われていた。イーデンは、これまで食べたことの無いような豪快なアメリカ料理に舌鼓を打っていた。

「こんなに分厚い牛肉、今まで食べたことないですよ!」

「町から帰ってきたばかりだからな、今日は特別だよ」

「そうそう、鹿が狩れた日は良いがよ。ボウズの時は、マスクラットやリスの丸焼きなんて日もあるぜ」

 いつの間にやら山賊たちに取り入り、和やかに会話を弾ませるイーデン。もちろん、その目的は情報収集のためだ。これまでの聞き込みの成果によると、彼らは元々私掠船で働いていた国家公認の海賊だった。それが1713年のアン女王戦争終結後、職にあぶれて自営の海賊に転じた所謂カリブの海賊として、ニュープロビデンス島(現バハマ)を拠点に西インド諸島一帯を荒らし回っていたのだ。しかし、徐々に軍の取り締まりが激しさを増し、1718年に伝説の海賊・黒髭エドワード・ティーチ戦死以降は海賊たちは衰退の一途を辿った。このまま軍に追われて殺されるよりはと、陸に上がって山賊に転じようと考えたのが、頭目の狂犬マッドドッグエディだった。

 酒も入り、会話もだんだんと砕けてくる。

「でもよ、モーガンのカマ野郎もしくじったもんだな」

「今頃、インディアン共に掘られて、喜んでんじゃねぇの?」

 酒が回ってきたイーデンも、うっかり会話に乗っかる。

「え? モーガンって、掘られるのも好きなんですか?」

「知りたくもねぇぜ! ガハハハッ!!」

「そうですよね。ハハハッ!!」

 山賊たちと一緒になって笑うイーデン。その姿を頭目・狂犬エディがじっと見つめていた事には気付くはずも無かった。


 酒に酔って皆が寝静まったのを確認し、イーデンは恐る恐る音を立てないよう慎重に洞窟を後にする。外に出ると、静かな森にフクロウの声が微かに響く。イーデンは音を立てないように慎重に足を運ぶ。ようやく数メートル進み、これから走って逃げようとした所で、後ろから声が掛った。

「何処へ行くつもりだ、ジョン?」

 イーデンは振り返らなくとも、そのハスキーボイスの主が頭目エディだと判った。恐る恐る反転し、引き攣らせた笑顔で言葉を紡ぐ。

「えっと、おしっこをしたくて……」

「だったら、ここでしろよジョン」

「いや、入り口から近すぎませんか?」

「俺様が良いって言ってんだよ!」

「わ、分かりました!」

 イーデンは、また背を向けてベルトを緩めた。しかし、取り出したイチモツからは中々液体が出てこない。静寂の中、時折り聞こえるのはフクロウの鳴き声のみ。

「ジョン……。お前に聞きたい事が有るんだが?」

「な、何でしょうか?」

「ジョン。お前はなんで、モーガンがカマ野郎だって知ってんだ?」

「え?」イーデンは予想外の質問に頭が真っ白になりかけた。「それはですね! そうだ! アレは、話を合わせただけで……」

「お前の使ったという銃、調べてみたらモーガンのだった」

「忘れたんじゃないかな? よくあるでしょ!」

 言葉は陽気を装っても、頭目の顔を見るのが怖くて振り返ることが出来ない。

「あいつは、ああ見えて人一倍臆病なんだ。だから、アジトの見張りを任せておいたのさ。それがどうだ? 洞窟から見えるところでやられた? そんな訳ねぇよな。普段のアイツだったら、もっと見つけにくい木立や茂みの中に飛び込むはずさ」

「僕には……、良く分からないです。彼の事を知らないし……」

「御託は終わりかジョン。もしくは……」

 イーデンは背後で銃のフリントロックがカチャリと回される音を聞いた。木立が風に揺れ、鳥の羽ばたきが聞こえたような気がした。神を信じぬ彼が初めて神に祈り、運命を呪った。


 ――バンッ!


 暗い静かの森に大きな破裂音が響き、立ち上がる硝煙が満月に影を落とした。

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