第三章 虜囚生活

第16話 材料探し

 移民団の護衛を兼ねた馬上の案内人ナビゲーター達は、大方、襲われた途端に逃げ出したか殺されるかしていた。約40人程の移民団の内、3人が命を落とし、5人が負傷していた。

「ねぇクルル。私たちどうなっちゃうの?」

 そう聞くシャーロットの顔は、疲労の色が隠せない。すでに、街道を外れて2時間以上森の中の道なき道を歩かせられていたのだ。

「身代金を払ってくれれば、解放されるかもしれません」

「良かったぁ。それなら婚約相手が払ってくれるかも」

 彼女は安堵したが、それもクルルの次の言葉を聞くまでの短い間。

「でも、シャーロットはこの辺では珍しい白くて金髪で青い目だから、誰かの第三夫人に持っていくかも?」

「ああ! 美人は罪ね。世界中の男たちから求めずにはいられないなんて!!」

「彼らの中にも珍獣を欲しがる変わった人もいますから」

「ぷっ、珍獣……」イーデンはたまらず吹き出した。

「ちょっと! 何笑ってんのよ!! あんたなんか身代金払ってくれる相手も居ないんだから、奴隷としてこき使われるの確定じゃない!」

 シャーロットの声が大きくなり、何事かとゴルキン族の戦士が手斧を掲げて走ってきたが、クルルが間に入ることで事なきを得た。

「静かにしないかシャーロット。僕らは虜囚なんだぞ。立場をわきまえなきゃ」

「ムキ―! 覚えてなさいよ!」

 シャーロットが小声で抗議してきたが、イーデンは我関せずといった感じでクルルに顔を向けた。

「そんなことよりも、クルル」

「何ですか?」

「あいつら、仇に5人の頭の皮剥ぐとか言ってたけど。僕たちは地元の争いのとばっちりを受けたんじゃないのか?」

「詳しい事は知らないですけど、白い人に村を襲われたと言ってましたよ。そこで5人殺されたから、5人差し出せと言ってましたから」

「白人はみんな同じって奴か。僕らはほとんどイギリスから渡って来たばかりで、襲ってきた連中とは違う。と、納得してくれれば良いのだけれど」

「イギリス?」

 クルルは何を言っているのか理解不能とキョトンとした顔を見せた。イーデンは殺されないなら何とかなるだろうと都合の良い事を考えていたのだ。


 一行は、ストローブマツの木立を抜けた先に見えた川沿いに粗末なティピー(木の棒に皮を巻きつけたような簡易テント)が立ち並ぶ集落にたどり着いた。捕まった女子供は一か所に集められ、男たちはゴルキン族の男たちに追い立てられるように木の枝を集める作業へ。集めた枝を使い、自分たちが住まうティピーを作らされるようだ。

 特に縛られたり、柵を立てられたりはしなかったので、最初の内は逃げようと試みる者もいた。しかし、隙を突いて逃げ出したと思っていても、戦士から放たれた矢が正確に心臓を貫くのを見せつけられてからは、捕まった移民団から逃走を試みる者はいなかった。


 翌朝、夜明けに突然叩き起こされたイーデン。引っ立てられた先に待っていたのは、クルルとゴルキン族の戦士達が待ち構えていた。

「何だよクルル! 無理やり引っ張ってくることは無いだろ?! って、おいおい! 命だけはお助けを!!」

 文句を言う彼に、戦士の一人がナイフを突き付けてきたのだ。クルルの目配せでナイフが下ろされ、胸を撫で下ろす彼に向けてクルルは笑顔で話しかける。

「喜んでください。ゴルキン族と交渉して、銀の水を作るのを許してもらえました。その代わり、ゴルキン族のために火薬を作って下さい」

「それじゃ、僕らは解放されるのか!」

「それは別の話です」

「はぁ?! そんなの、僕がやる意味が無いじゃないか!!」

「でもでも、ここで恩を売っておくのは悪くないと思いますですよ! ゴルキン族は、やられた事は同じだけ返す信条だそうで」

「なんだかハンムラビ法典みたいだな……」

「とにかく! やらないと、使えない奴と思われて、一番にイーデンの頭の皮が剥がされちゃいますよ?」

「お前が敵なのか味方なのか分かんなくなってきたよ……」

 

 後から連れてこられたマイケルとイーデン、クルル、それに監視役に5人の戦士。計8名の集団は、一時間弱歩いたところに隠してあった鉱山技師の幌馬車までやって来た。

「黒色火薬は持って来てないんですか?」

「あんまり物騒なモノは運びたくないだろ? ほらよ! 水銀はここだ」

 辛うじて硫黄はあったものの、硝酸や硝石といったものは無かった。フラスコやビーカー、坩堝などの実験器具は揃っているので、哲学者の水銀は造れそうだが、火薬の材料を現地調達しないといけない。

