第12話 ウィリアム・テイラー

 時は戻り、火の手が上がる直前の監獄前。

 放火の準備に取り掛かろうとするブランケンハイムとゴリアテの元へ、小太りの男が近づいてきた。

「おいアンタ!」男がブランケンハイムに話しかけた。「ここの衛兵か?」

「そう見えるか?」ブランケンハイムは無表情で彼を見下ろした。

「違うんなら、そこを退いてくれ! こっちは一刻を争うんだよ!!」

 しばらく値踏みするように男を見つめた後、ブランケンハイムは口を開いた。

「私は植民地政府の関係者だ。あいにく、中は立て込んでいてね。用があるなら伝えておくが?」

「なんだ、役人か!」男はそれまでの仏頂面から卑屈な笑顔に様変わりした。「なら、話は早い。あの捕らえられたインディアン娘の保証について話し合いたい。あいつは俺らが捕まえてボストンまで運んできたんだ。それなりの報償が出ないんじゃ割に合わないだろ?」

 小太りの男の正体は、クルルを捕まえた奴隷商人メルだった。港での騒ぎに遅れてやって来た彼が、相棒のひょろ長サムが木に吊るされているのを見つけたときには、すでにクルル達は牢屋に送られた後の事。彼は、なんとかサムを木の上から下ろして病院に運びこんだ後、港の周りで訪ね回って、ようやく監獄にたどり着いたのだった。

「なるほど」ブランケンハイムは言った。「あの娘の事を知っているのか君は」

「そうなんだよ。あのインディアンの娘を頑丈な檻に閉じ込めて運んできたんだ。それが、檻のカギは壊されるわ、相棒は襤褸切れみたいにされちまうわで、散々な目にあったよ」

「ほほう。あんたは奴隷商人か」

「まぁね。と言っても行商人の片手間ってところだけどな」

「それなら、こいつを載せられるくらい大きな馬車を持っているということか?」

 サムはブランケンハイムが首をしゃくり示した背後の巨大な男を見上げた。

「随分とうすら馬鹿でかい……、まるでカイブツ……」

「君に興味が湧いてきた」ニヤリとするブランケンハイム。「詳しく話を聞かせてもらいたいところだが、ちょっと、急いで片付けなくてはならない仕事があるのでね。なに、直ぐに済む用事だから、しばしここで待ってなさい」

 そうは言われたものの、ゴリアテの異様さに気付いたサムは、顔がどんどん青くならざる負えない。それに、なぜか言われるまでその存在に気付かなかったのか? その不可解さも彼の不安を増幅させるのだった。

「え、あ、もう遅いし、明日の昼間にでも出直してきやしょうか?」

「ゴリアテ。彼の相手をしてあげていなさい」

「ンダ」

「ちょちょ、な、何をする! は、離してくれー!!」

 後退りし始めたサムに覆いかぶさるように非情な影が伸び、彼は静かになった……。


 そして、翌朝。

 ブランケンハイム達は、奴隷狩りの馬車でボストンを出発した。もちろん、メルは一緒には乗っていない。


 一方、コットン・マザーは、植民地軍司令官ウィリアム・テイラー将軍を訪ねにボストンから南に下った所にあるドーチェスターの町に出向いていた。昨夜の騒ぎの事もあり、彼は軍から居場所を強引に聞き出していたのだ。テイラーは北部地域に居留するアナベキ族との交渉から帰ってきたばかりだった。

 ドーチェスターでも一際目を引くコロニアル様式の大邸宅は、一歩中に入ると優美な曲線を描くフランス製の輸入家具で彩られていた。国教会派に鞍替えしていたテイラーは、ピューリタンのような質素な暮らしを旨とする生活スタイルではない。マザーは執事の案内で応接間に通されると、訪問を予期していたかのようにテイラーがすでに待ち構えていた。

「これはこれは! コットン・マザー牧師! 確か、私が総督代行を下ろされて以来でしたかね。お会いするのは?」

 歓迎を示すかのように大きく腕を拡げる背が高く恰幅の良い中年男性。しかし、笑顔で口にされたその言葉に顔をしかめるコットン・マザー。

「まだ、根に持っているのか……。ウィリアム。あの件は、牧師としてはどちらかに肩入れする訳には……」

「ハッハッハッハ! 冗談ですよ。さぁ、お掛けになって下さい」

 大きく笑うテイラーであったが、マザーを見下ろすその眼差しには、何処か、軽蔑めいたものが含まれていた。ソファーに腰掛けるとすぐに、黒人奴隷のメイドが紅茶を配膳しに入ってきた。

「それで」テイラーが言った。「どんなご用件で?」

「それが……」何か負い目が有るのか、マザーは慎重に言葉を口にする。「手を貸してほしいのだよ。ロンドンからやって来た青年が、たぶんインディアンの娘も一緒だろうが……、君の所に来るかもしれない。もしそのような事があったら、彼らを捕らえて引き渡してほしいのだ」

「哲学者の水銀がらみって事ですかな?」

 テイラーは、まるで些細なことのようににこやかに話した。彼の口から飛び出した予想外の言葉に、マザーはビックリして立ち上がらざる負えない。顔を引き攣らせて放つ言葉が大声になる。

「なんで知っているんだ?! ウィリアム!」

「ふっ……、それはもちろん、ストートン家の相続人ですからね、私は。叔父や叔母から色々と聞いてますよ」

「もしや……、ニュートンに秘密を漏らしたのは君か!」

「はいそうです。……とでも、言うと思うのかね? 牢屋に閉じ込めたのに逃げられる、間抜けじゃあるまいし」

「一体、何を企んでいるんだ!? ウィリアム……」

 動揺を隠せないマザーと違って、テイラーは落ち着き払って紅茶を口に運んでから話し出した。

「政治家にとって一番大切なのは金と人脈。その両方を一挙に得られるこれと無い機会なのでね。あんたも天然痘の事で旗向きは悪いんじゃないのかね?」

 コットン・マザーは、前年流行した天然痘に対抗するために種痘をアメリカで初めて行った。そのことにより助かった命も多かったが、多くの市民――特に宗教関係者――から白眼視され、彼の権威が大きく揺らぐ事態に陥っていた。ピューリタンの精神が強い当時の植民地社会に於いては、体に毒を入れる施術は受け入れがたいものなのだ。

「それは、君に付けということかね?」

 鋭い眼差しで放たれたマザーの言葉に、テイラーは返事をせず、ただ彼の目を見つめながら薄笑いを浮かべるのだった……。

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