「マイケル。炭はは良いとして、硝石って……」

「こいつらが適当な洞窟を知ってるかだな」


 硝石探しは翌日、昨日より少ない二人のインディアンを伴って探索に出かけることになった。目当ての洞窟は、コウモリなどの動物の住処になっている所だ。何故なら、硝石のもとになる糞が堆積している事が必要がある。しかし、その様な洞窟はインディアン達にとっても使いにくい場所なので、特に条件に合う洞窟を知っているわけではなかったのだ。

「はぁはぁ、こいつら体力が無限にあるのか?」

 朝から近隣の洞窟を巡るも、なかなか硝石は見つからない。探索隊の中でイーデンは、ひとり遅れを取っていた。監視役も彼を舐めているようで、途中から側にいる事すらしない。

「がんばってください。イーデンしか判らないんだから!」

「僕じゃなくて、マイケルを連れてくれば良かっただろ?」

「若いんですから頑張ってください! ほら、キンクワージさんが引っ張ってくれるみたいですよ!」

 マイケルは昨日の運搬作業で腰を痛めていて来れない。険しい登りでへばるイーデンに、見かねたインディアンの一人、骨太のキンクワージが筋肉質の腕を伸ばし、ぞんざいに引っ張り上げた。

「イテテッ! もっと、優しくし扱ってくれよぅ」

「デュフフフフ……」

 野太い笑い声を上げたのは、もう一人のインディアン戦士である背の高いモサ。笑いを堪えながら何やらクルルに耳打ちした。

「イーデン。ゴルキン族の少女でも、もっと歩けると笑われてますよ」

「お前ら野蛮人とは違うんだよ! あー、もうお腹ペコペコで動けない」

「しょうがないですねぇ。キンクワージさん、ぺミカンをあげて下さい」

 腰の袋から取り出された黒茶に赤黒い粒粒が混ざった団子状の物体。まるで消化不良のウン……みたいなぺミカン。干し肉と脂肪にクランベリーを混ぜたアメリカ北東地域のアルゴンキン系部族伝統の保存携帯食だ。キンクワージは、おもむろにイーデンの口元にそのままぺミカンの塊を持っていき、

「おい、ちょっと! 無理やり詰め込むっ……、オェー」

 無理やり飲み込ませた。

「「ギャハハハハ!!」」

「良かったですねイーデン。二人に気に入られたみたいですよ」

 腹を抱えて笑うインディアン達。イーデンは見た目通りの味に気絶しそうになる。

「お前ら! 殺す気か!!」

「「ギャハハハハ!!」」

 色々とイタズラをされたりはしたが、お互いの緊張も無くなり、徐々に打ち解けてきたようだ。


 なかなか成果が上がらないまま、いたずらに時間だけが過ぎて行く。しかし、日が傾き始めた頃に立ち入った洞窟で予想外のモノを見つけた。

「何だこりゃ?」

 山の斜面に開いた、縦長の亀裂の手前には鹿のものと思われる骨が散乱していた。松明をつけて奥に入っていくと、12メートルほど入ったところで、少し上りになっていて見えなかった空間が現れた。そこには干し草で作ったベッドが一つと切り取っただけの丸太のテーブル2つと椅子が6つ。その他、大小様々な木箱が1ダース以上。

「こりゃ、硝石なんか必要なさそうだ!」

「何でですか?」

「ほら、見てみろ!」

 こじ開けた長い箱には、フリントロック式のライフルが数丁に、別の箱にはたくさんの弾薬。その他、高級そうな食器や敷物、鍬などの農機具やツルハシなどなど。

 インディアン達も目の色を変えて、収穫物を手にとって眺めていた。しかし、幸運はそう長くは続かない。

「ゴホゴホ……、マズイ! 早く出るんだ!!」

 入り口の方から煙がなだれ込んできて、慌てて外に飛び出した。

 ――パンッ!

「ググッ!!」

「クソ野郎がっ!!」

 一番遅れて飛び出したイーデンが見た光景。そこには、撃たれて血を流し倒れているモサ。その先では、ライフルを掴み合って揉み合いになっている白人の男とキンクワージ。クルルは倒れているモサに駆け寄った。

「しっかりしてください。死んじゃだめです!」


 イーデンは、揉み合いから地面に倒れて取っ組み合いを続ける二人に近づいていく、その右手には石が握られていた。

「ゴメン!!」

 彼は慎重に狙いをつけて、後頭部を石で殴りつけた。殴られた男は、もう一人に覆いかぶさる形で気絶した。助けられた方は、気絶した男を突き飛ばし、荒い呼吸をしながら膝をついた。

「大丈夫か?」

「ハァハァ……。ああ、助かってぜ」

 イーデンが差し出した手を握り立ち上がった男は、自慢の髭を撫でながら息を整えた。

「何をするんですかイーデン!」

クルルが信じられないといった目を彼に注いだ。何故なら、イーデンが倒したのはインディアン。助けたのは突然彼らを襲ってきた男の方だったから。

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